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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
First:Track Rock Today Wake Up Tomorrow
24/271

23曲目

過去編その4

 真っ白い天井を見上げてから、重い口を開く。


「私ね。生まれた時から病気で、ずっと病院に入院してて生活してたんだ。家に帰れることなんて本当に少なくて、ほとんどこの病院が家みたくなっちゃってるんだ。目は見えないし体も病弱で、確かお医者さんは先天盲(せんてんもう)だとか身体虚弱者(しんたいきょじゃくしゃ)だとか言ってたかな。歩いてても咳込(せきこ)むし、立ってると倒れちゃうし。目も見えないから誰かに支えてもらわないと、本当になんにもできないんだよ」


 小さな少女から告げられた、あまりに残酷な現実。

 頭では理解できても伝わった俺にはまさに虚空でしかない。

 そんなことは嘘だ、でっちあげだと、頭ごなしに否定する。


「…………おいおい、マジかよ?」


 情けないことに出た言葉は、確認する為の意思だった。


「マジだよ。けれどね、目の方は手術によって治ったんだけど、体のほうはやっぱりよくならなくてね。けれどこういうのは気持ちの問題ってのもあって、このまま病院生活を続けてたら長くは生きられないよって言われたの。でもね、私はそれでも仕方がないなって思うんだ。だってさ、人には誰しも運命って言う軌道(レール)に乗ってて、私はそういう運命の軌道に乗って生きてたんだなって思うから。今日だって、お母さんが無理をして仕事を抜け出してくれて、私に気持ちを元気付けようと街を一緒に歩いてくれてたんだ」


 少女が何事もないように振る舞う様を見て、俺は絶句する。

 俺とそう変わらない年なのに、どんだけ辛い人生を歩いてるんだ、と。

 病弱で盲目なのに、必死に生きてるのに、なぜ神様は助けてくれないんだ、と。


「長くは生きられないよって、酷いことを言うんだな」

「私、こう包帯を巻いてるしいつも笑って平気そうな態度をとって、なにを言われても平然としてたから。だからお医者さんも包み隠さず真実(ほんとう)のことを伝えようって思ったんじゃないかな?」

「そっか、君は俺よりも長くこんな閉鎖空間に住んで生きてたんだな」


 俺はシンと静まり返るほど無音の病室を見渡してそう呟く。

 まるで生きた棺桶に入れられているようで、気分が萎えてしまう。


「うん、だけどずっと病室で過ごしているから。外が自然や音楽に彩られた世界でも関係なかったんです。そこにあるのに触れられない自然や、触れても目で見えないで才能も無い音楽なんて、無いほうがずっと気が楽だから。病弱な体だから1人では遊びに行けないし、好きなことも全然できないんだ」

「そんな辛いことを強いられているのに、なんであそこに来たんだ?」

「私、来年どころか一ヶ月、一週間に明日、生きているのかどうかわからなんだ。だから死んじゃっても悔いが無い最後の思い出ってことで、お母さんに頼んで街の中を一緒に歩いてもらったんだ。色んな音が聞こえた……人の声や店から流れる音楽、風が過ぎ去る音に、君が唄っている曲もね」


 俺はまたもや絶句してしまう。

 そんな理不尽があってたまるかよ、って彼女の代わりに憤怒する。

 どうしてこんな子が明日も生きてられるかって言われなきゃならない?

 気持ちを出せば助かる、医者の言葉をひっくり返せばそうとらえられる。

 けれど、こんなに弱弱しく消えそうな子を見て、そう言えるのだろうか?


 言えない、そんな情けなく弱い自分に腹が立って思わず口に出す。


「そんな運命バカげてるぜ。明日生きられるかどうかもわからない? そんなふざけたことがあるかよ、だって君自身の運命で世界が開けて、命も助かるかもしれないんだろ?」

「ううん、今日だって朝お医者さんから"明日も元気にいられればいいね"って看護師と一緒に聞いてたんだよ。女の看護師さんも私の代わりに泣いてたんだ……ごめんね、ごめんねって。ずっと私の傍で泣いてくれてた、本当に優しいよね。だけどね、私には目が見えるようになった世界を見る勇気が無いんだ。だから君にはわからないと思うけど、私にとっての終わりはすぐ隣にいるの。それはまるで読んでいた小説のページが、開けられた窓から入り込んだ風でめくれちゃうみたいに。まだ読んでいる途中だったのに、急激に最後のページに書かれた『Fin』って文字を見ちゃうんだ」


 盲目少女はパタンと手を合わせて、小説を閉じる真似をした。

 その姿がひどく見え、俺は顔を逸らしそうになるが必死に耐えた。

 せつないとか、哀しいとか、そういった感情が駆け巡るが耐え抜く。

 そうでもしないと、俺自身が叶えたい夢だって逃げちまう気がしたから。


「私が臆病で見えるようになった目を見ようとしないで、気弱な性格からか体も徐々に病弱になって、もう明日も生きていられるかわからない病気を持っちゃってから……もうお医者さんもお父さんお母さんも悟っちゃったのかもしれないね。だったら、眠りに付いちゃう最後の思い出が欲しいなって思っちゃって、お医者さんとお母さんに無理を言って街に出向いたんだぁ……」

「……そうか」

「お薬を服用しているけれど、元気になれる代わりに体に負担をかけるんだ」

「…………そうか」

「生き永らえるために飲むお薬を飲んで、こうして生きて、最後は……」


 盲目少女はもう一度両手を前に出す。

 俺は心の中でなんども"止めてくれ"と願った。


「パタン」


 無情にももう一度、盲目少女は小説を閉じる真似をした。

 それが俺の質問に対する、彼女の答えであり真実だった。


「大げさかもしれないけど、初めて会った人にこんなこと言うのもおかしいけどね。私、歌ってる君に出会えてよかった。あの瞬間、君から暖かくて心をフワッとさせてくれる歌声を聴けて本当によかったよ……ほんの少しだけ、病院から出れて最後の最後に素敵な思い出となれる曲を聴けてよかった。だから、ありがとう」


 名も知らぬ盲目少女は天井を見上げるのを止め、こちらを向く。

 包帯で目は見えないが、きっとこの子は、泣いていると感じた。


 その瞬間、俺の中にある"なにか"が感情的に動かされたのもわかった。

 そんな惨めで辛い終わり方なんかさせない、という熱した決意そのものだ、と。




ご愛読まことにありがとうございます。

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