227曲目
身近にいる人間が置く学生に隠された才能を開花させた。
朗報を知った俺たちが評価すればするほど健二は低姿勢になる。
「もう、みんな止めて、あんまり、おだてないでよ。ケホッ……ごめん。別に、すごくもなんでもないんだし、いつも……演奏で間違えたりテンポが遅れたりして、みんなの足引っ張ってる分、僕だって少しぐらいは役に立たない。とね~」
しきりに謙遜しているが、ケンは内心とても嬉しそうだった。
きっと自分もバンドのためになってると思ってるのだろうが、それは夏休みに入るずっと前から知ってることだし、こいつが自分なりに考えて努力を怠ってないのもわかってる。
とにかく、この分なら本番も期待できるし本領発揮で挑めるぞ。
後は待ちに待ったコンテストの本番でいつも通り最高の演奏をすれば、自ずと俺たちが望んでる結果は付いてくるに違いない。
頑張るとか、出来るとかじゃない感覚。
コイツらとならどこまでも突っ走れる、そんな気がする。
俺の背中を支え響かせる音があるから、逃げずに挑戦できる。
多くの過程はやれるだけのことはやったんだ、後は結果を残すのみ。
「ケンは、倒れたときに負ったケガの方はもう大丈夫なんだろうな?」
ここ最近、彼の出す咳や手の震えがなにかの前兆になって気になる。
足のケガは軽い捻挫で貧血に似た症状だとも言うことだが、かなり気にかかる。
バンドの初オリジナル曲の仕上がり自体は文句ないのだが、本番前となる今日の最後のバンド練習では、呑気ながらも実力は伴ったケンは普段ならとちらないところでとちっていた。
それに、喋り方も歩き方も少しぎこちないし、病気を患ってるような気がする。
言葉を出す出さないに関わらず咳き込むし、ところどころ水が濁ったような感じで噛んだりするし、手の震えも異常に多くなっては動きがギクシャクしているように見えてしまい、まるであのときの稔みたいに病院生活を強いられた重症の患者のように思えてしまうほどだ。
「うん、なんとか、大丈夫、だよ。安心して、本番は死ぬ気で頑張るから」
それでもいつもの爽やかな笑顔で、言葉が途切れ途切れがおかしい。
だが、俺はケンの言葉を聞いて安心してしまい、深くは考えなかった。
「おお、そうか。ケンにしてはえらく気合いが入ってるじゃねえか! 頼もしいぜ。こりゃ俺もコンテスト本番に向ける気合いを入れ直さなくちゃな! 明日の本番で、熱くて楽しくてカッコいい演奏を披露して審査員に観客の度肝を抜かせて、絶対に優勝してやるぜっ!」
「だな! 最後のスタジオ練習もかなりいい線で締めくくれたし、じゃあ気合い入れて今日は帰ろうぜ! オレもうハラ減ったよ、帰りはメシでも食いに行くぞ!」
アッキーは待ってましたとばかりに飯の話をする。
そういや俺もハラペコだった、腹の虫が活性化してるぞ。
スタジオ内の時間を確認するともう俺たちの使用できる時間終わり10分前を刻んでおり、片付けをすればちょうど時間通りにスタジオから出れる感じだったので、各自の楽器の手入れをしたり片付けなどに取り掛かり俺もその案に乗る。
「よっしゃ! そうするか。飯食って明日のエネルギーにすっぞ!」
俺がそう言うと3人も頷いて賛同し、帰り道にあるラーメン屋で大盛ラーメンでも食おうということになり、歌い疲れて腹もペコペコなとこに大盛の飯が食えると張り切ってテレキャスターをケースにしまって壁に立てかけてから、使わせてもらったスタジオの簡単な掃除を始める。
「あ……」
ケンの慌てたような、おぼつかない声が俺の耳に聞こえた。
そして……。
――ドシーーーーーーーーーンッ!
突如、地響きのように重々しい音がスタジオに響く。
異様な音にすぐさま気づき振り返ると、ケンが力無く倒れていた。
うつ伏せ気味に倒れたのを見た瞬間、脳裏にヤバい想像をしてしまう。
「おい、ケン! どうした、しっかりしろっ!?」
慌てて駆け寄り、人形のように倒れてる親友を抱き起こす。
意識はちゃんとあるようだったので思わずホッと息をつく。
「イタタタ……ゲホッゲホッ……うぅ」
「おい、お前なにやってるんだ? ほんとに大丈夫かよ?」
ケンは苦しそうな顔で咳き込むと、すぐに平然とした顔を覗かせる。
それが苦し紛れの空元気のようで、俺の中で疑心暗鬼を生んでしまう。
「うん、平気、大丈夫だから。あはは、また転んじゃうし咳き込んじゃうし、手も震えちゃて……もしかしたら、寒いのかな? 夏なのに、おかしいよね」
ケンが気まずそうに笑う。
「ケン、すごい音がしたが、倒れたときにどこか打たなかったか? ケガをしてる足を捻ったりしなかったか?」
駆け寄るソウが目を見開き心配そうな顔で言う。
そんな彼を見てケンはまたバツが悪そうに笑う。
「うん、ソウも大丈夫だよ。ちょっと力が入らなくて、そのままお尻打っただけだから。陽ちゃんもアッキーもゴメンね。あはは、ほんと、僕ってドジだよねぇ」
力無い、ケンの言動も仕草もそれで説明がついてしまう。
やっぱりあの雨の日からずっとどこか調子が悪いのだろうか?
「いや、それは別にいいんだけどさ。もしかしてケン、調子が悪いんじゃないのか? もしそうだったら非常に残念だが、みんなでメシを食うのは止めにしてケンを家まで送ったほうがいいかもな」
俺が僅かばかりの危惧を感じてるとソウと同様にアッキーも心配する。
彼の言う通りメシを食うのはいつでもいいし、その方がいいかもしれん。
「そういえば、合宿のときの風がまだ治りきってないんじゃないのか? あのときのケンは平静を装っていたが、内心はやはり辛いのだろう。夏風邪は長引くとも言うし、なにより俺たちに気苦労させまいと考えているのだろう」
ソウはケンの心理を読み取ったかのように言う。
これから先の人生に置いて3つの事業を挑もうとする住職と女将の息子の言う言葉にはそれなりの覇気と真剣さがあり、まるで本当のことかのように思えてしまい納得する。
「なに、そうなのか?」
俺は素っ頓狂な声で聞き返す。
そう言えば、よく見ると笑って誤魔化しているものの少し顔色がよくない気もするし、なによりさっきから力無く横たわるのを支える体は羽か雲のように軽い。
俺の知る限り、ケンはこんなに軽かったはずはない。
それに、こんなに何度も力が抜けて転んだり咳き込んだり体の震えの症状が出るというのは、やっぱりどこかおかしい。
ヤバい……なんだか、イヤな予感がする。
それこそ史上最悪の悲運を感じて焦り始める。
「ううん、違う、よ。僕は大丈夫だよ」
けれど、心配な顔を見せる俺に親友はただ『大丈夫』だと口にした。
ケンは、支える俺の手を押し退け、自分の足でその場から立ち上がった。
そして何の問題も無いんだぞと主張するかのように爽やかに微笑んで見せる。
彼の姿を見て俺の心配も杞憂に終われ、心の中でそんなことを考えてしまう。
「ほらね、大丈夫じゃない。心配することないよ」
「そ……そうか? まあ、それならいいんだけどさ」
安心してくれと言い張り元気に振舞うケン。
そんな彼を見ても、俺は雲掛かった顔を出してたようだ。
全然そんなことに気づいてなかった俺にケンが諭してくる。
「もう、そんな顔しないでよ。ケホッ……明日は、僕たちにとって大切で、絶対に勝たなきゃならない本番なんだよ。優勝して、ケホッ、今まで受けてきた屈辱を最高の演奏を以て晴らすんでしょ?」
「おう、そりゃもちろんだけどさ……俺は」
親友の、ケンのことだって心配だ。
そう言葉に出し言おうとしたがその前にケンが言葉を遮った。
まるでその先を言うのはダメだと、神様からのお告げのように止めた。
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