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LIFE A LIVE  作者: D・A・M
Third:Track To Chain To Feather To Sun To Chasers
223/271

222曲目

 俺や稔にとっても懐かしい場所に舞い戻って来た。

 そこは俺たちが惹かれ惹き合えた、生と死の境目となる建物だ。

 稔が駐輪場へと俺のロードレーサーを置いたのを確認し俺の元へと走って近づいて来た稔とともにコの字になったこの病院の中庭を進むと、そこは木々の間を縫うように遊歩道が設けられており、なにやらパジャマ姿の病気で入院している患者の子供やお見舞いに来たその家族が、何日ぶりかで降り注ぐ柔らかな陽射しを快く楽しんでいるのが見受けられた。

 滑り込んだ病院内は午前中の外来受付が終わり、靴音が響き静かだった。

 病院特有の強い消毒液のにおいを鼻孔を刺激されながら、病院内を歩く。


 だけど、俺の鼓動が激しさを増し歩くのも次第に速くなり、走ってしまう。

 いつの間には俺は病院内を走り出し、その後ろに稔が付いて来てくれていた。

 看護師や看護婦に叱られたら後で謝ればいい、今は一刻の猶予も無いのだ、と。

 後ろから絶えず『大丈夫だよ』と稔が声を掛けてくれるが、どうも先ほどからある心配の種が積み取れず、寺で合宿をしていたときもどこか体調が悪くヒドイ咳やめまいなどしていたケンになにかあってはと居ても立っても居られない。

 するとそこへと、奏音が伝えた病室を見つけると縋るように手を伸ばし開く。


「ケンッ! 無事か。ハァ、ハァッ、ハァ……」

「熱川君、病室はさすがに静かにしないと……」

「あれっ? なに、どうしたの陽ちゃん、それに稔ちゃんも」

「「あれっ?」」


 それは、最高気温を達した暑い暑い夏の日のことだった。

 のはずなのだが……。


 どうやら俺が考えていた憂愁(ゆうしゅう)にはならなかったようだ。

 すでに病室の中にいて診察していた医師からも"軽い熱中症だね"と言われ、さらには『彼の容体も大丈夫だけどもう少しだけ診察しないといけないから』とも言った医師は看護婦とともに他の患者の容態を見に病室を出た。

 今は俺と稔、そしてお騒がせな日向兄妹の4人だけが病室にいることになった。


「あはは、もうやだなぁ。ちょっと熱にやられて転んだだけだって」


 いきなり倒れてから病院に運ばれたと電話で聞いて稔とともに駆けつけてみれば、俺たちの必死な苦労と心配とは裏腹に、当の本人であるケンはこの通りピンピンしていた。


「熱でやられて転んだって……おいおい。そりゃ『転んだ』も『倒れた』とは言うかもしれないけどさ。お陰でこっちはこの炎天下のもとで全力疾走で様子を見に来たんだぞ」


 さすがの俺も親友に対して文句を募らせる。

 無駄な体力消費と心配の浪費をさせやがって、この野郎。

 俺は腹いせに奏音が持ってきた見舞いの品を1言断りを入れてバナナを食す。


「ちょっと熱川君、それ健二君のなんだから食べちゃダメでしょ」


 俺の隣にある椅子に腰かけている稔が俺を軽く咎める。

 そのまま俺の持ってるバナナを取ろうとする稔を見て、お前は俺の姉さんかよと一瞬にして思い浮かべたが、なんだかそれもいいなという(よこしま)な欲求が生み出されたのですぐに煩悩を断ち切った。

 とはいうものの、本当に人騒がせなヤツで参っちまうぞ。

 死の瀬戸際みたいな感じで知らせた奏音の声を聞いてから、無我夢中で必死こいてこの熱い中駆けてきた俺と稔がバカみたいじゃないかと、稔は優しいからなんも思ってないだろうが俺は恨みがましい気持ちを込めた視線を、スマホに連絡を寄越した奏音に送る。


「その、熱川さんに稔さん。すみません、私、慌てちゃって……」


 奏音は申し訳なさそうに小さくなっている。

 焦らされたのを根に持ってしまい、俺の憎悪に満ちた視線を送っていることに気づいた稔は『コラ』とまるで保母さんのように叱ってから俺の頬をつねってきたので、やはりあのときの深夜コンビニデートでもう怖くないと言うのはどうやら本音のようだ。それが嬉しいのやら悲しいのやら、どっちつかずの気持ちにさせられるのもな~と思いながらつねられた頬を手でさする俺。


 兄の健二よりもほんわかと物腰が柔らかくしっかりしてるようで、突然の事態に反応できないとかどこか抜けてる奏音は、ケンが突然に咳き込んだり手が震えたりした直後にひっくり返ったのを見てそのままパニックで大慌てして、頭が真っ白になったまま俺のところに電話してきたんだろう。

 そんな小さい体でも人一倍と相手の気持ちを理解しようとし、ワタワタする慌てぶりを容易に想像してしまうと、これ以上は怒る気にはなれない。


「でも、本当によかった~。健二君が大事に至らなくて。ね、熱川君」


 そう隣で"おいィお茶"のペットボトルを飲む俺に稔は首を傾げて言う。

 口一杯に緑茶の味が染み渡り、味わいながら飲み込んで俺もうなずく。


「そうだな。まあケンがなんでもなくてよかったじゃないか。万事バッチグーでなによりだぜ。で、ケガとかはないのか? それだけは止めてくれよな。もう俺たちや稔たちにとっては大事なバンドコンテストの本番なんだから、ケガは困るぞ」


 俺とケンにとっては3度目の正直となるライブだし、後悔をしたくない。

 こればかりは絶対に成功させて、太陽の象徴となるライブに仕上げるんだ。

 本番前にケガとか、咳や震えの症状が悪化とかは洒落になってない。

 言葉に出してからそんな危惧も脳裏に浮かべていると、ケンが俺を見る。


「心配しなくても大丈夫。倒れちゃったときにちょっと足をひねったけど、あまり傷まないしガーゼと湿布を貼れば問題ないし、演奏にも支障はないよ。それに僕だって本番を楽しみにしてるんだ。本番は地面を這ってでも出るつもりだから安心してよ」


 そして、そう力の込められた、意思の強い言葉で伝えてくれた。

 俺の抱いていた憂愁や心配も本当の意味で杞憂に終わった気がした。




 ご愛読まことにありがとうございます!

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