221曲目
不治の病に悩まされている大事な友人。
もし、貴方ならどう接してあげますか?
その兆しとなる報せを聞いたのは、バンドコンテストの2日前だった。
朝と昼では蝉で、晩にはひぐらしの鳴く夏はもう終わりを告げる。
暑い夏の、最高気温を達成し記録した、暑い暑い夏の日だった。
「ハッ! ハァッ ハッ! ハァッ!」
見慣れて走り慣れた道路をひたすら走る。
目の前に広がる景色が過ぎ去り、前へ前へ進み、一生懸命ある場所へと向かう。
走り込みの要領で走りけっこうなスピードを出し突き進む俺の隣に、学校までロードレーサーで登校する俺の私物を1度自宅まで戻ってから稔に貸して漕ぎ、道を颯爽と走る彼女がいた。
「熱川君。もうちょっとだから頑張って!」
「ああ、わかってる。急ぐぞ、稔」
俺は隣で並走して漕ぎ走る稔の方を見ずにただ前を向いて走る。
切羽詰まってそれどころじゃない、そんな緊迫感と緊張感が混じり合う。
そうなるのも無理はなかった……それは報せを聞いてからのことだ。
それを聞く前まではなんの変哲もない、見慣れていつも通りのことだった。
深夜のコンビニデートでのアクシデントを許してもらおうと謝罪、そして気分転換と弾き語りの練習としてアコギを持って俺が稔にスマホで連絡を取り、電話越しでわずかに疑い深かったけどなんだかんだ言って俺の家まで来てくれてから田舎と都会がごちゃ混ぜとなった白神郷の郷並みを共に歩き、"音楽が繁栄した郷"と称されている故郷のシンボル、噴水広場にやって来ていた。
俺は噴水広場にて弾き語りをするいつもの場所に向かえば、隣では例の彼女も付いて来歩みを止めずにキョロキョロと周りを見渡すと、とても平和な一日が繰り広げられていた。
周りには遊んでいる子供と付き添いの夫婦やら一緒に散歩する老夫婦、雑誌を読んで流行を知るギャルにジョギングに励む男女、ベンチに座って缶コーヒーを飲む休憩中のサラリーマンに芝生の上でお弁当を広げて楽しむ若い夫婦と母の手で温もりを感じ眠る赤ん坊との家族、近くで仕事休憩であり弁当を食べるOL同士の談笑。
平和な日常の時間を共有し満喫して、俺や稔にとっては見慣れた光景が広がる。
噴水広場の近くにあるベンチに腰掛れば、稔も普通に同じベンチに腰掛けた。
ギターケースからは仲間が描いてくれたバンドロゴやライブ衣装などのイラスト入りの作詞作曲ノートを取り出し、多数のソロ曲と考案中のバンドなどのオリジナルや『Hard Air Drive』なども書かれているが、バンドのオリジナルなどは稔にはまだ内緒で見せないようにし熱川陽太としてのオリジナルのページを開いてアコギのチューニングに取り掛かった。
上から順にオクターブ下の6弦E、5弦A、4弦D、3弦G、2弦B、最後にオクターブ上の1弦E……長い時間をかけて耳だけでレギュラーチューニングが完了したのを感覚でし終わり、そのまま慣れた手つきで簡単なコードを弾いてみる。
アコギのホールから反響し出されるコードの和音を確かめると、異常は無い。
そこからの噴水広場での歓声は今でも覚えている。
『あっ! 太陽の兄ちゃんだ!』
そのとき、路上ライブをしようとした瞬間、唐突に男児の声がした。
まずその幼い声に気づいた稔がそちらを向くと、そこには男児が1人。
こちらの方に指を指して、無邪気で喜々した声を出して俺らに近寄った。
『熱川君。あの駅前で演った路上ライブからファンが増えたね』
稔が健気で華々しい笑顔を出しては俺にそう言ってくれた。
それは夏休みに入った直後からバンド強化合宿をしていた俺たちのところに【二時世代音芸部】が合宿に訪れて、当日にこれからお世話になるんだという結理の提案で晩飯は自分たちが作ると言ったときに、突拍子もなく俺と稔に駅前で路上ライブして投げ銭をどちらが多くもらえるか、といったようにいきなり弾き語り対決へと勃発したことが発端だ。
以来、俺は子供たちの間では『太陽の兄ちゃん』と呼ばれるようになった。
『まぁな。俺の人徳のおかげだぜ。お前、またここで遊んでいたのか?』
『うんっ! ねぇねぇ太陽の兄ちゃん。またその楽器とお歌で元気をくれる!?』
『ああ! 俺の歌とアコギは一人でも多く元気を与える。太陽の音楽だからな!』
『うわーい、やったー!』
俺と男児はそんな会話を普通にしながら、お互いにひまわりの様な笑顔を出す。
俺の声が噴水広場内に広がると、すぐさまあちらこちらから状況が変化してた。
それもこれも、あのときの本気で人に感動を与えようと、泥臭い努力を糧にしてはバネにし必死で頑張って走り込みや座禅を通して、成長の兆しを心の奥底に秘めてたからだったのかもしれない。
『『『『ああ! 太陽の兄ちゃんだ!』』』』
『『おお、駅の前でカッコいい歌を歌っていた子じゃないかい』』
『『『『あ、太陽の! また熱い弾き語りを頼むぜ!』』』』
ソロで弾き語りをしてから、こんな祝福を受けたことは1度もなかった。
そう、俺1人での実力も経験でも絶対に成しえなかった、もう1つの未来。
そこに今、俺は大好きな女の子が傍に寄り添い、大勢の人に見守られてる。
噴水を背にしている場所から俺は辺りを見渡す。
性別も老若男女も関係なしに噴水広場の周りからそんな言葉で盛り上がる。
俺らのいる周りには広場に居た人々で溢れ返り、弾き語りコールをする。
怒涛の拍手と共に、歓喜と期待に満ち溢れた声々が大合唱となり辺りに響く。
俺はストラップを肩から掛け立ち上がり、Eのコードを一発掻き鳴らす。
膨大な拍手も歓声も、ベンチに座り俺の傍にいる稔も静かにし、鎮まり返る。
ただ稔に聴いてもらいたかったけど、こう周りから期待されたらなぁ……。
演るしかないし、このノリに乗れる大波に乗るしかない。
目を閉じて深く息を吐き切ると、鼻から空気を吸って目を見開く。
『よし、そんじゃ行くぜっ! 俺の歌を、熱い魂の鼓動を聴けぇ!』
構えるアコギからコードを掻き鳴らし、俺自身のオリジナルを観客に伝える。
情熱、理念、夢や希望、未来へ続く人生の幸福を願い続け、俺の歌を歌った。
太陽の象徴となる路上ライブをし始めてからぶっ通しで1時間が経過した。
もうお開きと口頭で伝えると聴いてくれた人たちから口笛や拍手を受け、1人1人俺に向けて感謝の言葉を送りながら即席のライブ会場となった噴水前に居た人々は皆バラバラとさっきと同じとこに戻って遊んだり帰路へと目指したり、それぞれの用事へと出向き戻って行った。
稔とも打ち解け出し、他愛も無い話をしていたそのときだった。
ジーパンのケツポケットに入れたスマホが鳴りだし、俺は手にとり画面を見ると『日向奏音』と記されており通話ボタンを"Tap"すると、すぐさま困惑と緊張に引きしめられた奏音の悲壮感ただよう声が耳にとどいた。
『おい、奏音。どうした? なにがあ……』
『陽太さん! 早く病院まで来てください!』
いつもの奏音とは明らかに違い、俺は落ち着かせるのに精一杯だった。
だけど、次に彼女の口から出された真実の出来事を聞いてから、焦った。
それも無理はない、だって……。
『早くっ! お願いです。兄さんが、兄さんが倒れちゃったんです!』
耳を疑い、その真相そのものに困惑した。
嘘だ、そんなの絶対に嘘だと、信じたかった。
だけど奏音の切羽詰まった雰囲気と悲しい声色で、悟った。
ケンが倒れた――。
……………………えっ?
そして今に至り、こうして道を疾走しているということだ。
電話越しでそう説明する奏音はひどく動揺しているようで、要領も得ない。
その分、起こった事態の深刻さと緊張だけは十分に伝わってきた。
「ケンッ!」
「健二君!」
俺と稔はともに叫びながら、病院内の門を通った。
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