255曲目
夢のために、安泰の道を斬る。
夢のために、大切な人と離れる。
夢のために……彼は普通から外れる。
――熱い。
親友から授かったレスポールの入ったギターケースからは見えないなにかが、まるで魂が燃え盛る炎となって感覚的に伝えてくるような想いが、決意を受け継がせてもらった俺の心と体へと染み渡ってくる。
「受け取ってくれてありがと。無理言ってゴメンね」
継承するような言葉を聞いてケンは涙を流している。
その嬉し涙を拭いながらケンは俺にそう答えてくれた。
大事な楽器を手放したことになるのに律儀なことだ。
「気にするな。お前の頼みだしいいんだが、後悔するなよな。いくらビンテージもので高いもんだからって、俺は宝物みたいに大切にするマニアみたいなことはしないからな? これからはコイツを使って使って使いまくって、年季ある楽器に仕立て上げてやるぜ」
ガッツポーズをしてからのサムズアップ。
俺という太陽の象徴から醸し出される最大の熱気と親友から譲り受けたレスポールのコンビだなんて、もともと鬼業で不安や不平不満すらも諸行無常となるほどの音楽センスを持ち合わせていたのだが、今まさに鬼に金棒といった感じだ。
「うん、それでいいよ。と言うよりも、その方がいい。僕のギターもきっと弾いてもらえることに感激してるはずなんだし、これから練習やセッションとかでもガンガン使ってやってよ」
もちろん、そのつもりだ。
そうじゃなきゃ宝の持ち腐れになっちまう。
「よっしゃ! なら早速ここで弾いてみるか! アコギでの弾き語りもOKなんだからエレキで演奏しても問題無いだろ。それに楽器スタジオも経営しているんだから……別に爆音で奏でても構わんのだろう?」
そう俺が催促するようにカウンター越しで仕事をしているマスターへと問いかけると、さすがにライブハウスのような演奏をしようと目論んでいる俺の考えを瞬時に読み取ったのか、他の注文で用意しているコーヒーを作りながらも苦笑いし首を横に振っている。
俺の言葉を聞いてた喫茶店の常連客や前に俺が弾き語りをしてたのを聴いていた客からは『演れ演れ~!』と盛り上げるように店内のそこら中から飛び交っているが、マスターの泣き落としも入ってしまったので止む終えず身を退くとしよう。
防音もしっかりされてる扉1枚越しで楽器スタジオへと行き交えるので、喫茶店の方も気兼ねなくアコースティックライブができるライブバーみたいになっているが、さすがに喫茶店内でバンド演奏さながらの爆音で響かせたら迷惑だよな。
マスターの性格と優しさを知っているからこそ俺が悪ふざけで言ったのを、ケンの隣で話を聞いていた奏音が真に受けてしまい慌てて俺の行動を止めに入った。
「えっ? よ、陽太さんダメです。向こうのスタジオならいいですけど、こ、ここじゃエレキで弾くのはダメですよ~? 稔さんのお父さんが優しくても、さすがに怒られちゃいますよ~」
ほんの冗談を信じ切って、奏音がうろたえる。
俺の代わりに稔の親父さんに謝るのも微笑ましい。
俺とケンは、健気な奏音の本心から出る素直さに笑いあった。
俺たちから背中を向け店内のお客さんにも頭を下げて謝罪をしている奏音を尻目に、俺は彼女の背中越しからマスターに向けて自分の右手の指先を鼻にあてて、2回程払うようにすると意図を読み取り人差し指と親指で丸を作り仕事へと戻った。
「あはは、冗談だ」
一生懸命店内の人々に謝ってる奏音へと背中越しで言う。
するとその言葉を聞いてすぐこちらの方を驚いた様子で見る。
「え……もー、ヒドイです! 陽太さんは音楽のことになるとすぐ熱くなるんですから。私、本当のことだと思ってみなさんに謝っていたのに、2人で人を笑い者にして……」
頬を膨らませ怒っているが全然怖くない、不思議だ。
「ああ、悪い悪い。いやな? 俺がいきなりエレキで弾いてやるぞーって言ったら、絶対に奏音が止めに入って律儀に店内の人らに謝るだろうと思ってさ。思惑通りで笑ったのもあるが、そんな奏音があんまり素直で可愛いからなんだぜ?」
「えっ!? か、可愛いなんて、そ、そんな……」
笑う俺の言葉を聞いてすぐに顔を真っ赤にする奏音。
実際にこんな女の子が健気で素直だったら可愛いもんだ。
今だってアタフタしている姿を見たらつまらなさもぶっ飛ぶぞ。
「それで、陽ちゃんの話ってなんなの?」
赤らむ奏音を横目に、興味を再度抱いたケンが俺に水を向ける。
すると、赤くなった奏音も改めて表情を和らいだ様子で俺の方を見た。
知り合い2人から改まられてから黙られるとなんだか言いにくいな。
ケンから大事なギターを譲り受けて感謝のしようがない祝福を貰ってから、自分の話を言うか言わないか心の内で考えていたが、せっかくの機会だし思い切って言うとしよう。
いざ言おうと決めると僅かにうろたえるが、心を落ち着かせて2人を見る。
「いや~、お前らの話と比べると差があり過ぎることだし、正直言ってたいした話じゃないんだ。ただ、ちょっと俺さ、鐘撞学園――退学しようと思ってさ」
秋の静けさを漂わせ香りと風景の調和が保たれている喫茶店内の一時。
聞き慣れるけどそう口にすることない言葉を聞いた奏音は言葉を失う。
彼女から出す柔らかい空気が一瞬にして張り詰めた、そんな気がした。
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