241曲目
結局、絶望する迷いを断ち切れないまま、大事な本番の時を迎えた。
PAの環境設定によりライブハウス内は薄暗い雰囲気に包まれており、ライブするステージに近づけば近づくほど、ノリに乗った大波で押し寄せて来た観客たちの口笛と歓声に拍手すらも耳と肌に感じ取れる。
ステージに上がると見渡す限りの人人人で埋め尽くされており、奥には見えにくいが審査員席があってそこには笹上さんの姿も見てとれた。腕組みをして大層エラそうな感じで「お前らの学んで来たロックをここで見せて見ろ」と言わんばかりの威圧感を物語っている。
ステージ上にマイクスタンドは4つ、メインの俺とコーラスの3人分だ。
ソウがかなり良い機材で組まれたドラムセットに着席してマイクの位置を直し、アッキーが下手側にあるベースアンプにシールドで繋がれたベースを手に取って肩掛けし、ケンは上手側に俺は中央にあるマイクスタンドの前に進むとそれぞれのギターアンプに同じく繋がれたエレキギターを手にして肩掛けして、溢れんばかりの観客に向き合う。
「待たせたな。"Sol Down Rockers"、行くぜ」
コンテストで出せる1曲目、俺の作詞作曲した【DREAM SKY】だ。
バンドアレンジで作り直したロックでゴキゲンな曲を初手でドカンと決めた。
最高の大舞台、最高の観客たち、最高の仲間と楽曲。
すべてが最高峰に優れているシチュエーションだった。
なのに、まるで泥の中でも這っているような気持ちだった。
決して目覚めることが無い悪夢の世界で目を疑うような化け物に追いかけられて、体力が尽きるそのときまで必死に逃げようとするのだけど、恐怖に支配されて体が思うように動けずに死を覚悟してる……異世界転生系のファンタジー世界にでもいる、まるでそんな感じを味合わされた。
実際には夏休み全部をフルに使って、散々バカの1つ覚えみたいに練習したった1人の女の子を救った自慢できるオリジナル曲だ、それこそ頭で考えるんじゃなく体が覚えてなんとか演奏することはできる。
だが、出来がいいのか悪いのかすら、虚ろの俺には実感が無い。
また俺たちは、未来に進むことができないのか……。
コードバッキングに徹するケンやリズムとビートを刻みアレンジMAXに投入するアッキーがチラチラと訝し気にこっちを見て、俺の真後ろで正確無比で独創的なドラムを叩くソウの視線を背中からバシバシと感じるところから察すると、やはりあまりよくはないのだろうか。
なんだコレ、大好きな音が体に入ってこない。
ノリも全然出てないし、グルーヴ感もありゃしない。
まるで俺にはもう夢の空は無いんだと、楽曲に見放されて裏切られてるみたいだが、もしかすると浮ついて虚空の心を持ってしまった俺自身が仲間も楽曲すらも裏切ってるのかもしれない。
あの悪夢と同じで、ケンがなってた現象が俺に降りかかる。
体が紙みたいにペラペラしてて言うことを聞いてくれない感じだ。
ダメだ本番なんだから集中しろ、しっかり音を聴いて弾いて歌え!
そう自分自身に言い聞かせ思えば思うほど、気持ちは千々に乱れる。
余命を告げられたも同然のケンのことが気になる。
ライブハウスにはライブを見に来てくれたたくさんの人々も審査員席で審査する人もいるのに、誰もいないような空間に思えてしまい、上手側で必死になってケンの奏でるギターばかりがやたらと耳に入ってくる。
世界が、視界に映るすべてのモノが、朧気に映る。
あ、今コードを飛ばして誤魔化しやがった、また少しリズムとビートに遅れてもたついてきたぞ、周りの音を聴いているのに自分の演奏ばっかに固執ぶりやがって、夏休み期間に行った合宿を通じて楽器演奏が上手くなったいつもなら平然と弾けてるところなのに、ああ今のミスは上の空になってダサい俺の方を気にしてなんかいるからだな……うん、きっとそうだ。
テレキャスターを弾き、マイクに自分の歌声を通してすべてに伝える。
バンドにとって大事な役目を授かっている自分の演奏より、不治の病に侵されたケンの演奏するギターばかりが気になってしまう。
あ、なんだおい、どうしたんだ。
俺の声、マイクに乗らないしぜんぜん出てないんじゃないのか?
発声の仕方もなっちゃいないし、今までちゃんと唄えてたのか?
大事な日にわざわざ足を運んで見に来てくれた観客は、最高の大舞台を用意してくれた会場内は活気で沸いてるんだろうか? 演奏がちぐはぐで聴いててイヤになって白けてしまってはいないか? また鐘撞大祭ライブや初バンドとして出たライブみたいに寒くて敵わないことになってないだろうな?
絶対にトチるわけにはいかない、それなのにどうして……。
ああクソッ! こんな落ちぶれた気持ちで演奏していちゃいけないこんなことじゃもっと最高の輝ける音楽なんて夢のまた夢に終わっちまうじゃねえか俺はギラギラに輝いて世界を照らせる太陽にならなきゃ稔はもちろん他のヤツらだって元気づけられないし病気に苦しんでいるケンはケンケンケンケンケンケンケンケンケン……………………。
熱川陽太は今、世界の裏側で操る人形師の手の上で踊らされるにすぎない。
愚かで朽ち果てた人形に成り下がったまま、運命に酔いしれ演じるだけだ。
罪と罰の意識に苛まれ、絶望感に浸り焦燥感に駆られてしまった。
そんな中で俺に今できることは、ただ、ガムシャラに演奏するだけだった。
ご愛読まことにありがとうございます!




