240曲目
「……………………」
まだ気持ちがあやふやだが、必ず成功しなければならないライブだ。
それこそケンが今日のバンドコンテストに賭ける気持ちは、俺にだってわかる。
3年前から患った不治の病を押してまで時間をかけ身を粉にし打ち込んできたことの、ありとあらゆる過程を築き上げて必ず結果の出る大舞台なのだ。
どんなことも受け入れ笑っているケンが本当はどんな気持ちでいるのか、それをわかると言い切る図太さも大柄さも俺には無いが、だがずっと親友として接してきたケンは、それこそ僅かに残された命を懸けて今日のキラキラした最高のステージに上がろうとしているのだろう。
今の俺にはケンが死刑執行を執り行う断頭台に上るように見えてしまいとてつもなく辛く苦しい気持ちを味わってしまうが、今日と言う日を待ち望みいざ踏み出そうとするその大舞台を、太陽になるべき俺が台無しにすることは絶対にできない。
「陽ちゃん、いや、陽太……お前、本当に大丈夫か? なんだか顔色も悪いし気持ちも落ち込んでるぞ? どうした、なにかあったのか?」
心ここにあらずとなってた俺にアッキーが心配して問いかける。
こんなときに兄貴面を見せてくるんだから、ほんと卑怯だよな……。
「いや、兄貴。アッキー……ああ、大丈夫だ。心配すんな」
俺の肩に手を置くアッキーの手を取り、固い握手を交わす。
大丈夫だとアッキーだけじゃなく、自分自身に言い聞かせる。
でも、まだ気持ちの整理が追いつかずに頭の中でグルグル回っている。
そりゃそうだ、今だって俺は認めたくない。
あのケンが、誰にだって優しいヤツが不治の病にかかってるなんて!
悪い夢の続きを見てるだけだって信じたいのに、現実は非情そのものだ。
なあ、本当にライブなんてケンを出していいのか?
ただでさえ日常で体に負担のかかるってのに音だってバカみたいにうるさいし、食う気だって外と比べて澱んで悪いし、会場の熱気とスポットライトに照らされてサウナよりも熱すぎる大舞台の上で演奏をし続けるだなんて今の彼にとっては拷問に近いことだ。こんな不健全極まりないことしてたら俺たちはともかく、ケンの病気に障ってヤバいんじゃないのか?
ケンはもう治らないなんて言ってるが、それは本当に治らないのか?
ただ医者がめんどくさがって治療法があるクセに隠してるんじゃないか?
もしかしたら医者でも知られてないなにか方法があるんじゃないのか?
きっと世界中のどこかには不治の病を治せる秘薬とかあるかもしれないし、僅かな可能性に賭けるのも1つの手段なんだから、そのためにはやっぱりライブに出場するのは止めて安静にしてた方がいいんじゃないのか? バンドマンとして最後の役目を全うしたいだなんて親友のケンからの頼みだからって、有無を考えてから”わかった”と安請け合いして、ステージなんかに上がらせて本当にいいんだろうか?
俺の中で葛藤がまたもや渦巻いていろんな疑問が頭に浮かんでは消えていき、その繰り返しばかりが巻き起こり、ちっとも打開策となる考えがまとまらない。
ああ、俺はずっと心の中で願っていた。
例えバカだから学歴も無く得意と呼ばれるものも音楽以外からっきしでも、太陽よりも熱いソルズロックとロックに必須となる熱い魂とギターさえあれば、どんな逆境だって覆してやれるんだって信じ込んでいた。
音楽人として2度目の人生を歩ませてくれた俺の大好きな稔だって、その泥に塗れ血の滲む努力のたまものとして得た能力があったからこそ救えたんだから、今回だってできるって思い込んでいたのが打ちひしがれちまったんだ。
もう俺には、なにも出来やしないのか……なにも、守れないのか。
「ねえねえ、熱川君」
最悪の悪循環という泥沼にハマってるときだ
俺の傍に近寄った稔が嬉しそうに声をかけてきた。
「今日ね、バンドコンテストがぜんぶ終わったらみんなで打ち上げに行かない? ほら、合宿の打ち上げも兼ねてさ。ライブで疲れ切っちゃってるかもしれないけど、私ね、できれば熱川君と一緒にさ。あの曲をアコギで弾き語りしたいな~だなんて思ってるんだけど……」
ライブの強敵となる稔は俺にそう頬を赤らめながらもじもじして言う。
だけど……稔はなにか言ってるようだが、俺にはよく耳に入ってこない。
「ねえ? 気晴らしにもなると思うし、どうかな?」
「ああ、そうだな。うん、それはきっと楽しいだろうな」
なにを言ってるかよくわからなかったが、適当に相づちを打っておく。
何やら嬉しそうにして喋る話に相づちを打ちながら、元々目が見えずに世界を拒絶してた稔もケンが患ってる不治の病のことは全然知らないんだな、などと頭の片隅で考えている。
だからこそ、稔の笑顔はいつもみたく、太陽の光を浴びた向日葵に咲き乱れる。
自分のことより人の方を大事にするケンのことだから、大事な本番を迎えるライブに水を差しよけいな心配をさせないように、限界ギリギリまで黙っておくつもりなのだろう。
呆然と話を聞いて相づちを打つ俺に対して稔の顔色も曇りがかる。
「ねえ……ちゃんと私の話、聞いてる?」
上の空でいるように見えたのだろう、稔がジロリと俺を睨んだ。
そのジト目はいつもの俺なら萌え対象だが、今はどうでもよかった。
「ああ、稔の話だろ? 聞いてるよ」
もう色々とめんどくさかったので適当に答えた。
最低最悪のQ&Aで受け答えしてしまったので彼女を怒らせてしまうかもしれないと思ったが、どこか上の空で目線が覚束ない俺を見た稔は逆に、心配そうな顔になって俺の手を取って優しく握ってくれた。
「熱川君。どうしたの? なにか心配なことでもあるの?」
心底俺を心配するように、顔を覗き込んで上目遣いで見てくる。
手のぬくもりが暖かく包み込まれるその優しさが、逆に痛々しい。
「ははっ? なに、いや……心配なんて、なにもあるわけないだろ」
そう言葉に出したとき、チクリと胸に針を刺されたように痛んだ。
最高のライブをして感動と衝動を巻き起こさなきゃならない大舞台にさせるために仕方ないとは言え、昔からの仲間であり恋心を寄せる稔にウソをつかなければならないことに罪悪感を覚え、身も心も引き裂かれるように痛む。
それでも、親友の決意を無下にするわけにはいかず、俺は偽りの仮面を被る。
嘘も方便がモットーだと言い張る道化師を気取るしか、方法は無いんだから。
この痛みはケンだってきっと同じだったはずだ。
3年前から言い渡された不治の病と向き合ってたケンが、どんな気持ちで俺たちの前で爽やかに笑って接していたのかを考えると、ますます気分が真っ暗になる。
「そ、そう? なにもないなら、いいけど……熱川君、今日はずっと顔色が優れてないから私も心配だし、あの、でもね……」
握ってくれてる優しい手に力が入るのを感じる。
その瞬間、反射的に俺はその手を振りほどいてしまった。
罪悪感、背徳感、劣等感、それぞれ負の感情が渦巻いた。
「悪いな、稔。楽しい話をしてくれてありがとな。でももう終わりだったら俺、ちょっと楽器のメンテナンスとフレーズのチャックしてくるから……ゴメンな」
いたたまれない気分で、俺を見る稔から目を逸らす。
振りほどかれた手をすべて包み込むほどに大きい胸元に置かれ、稔の表情が一気に悲し気に曇るのがわかった。
だが、今の俺にはどうすることもできない。
自分のことをアニメやゲームに映画とかに登場するHEROだと勝手に思い込んでいたが、稔の救えたのは奇跡による偶然だったってだけで、結局は人1人だって救えない愚かで情けない凡人に過ぎなかったんだ。
「そ、そうだよね。ゴメンね、本番前で準備が忙しいもんね」
「ああ、悪いな……稔」
「ううん、気にしないで。じゃあ、また後で話そうね」
「ああ……また、後でな」
稔の見せてくれた笑みに、背中に罪が走り切るのを感じた。
いつものように接してくれる稔から逃げるように、俺は楽屋を出た。
煩わしい気持ちから尻尾巻いて逃げるように、廊下を走り抜いてった。
会場に入ってステージがどうなってるのか確かめたり関係者に許可を取ってステージに上がって立ち位置を確認したり、テレキャスターを掲げてフレーズの確認と作詞作曲ノートのページをめくっては歌詞を見て口に出したりと、いろいろと拭えない残酷な気持ちから逃れるようにあらゆる手段を模索し実践した。
だが、どこに行ってもどんなことを試しても、頭に浮かんでくるのはケンが抱えている不治の病のことだった。
暗くなって気味の悪い気持ちを切り替えようと努力をすればするほど、頭の中はそのことで埋め尽くされてしまい、あらゆる策が無意味と認知されるだけだった。
凡人でなにも出来ない俺はどうすりゃいいんだ……どうすれば……。
なあ、なんでお前がこんなに苦しんで早い死を告げられなきゃならないんだ。
お前はまだこれから先も、バンドのメンバーとして居てくれよ、ケン……!
負の感情に俺と言う存在は支配され、最終確認をするギターから流れ出る音。
それはもう、絶望的で壊滅なまでにひどく、薄汚れた雑音にしかならなかった。
ご愛読まことにありがとうございます!




