244曲目
人生谷あり山あり、苦難も幸福もある。
それをどう捉えて生き、進むかは君次第。
誰でもない、己の心が信ずるままに……歌え。
一瞬にして、鈍く重い一撃を受け親友から諭されている現状。
静まり返るライブハウス内は、まるで演劇をする劇場みたいだった。
最大の感動を与えるクライマックスに突入して、見入ってるみたいに思えた。
「でもね、今は僕たち、こうして一緒にいるんだよ。こうして一緒に大好きな楽器を掲げて、最高のオリジナル曲を出して、沢山のお客さんや演者さんの前でステージに上がってる。もうライブができないだろう僕にとっては、ううん、地位も名誉も関係なく世界中にいる誰にとっても、確実にわかるのは未来でも過去でもない。今、この瞬間だけなんだ」
彼はそう決意に満ちた声で右手をグッと握る。
その力は本当に不治の病に苦しんでる患者なのか、と思わせるぐらいに力強く、それでいて今のこの瞬間に巻き起こっている音楽とライブの一体感に包まれている出来事に心の底からワクワクしているんだ。
「そうでしょ、陽ちゃん。ロックはNO FUTUREな精神を持って演奏するんだもんね。だったら過去も未来も考えない。だから、この『今』という巻き起こる瞬間を、僕は大事にしたいんだよ。取りこぼしたくないんだよ……今までずっと一緒にやり遂げて来たみんなと、ベースのアッキーとドラムのソウとギター&ボーカルの陽ちゃんと、誰1人欠けることなく一緒に、最高潮に楽しめて最高な『今』を精一杯の力を注いで過ごしたいんだ」
ケンはアッキーとソウを交互に見合わせてから、また俺を見る。
俺はもちろんアッキーもソウも、きっと、同じ気持ちをわかち合ってる。
そうに違いないと、ケンは覚悟を決めたように、すごく嬉しそうに答える。
「この熱くて楽しくてカッコいい。世界中に太陽の象徴となるSoundを轟かせれるメンバーで、どんなことよりも最高の『今』を、一緒に肩を並べて音を奏でてさ……力尽きるそのときまで、最高のひと時を過ごしたいんだよ」
ケンは自分の病気に落ち込むことなく、静かに微笑んでいる。
この力に満ち溢れすべてを救いとるような微笑みが、今のように素晴らしいロック精神を持って祝福するケンの思想が、どういう辛く苦しい試練を通じた葛藤の果てに生まれて来たものなのか、凡人の俺にはまったく想像すらつかない。
だが、そんなみみっちいことを考えなくても別にいいじゃないかと、ケンは行動で示して言葉で言ってるのだ。あの夏休みに入る前に組んだ俺たち4人で、今この瞬間を待っていたんだと、最高峰で最高潮に高められる今を生み出したいと。
殴り飛ばして諭すケンと殴り飛ばされて諭される俺。
ライブをしてる中であり得ない光景を見せる中、アッキーが動く。
「あー、まあ、なんだ。突然のことでオレにはまだイマイチ事情がよくわからないんだけど、今のケンが言った意見にはオレも賛成だな。誰でもない、オレはオレらしく、自由気ままですべてを明るく照らせるように生きなきゃ人生損ってもんだ。暗い気持ちじゃ飛び立てることだって出来やしないんだ。だったらもう全力で楽しまなきゃな。熱くて、楽しくて、カッコいいオレたちの音を紡ごうぜ」
いつも通り、それでいて嬉しそうに微笑むアッキーが口にする。
それに同調するようにうなずき返すソウも続けて言葉を放ってくる。
「ああ、俺も同意見だ。ケンが背負っている覚悟を決めたものの重さも苦痛もわからないが、俺たち4人だからこそ今を一緒に創り出すことはできると思う。太陽と翼と鎖で繋がれた"Sol Down Rockers"で出せる太陽の音楽で、世界を切り開ける最高の瞬間を導き出そう」
話を聞いたアッキーとソウが、ケンに笑いかける。
ケンも覚悟を決めてる2人に最高の笑顔で応えた。
最高の『今』この瞬間を、楽しむようにしないと、か……。
「陽ちゃん……」
ケンがステージに倒れている俺の顔を覗き込む。
「誰でもない、誰かから指図されたわけじゃなく、僕自身が決めたんだ。僕はなにも諦めない。だって、僕は諦めずに夢を叶えた親友が、HEROがいるんだからさ」
「ケン……」
HERO、ケンは俺の顔を見ながらそう言ったが、俺はそんなんじゃない。
ただガムシャラに歌を唄い、ギターを弾いて、誰かに伝えたい一心だ。
世界中にいる人間すべてを元気づけるほどの実力なんて、最初から無い。
「どんな結果になったって、例え指1本も動かなくなったとしても、意識がある限りなら僕は僕であり続けるでしょう? 僕は僕が僕であり続ける限り、消えゆく命が終わるそのときまで、いや、その先にある世界でも絶対になにも諦めない。僕は容量が悪いから、僕にだけしか出来ないことをするよ。世界に存在するようになって、僕自身に与えられたゴールを必死に目指すんだ」
一呼吸置いてから、ケンはライブ会場の景色を見渡す。
そこにはこの現状を静かに見てる観客と審査員がいるだろう。
舞台袖では司会と稔たちが静かに見ては頷いていることだろう。
「僕にだけ与えられたソレは他の誰にも、例え不可能を可能にしたことのある陽ちゃんにだってできない、僕にしかできない大事なことなんだよ。だから僕は、僕にしか出来ないことをするんだ。誰でもない、僕がやるんだって意気込んだんだから……そう決めたんだ」
祝福となり至高となる『今』を見据えている親友が、こちらを向く。
覚悟を決めてるケンが微笑み、倒れてる俺に向かって手を差し伸べてきた。
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