252曲目
この時は本当に【暴食】になった気分です。
バンドの先輩も高笑いしながら丼を平らげてました。
「うっス。んでなんスか、話って」
嫌がらせをしてから数日も経たずに呼ばれた。
そのとき俺は、俺がやったんだってバレたんだろうと、ほとんど拳でぶん殴られるのを覚悟して、あの人の家である笹上菓子問屋へと行ったんだ。
コンテストが終わってからのあの時期は、笹上さんにはそれまでもずいぶんと絡んだがまったく相手にもされず、その挙げ句にやった犯行だったから、まあ誰がやったのか分からない方が鈍感というかおかしいって感じだったからな。
「来たな。陽太、これを見てくれ」
菓子屋の部屋だなと思わせる和室であり壁には俺の部屋と同様にバンドのポスターを貼り巡らされていて、ビールの空き缶や酒瓶などもある中で音楽機材が散乱気味に置かれており、畳の上にあぐらをかきながらもちゃぶ台の上に乗せられた例のブツを指差す。
ほら来たと一瞬にして思った。
笹上さんは、大和積み上げられた鰻丼とカツ丼を俺に見せるんだ。
100を超える数のそれらは湯気立っており、いかにも美味しそうだ。
きっと「この代金返せ」とか言われるんだろうと高を括った。
それに暴力の殴打で顔をボロボロにされる覚悟もあったんだ。
ところが、だ。
「なぁ、コレ凄くね? 俺はこんな大量に頼んだ覚えも無いのになんかの手違いで、うちにこんなに鰻丼とカツ丼が届いたんだぜ? この見た目と香ばしい香り、美味しそうだと思わないか」
「へえ……まあ、そうっスね」
俺は適当に相づちを打って出る。
それでも笹上さんは疑問そうにこの現状を考える。
「う~ん、きっと誰かがうちと間違って注文したのだろうなぁ」
その瞬間、元々厳つい顔つきなのにギロリと睨まれたよ。
どこか抜けてていい人そうに見えるが、あの人、あの図体だろ?
さすがに身構えたんだが殴るどころか、あの人なにもしないんだよな。
ただ、そう思っていたのも束の間の出来事だったんだ。
「正直に言え、陽太、お前がやったのか?」
笹上さんは変わらずに厳つい顔と睨みを聞かし俺に尋ねた。
そこらの不良なら気絶するぐらいの威圧感を放ってたんだ。
そう凄味を出し訊かれて、俺は観念したんだよね。
自分でやったのにウソつくのも逃げるようでイヤだし。
俺自身も憂さ晴らしが出来たからよしとして、言ってやったんだ。
「そうっスね。俺がやりました。すんませんっした」
問い詰められた俺はそう謝罪の言葉を出しながら頭を下げた。
別に許してもらおうとも思ってなかったがとにかく誠意を見せた。
だが正直に言うと、あの人、ちょっと意外そうな顔をしてた。
「……うん、そうか。わかった」
笹上さんはそう短く答えて納得の意義を出したんだ。
別に頭ごなしに怒るでも泣くまで殴るでもないんだよな。
いつも通りの顔に戻ったのも奇妙で、それが逆に不気味でさ。
「いや……わかってたなら、なんでわざわざ受け取ったンスか? いたずら電話で頼まれた品をバカみたいに受け取らないで、笹上さんの図体を活かして威圧的に追い返せばよかったんじゃないんスか?」
主犯の俺からもごもっともな意見を出した。
「そうなんだが、なにしろこれだけの量だろう。例えお前のいたずら電話で注文したとは言ってもせっかく作ってくれて、こうしてウチまで届けてくれたのに買い取れないし食えないだなんて言ったら、理由を知らなくとも店にとっては大変な損害になってしまうじゃないか」
「そうっスね。なんせこれだけの量ですもんね」
俺は笹上さんを尻目にちゃぶ台に置かれた大量の鰻とカツの丼を見る。
これだけの量を1から作るのも手間暇かかるし金もかかったことだろう。
「わざわざ俺の家まで来てくれたときに世間話がてら聞いてみたんだが……どうやら、家族で慎ましく経営をしている飲食店のようなんだ。俺が注文した体で100もの丼を頼んでくれたことに泣かれるほど感謝もされてな。俺の目の前で夫婦水入らずと言うべきハグをされて、いらんから持って帰れとはどうも言えなくてなあ」
なるほど、感情的に揺さぶられてしまったわけか。
そういう経緯で、全部引き取ってしまったらしい。
もちろん注文した体で承諾し、ちゃんと金を払って。
なんでも全部で4から5万ぐらいかかったとのことだ。
……………………。
おお、バンドマンとしては相当の痛手だ。
してやったりだぜ、笹上さんざまぁみろ。
「俺も涙もろいとこがあって衝動買いしてしまったのは俺の落ち度としてだ。だけど、これだけの鰻丼とカツ丼、とても俺だけじゃ食べきれない。だって100だろ、大食いチャンプで値を上げる量だからな……お前はまだ若いんだから腹が減っているだろう?」
笹上さんがそう言うと、鰻丼の1つを持って俺の前に差し出す。
「食え」
眉間にしわを寄せて、ただそう言った。
これを言った相手が俺じゃなくホームレスかなにかだったら喜んで受け取るだろうが、俺は嫌がらせという行為でいたずら電話し笹上さんに逆襲してやろうと目論んでいただけであり、怒られたり殴られると当然のことをされるどころか『食えよ』と言われるとは思いもよらなかった事態だった。
「えっ? 食う……んスか? え、この量を?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔を出したはずだ。
考えもしないことを平然と笹上さんは俺に提示したんだから。
「んっ……? そりゃそうだ。鰻丼もカツ丼も食う物だろう。お前、こんなに美味しそうな香りを出してるのが食い物じゃなくて、保存用とか観賞用のなにかとはき違えてないか?」
笹上さんはオタクみたいな考えをするなと俺に諭す。
いや、別にそういう考えをしていたわけじゃないんだが……。
「へっ? いや、その、笹上さん。それだけっスか?」
「それだけってなんだ? お前おかしいぞ、とにかく食え」
笹上さんは俺に差し出した鰻丼を俺の目の前に置き割りばしも投擲してから、自分も割りばしを割って目の前にある鰻丼をメチャクチャ美味そうに頬張り、「美味いな、コレ」と何度も言いながら鰻とご飯を口に搔っ込んでる。
つまり、悪戯をしたことに対して殴ろうってわけでも怒りながら弁償させようってわけでもなく、ただ大量に注文してなけなしの金をはたいて購入した鰻丼とカツ丼がもったいないから主犯の俺に食わすために呼びつけたって言うんだな。
Rockerなのに暴飲暴食とはいかず食べたら10回以上よく噛んでから飲み込み、口に入れて噛んでから飲み込み、口に入れて噛んでから飲み込みと何度も繰り返しながら大量の鰻丼とカツ丼へと、アウトに近いセーフとも彷彿とさせる健康的な暴食勝負へと繋がっていった。
カツ丼と鰻丼を食べながらも、飯を食す彼を見て思った。
いや、本当に懐がデカいがヘンな人だよ、あの人は、と。
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