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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
Third:Track To Chain To Feather To Sun To Chasers
237/271

236曲目

絶対に治らない難病すらも治す良薬を。

そういう想いも全て、楽器と歌に乗る。

「そっか。なんだ、病……えっ――病、気?」


 俺は一瞬納得しかけたが、すぐにハッと思い返し素っ頓狂な声を出す。

 目を見開いて驚き途切れ途切れになった言葉を聞いてケンはうなずく。


 正直、それは俺も薄々考えないではなかった。

 だって、あんなに咳き込んだり手が震えたり、終いには喋るときに気を付けてはいるが滑舌がおかしくなったり何度も変なとこで転ぶなんて普通じゃないだろ?

 合宿の最中から調子が悪いのが続いてる原因ってのは、元々体の弱いケンが夏風邪か夏バテかをしてたとも思ったが、今いろいろ考えるとどうもヘンだ。


 だけど、俺はどうもしっくりしないし、何より認めたくなかった。

 大好きな稔も病気持ちで、大事な親友の健二も病気持ちとか考えたくない。

 まるで俺に関わった人間はすべて病気にかかる運命みたいに見えて仕方がない。


「はぁ~……すまん、病気って、いったいなんなんだよ? ……悪いのか?」


 不満をため息に出し、動揺を隠そうとわざと明るく取り繕う。

 今まで隠していたぐらいだから、なにか面倒な病気なんだろうか?

 先天目だった稔が患ってた病気以外のことなんて俺にはよく知らないし、将来はバンドで食ってこうと思う俺が医者を目指すつもりもないので、脳内にある知識で思いつく限りの病名を思い浮かべる。


 俺が腕組みをし脳裏で考え込んでいると、ケンが答えを言い出す。


「陽ちゃん。僕の病気は――球脊髄性筋萎縮症(きゅうせきずいせいきんいしゅくしょう)って言うのでさ。難しくてあまり人が患うことがない、特殊な病気でね」


 だけど、爽やかで平静でいる健二は俺の聞いたことがないような長ったらしくて漢字も難しそうな病名を、噛むことなくサラッと口にした。


「えっ? なんて……きゅうせき、ずい……?」

「せいきんいしゅくしょう、通称でSBMAっていう病気だよ」


 SBMA? どういうことだろうか。

 健二の言っている意味がよくわからない。


「球脊髄性、筋萎縮症……SBMA……?」


 聞いた病名を口にしてみても、まったくピンと来ない。

 考えを捻っても1つだって頭に入ってこない珍妙な言葉だった。

 エイプリルフールでもないし、冗談じゃないのかと疑いたくなるほどだ。


球脊髄性筋萎縮症(きゅうせきずいせいきんいしゅくしょう)……あはは、なんだか早口言葉みたいな病名だね。1単語だけなのに長ったらしくて、素人目線から見てもいかにも難しそうな名前だよね」


 まったくその通りだ。

 ケンは、その重々しくて俺にはとても覚えられそうにない長くて小難しい病名を、またもや噛まずにスラスラと英語翻訳者の如く口にする。

 病気を患い医者から告げられてから、よほど何度も口にしてきたんだろう。

 明るく振舞うケン、それに反して奏音はジッと黙って俯いている。

 ライブ衣装であるズボンの生地をグッと握り、その手は震えている。

 つまり、俺には真相を聞いても未だになんだかわからないが、ケンがややこしくて面倒そうな病気にかかっているというのは嘘ではなく本当のことらしい。


 とりあえず病気になってるのはやっと能天気な俺でも理解した。

 だがそれも結局は病気なんだし、治らないってことはないだろう。

 それに俺は1度だけ弾き語りで1人の人生を救ったんだし、この世に存在するどんな病気でも、泥臭い努力で築き上げた音楽の力で助かる……はず、だよな?


「あ~、なんだ。その、なんとかかんとかってのはどういう病気なんだよ? もし重い病気なんだったら、やっぱ病院で手術とかが必要なのか? 長ったらしいのも名前だけで本当はそんなに重症なもんじゃなく、家で寝込んでるだけで治るようなもんじゃないのか?」


 俺が現実逃避気味にそんなバカげた言葉を無意識に出していた。

 ケンはいつも通りに軽く話しているが、彼のそばで俯いている奏音の深刻そうな様子からすると、どうやらあまり軽い病気ではないこともよく理解している。

 聞き覚えもわけのわからない病名からも、それは何気なくわかる。

 だが、どのぐらい厄介で面倒な病気なのかが俺にはサッパリわからないし、真相を知った俺自身がそれを認めず情けない子供のように駄々をこねているだけだ。


「あ、ううん。違うよ、別に手術とかしないんだ」

「えっ? ……あ、なんだよ。手術は必要ないのか? よかった~、本番前なのに脅かすんじゃねえよケン。手術しないんだったらそんな重病でもないんだろ? 薬とか寝てるだけで治るんだろ? 軽い症状で決定だ、この話はもう」


 暗い話を早々に切り上げようと急かす。

 聞いていられない、気持ちが落ち込んでしまうのだ。


「いえ、陽太さん。実はですね……」


 今まで静かに俯いていた奏音が辛そうな顔でなにか言おうとする。

 だがソレを健二が手を前に出し、答えを紡ぐ言葉を出すのを静止する。


「待って奏音、僕が言うから。聞いて陽ちゃん、手術する必要は無いんだよ。だって僕の病気はね、治療法が確立されていない難病なんだ。治らないの」


 確実に過ぎ去っていく時間が突然ゆっくりに感じる。

 周りの音も光景も、ゾーンに入ったかのように思える。


「……はっ?」


 やっとこさ出た言葉がソレだ、情けない。

 親友に定められた病気を感情的に逃げてるところへと、現実的な考えを持つケンの言ったことがよくわからなくて、俺はマヌケな面で問い返してしまった。

 そんな俺に、悟ってるケンは妙に優しく接しては笑いかける。


「この病気とずっと向き合わなきゃならない。だから僕はもう、治らないんだ」


 感情を押し殺すように淡々と自分の病気のことを伝える。


「はっ、え、治らない? あ、あはは、えっ? おいおい、なに言ってるんだよケン。そんな、そんなはずは無いだろ? 頼む、頼むから……嘘だと言えよ、なぁ!?」


 俺は感情のままに動いてケンの肩を思いっきり掴み揺さぶる。

 だけど健二は"ごめん"と呟くだけで、それだけでもう見てられなかった。

 嘘だと言うまで諦めない気持ちも揺らぎ、打つ手が無いと知らしめられた。

 悔しくて悔しくてたまらない、彼から手を離し自分の拳をグッと握り出すが、その無為を知って沸き上がった怒りに込められた拳を当てる場所がどこにもなく……苦しんでいる親友になにもしてやれることが無くて、ソッと胸の内にしまうことしかできなかった。


「お兄、ちゃん。ぐすっ、う……うぅ……」


 隣りでずっと我慢してた奏音が声を殺して泣き始めた。

 近くで奏音のすすり泣く物悲しい声が、なんだかやけに遠くから風に乗って聞こえるような気がした。

 今こうして目の前で起きていることに、まるで現実味が無く信じられない。

 この悪夢のような事実がすべて実体のない、空虚のように思えてしまう。


 罹ってる病気が治らないって、それどういうことだ?

 ケン、頼むからもっとわかるように、説明してくれよ。

 真実を知っても尚、俺にはまるで意味がわからないぞ。


 俺は今でも願うぞ、そんなのは嘘だってな。

 お願いだから、嘘だと言ってくれよ、ケン……。


 心にぽっかりと穴が開いて呆然とする俺に感じるのは、脳裏で何度も親友が苦しむ病気が治らない現実を突きつけられて心に負った痛みと、コンテストの本番前で忙しくなってるPAさんや関係者の準備でせわしなくて騒がしい音と怒鳴るような声が飛び交うのみだった。




ご愛読まことにありがとうございます!

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