233曲目
聖域となるライブハウス内で演者同士との顔合わせ。
緊張感と熱気に包まれる中……突如として起こる悲劇。
神様、そりゃなんでもあんまりだろうがよぉ……。
楽屋から飛び出しライブハウス内を子供のように徘徊した後。
コンテスト本番で使用する会場内では、スタッフたちが最終チェックに慌ただしく走り回っており、それぞれが出来てるかどうかの確認を禍々しいコミュニケーションを取りながら接してるとこを見るに裏方の悪戦苦闘とも思える状況だ。
ステージ前には笹上一成さんの姿も見えた。
全国共通のライブステージでありながらも規模が大きくムービングヘッドやピンスポットライトなどの高価な備品も備え付けられているステージの前で、今をときめき天川熱斗と同じくロック界において縁の下の力持ちと称される笹上さんと一緒言にいるのは音楽雑誌の記者だと、意外にそういう音楽業界関係にも詳しいケンが教えてくれた。
「あら……? やっと来たわね、陽太」
切羽詰まってるホール内には結理たちも先に来ていたようだ。
俺達と同じくライブ衣装に着替えていたが威風堂々としている。
さすがに初代【時世代音芸部】から受け継がれた意思と自分たちの色を持つ、ガールズパンク・ロックバンド【二時世代音芸部】の連中は緊張感と緊迫感が入り混じった雰囲気には慣れているらしく、ライブ経験が少ないド素人のように、気を当てられておどおどとしたところが全然ない。
「あ、陽太さんこんにちは。今日のライブはお手柔らかに……」
堂々としてる結理とは違い気弱そうな声がし、そちらに目をやる。
そこにいたのは奏音だったが、さすがに緊張しているみたいだな。
大事なコンテスト本番を前にして焦りと緊張で顔が青ざめてる。
奏音は音楽界の天才少女だが、性格からか精神的には極めて弱い。
よし、ここはメンタル的な攻撃で弱らせてやる。
「おいおい? なんだぁ、そんなにオドオドしてやがって~。こりゃ、こっちにも勝機があるかもな。最大のライバルになる強敵のメインギターが緊張で体も声色もガチガチじゃねえか。こんな有様じゃ絶対本番でトチるだろ」
「えっ? そ、そんなぁ。陽太さんひどいです~……」
俺の言葉を真に受けて奏音は見る見るうちにか細くなる。
「ちょっと、止めなさいレッドボンバーヘッド! うちの大事なエースの緊張と焦りをあおるようなこと言わないでちょうだい! 私たちはそんな精神的な勝負をしに来たんじゃなくて、音楽で勝負しに来たんでしょうが。漢は腹を括りなさい」
オールバック金髪である柳園寺から正論を言い渡される。
俺だってここにヤジを飛ばしに来たわけじゃなく正々堂々と音楽で、ロック史に新たなジャンルとして刻まれるソルズロックで勝負しに来たわけだし、わざわざ眉間にしわを寄せて精神攻撃するなと言われなくてもわかってる。
「えっ? 柳園寺さん。私、バンドのエースなんかじゃないで……うぅ」
バンド【二時世代音芸部】のエース、期待のホープ的存在と言われた。
そんなガラじゃない奏音は困り果ててますます体が震え出す。
「ああ、その通りだ。ライブハウスってのはバンドマンにとっては戦場そのものだ。個性を引き出すオリジナルを武器にして、如何に呼んだ観客たちを熱狂の渦に巻き込むかで勝負は決するんだから当たり前だろ? つーか、お前こそ余計に緊張と焦りを煽ってるみたいだけど、見た目に反して天然か?」
「えっ!? あー、もう! 本番前なのに仕方のない子ね!」
「うふふ……あらあら、これは困りましたねぇ」
俺の元から離れ、緊張でこわばる奏音は柳園寺と南桐になだめられている。
こんな分け隔てもなく接しやすいヤツらが、他のバンドマンを寄せ付けない迫力と経験のある演奏とパフォーマンスをするんだから、このクソッタレた世の中ってのは存分に広いもんだ。
バンドの名を世に広めるチャンスとなるコンテスト本番前の大事な時間だってのに、こうして身内でバカなやり取りをしていると、だんだん影が差していた気持ちも和らぎほぐれてくる。
ふと、結理の傍にたたずむ稔と目が合った。
そして稔は俺のもとへと近づき勝利の宣告をする。
「熱川君、いくら音楽のことを教えてくれた恩人だからって、手を抜くつもりはないよ? 全力で演奏してお客さんを掻っ攫っちゃうんだから~。えへへ、だから今日は、絶対に負けないからね」
稔はふふんと大きすぎる胸を張り笑みをこぼす。
そんなことを言ってくれなければ勝負する張り合いも無い。
言ってくれたことに感謝をしながら、俺も一歩前に出て言い返す。
「おお、そりゃこっちこそな! 2度も苦渋を味わって来て、今までずっと仲間とともに努力しては演奏を磨いて来た。そして俺たちの最強で最高なオリジナル曲もある。まさに鬼に金棒な俺たちこそが今日のコンテストで絶対に勝つ! お得意のライブで初黒星を付けてやっから、覚悟しておけよ!」
俺がヒーローチックにビシッと人差し指で差しカッコつける。
稔はそれをお姉さんみたいに笑い見てたが、結理が言葉に応じる。
「ふふん。相変わらずほら吹きな感じの威勢だけは一人前よね。でも、ちゃんと実力も伴って来たんだから有言実行には移せた。それは認めてあげるよ。でもどうかしらね? 鐘撞大祭でのライブ以来のアタシたちだって、今年のバンドコンテストには念入りに練習を重ねて来たわ。それこそ盤石の体制で挑戦するんだからね」
昔からある舐めた感じに言うがちゃんと筋の通ってることを言う。
そうでなくては面白みに欠けるので、こちらとしては大助かりだ。
実力も経験も段違いの差である相手を負かしてこそ、勝利に酔いしれる。
「盤石なのは何もそっちだけだと思ってると足元をすくわれるかもしれねぇぞ? いつまでも自分たちの方が上手いとか思ってるのも今の内だぜ。こっちだってそれ以上の……」
俺が勝ち誇った様子をみせる結理と対峙して努力の源を言おうとした。
そのときだった。
――ドシーーーーーーーーーンッ!
夏の合宿中と最後のスタジオ練習でも、聞き覚えのあるひどく生々しい音。
瞬間、俺のすぐ背後で、何かが派手に床へと倒れるような音が辺りに響いた。
ご愛読まことにありがとうございます!




