21曲目
過去編その2
人々と店の歓声による雑踏が引き合わした中、ギターケースの中を整理する。
俺は自分の力で得た資金を巾着袋に入れる最中で、2人には全然気付かなかい。
そして俺はそのまま下に置いてあるノートを開き、次の自分の曲へと入る。
母親の方は娘とどこかに行かないとと思っているようで、そわそわとしている。
そんな中、隣で母親の手を握って黙っていた娘が口を開いて……。
「お母さん、あそこで歌を歌っている子。もうちょっと近くで聴きたい」
「えっ? でも稔、早く病院に行かないと……」
「お願い、お母さん」
娘はそう告げて母親の袖をクイっと引っ張りうながす。
こちらに振り向き目こそ見えないが、なにか強い意志を感じ取れた。
街の中には大勢の人がいて周りにも店を出し客寄せを勤しんでいる人の中、喧騒に紛れて荒々しくもなにかを伝えようとしている歌声が娘の、"目が見えない"稔の耳をくすぐったようだ。
稔は見えない視線をそちらに向けて嬉しくはしゃぐ中、母もそちらを見る。
路上で座りながらアコースティックギターを弾いて歌っていた子供を見つけた。
あら、此処にもストリートミュージシャンなんていたのね……。
母親も普段この道を通るけど、そういった類の人間を見るのは初めてだ。
目に包帯を巻いている娘の稔が喜んでいるのを見て、母親も考えが折れた。
「それじゃあ、少しだけよ?」
「うんっ!」
母親からの了承も得て2人は少年の傍まで近寄って立ち止まり、稔と母親は路上で座り込んでいる少年からやや離れた場所でその歌声に耳を傾ける。
少年は下を俯いていたりときたま空を仰いで歌ったりするためよく見えないが、歌詞は全て覚えているのだろうか両目を閉じて歌っており、稔と母親が近づいたことすらも全然気づいていない様子だった。
ここからじゃイヤ、私は、彼の歌をもう少し近くで聴いてみたい。
包帯を目に巻いた稔が彼のもとへ行こうとすると素早く反応した母親が手を掴み、事情を説明してから母親と一緒にそろりそろりと近づき、稔は少年がギターの弦を弾くところがよく見えるであろうとこまで母親が連れて来てくれたことを悟りその場にしゃがみ込んだ。
目が見えない人生を送る稔は代わりに想像、耳から聞こえる音で風景が見える。
耳には少年の小さな手がギターの弦に大切そうに、それでいて決意の音を紡ぐ。
荒々しくも決意の込められた音に乗って、少年の暖かい声が稔の耳に届いた。
周りの喧騒を遠くに押しやり、少年の太陽の歌声とギターが優しく疾奏する。
盲目の先でただひたすら彼が唄う歌は、今まで稔が聴いていたものとは違った。
少しでも人生の彩りがいいようにと医者からも勧められたのが"音楽"だった。
母親や父親、親戚や友人からたくさんの楽曲をお勧めされて聴いたのだ。
けれど、どれも盲目の自分になにかを与えてくれる力を感じられなかった。
稔が聴いていたのはどれも同じノリの、どれも同じようなものばかりだった。
中には好きな曲もあったのだろうが、ほとんど人から勧められて聴いていた。
だからこそ、稔はそんな音楽は全部聞き飽きたのだろう。
しかし、この少年が歌う歌は何度聴いても飽きは来ない、そう思える歌だった。
とても美しいとは言えないがとても力強く熱意の込められた声に、切ないからかけ離れた熱い魂を感じさせるギターの旋律、歌詞こそよく意味が掴めずわからないが少年の素直な気持ちが込められた歌に、いつの間にか稔は包帯の中から涙を流し包帯から流れて頬に伝っていた。
それから俺は何曲か路上で披露してから、踏ん切りがやっと付けた。
なんにせよ、今日得れたこれらでなんとか今晩もちゃんとした飯が食える。
もちろん土日に親父とお袋の手伝いをしてお小遣いだってほんのちょっとは持ってはいるが、飯とギターなどの部品や楽器は全部俺が書いた歌とギターで買う、というのがマイルールであり、小さな矜持だった。
つうか腹が減り過ぎてもう辛いな、そろそろお開きにしてコンビニでも……。
「み、稔!? ちょっと泣いてるじゃない、大丈夫!?」
俺はその破裂音みたいに出された声によってハッと気づかされる。
そのおまけみたいに腹の虫が勢いよくグーッとなるがそれどころじゃねぇ!
俺の目の前に、俺の歌を聴いてくれていた人が、2人も居るじゃねえか!?
しかも1人は隣の子の母親だろうか、娘さんの異常を心配し抱きかかえている。
俺は目を凝らして娘さんの方を見ると、泣いている姿を見て目を丸くした。
「ど、どうかしたか? 俺、もしかして君に楽器ぶつけたの、かっ……?」
俺がそう心配したような言葉を掛けたのもつかの間、突如事態が訪れた。
空腹が限界に達し意識がもうろうとしてしまい、その場に仰向けで倒れたのだ。
さすがに金がカツカツだからってむすび一個じゃ全然育ちざかりには足りない。
しかも何時間もぶっ通しでほぼ毎日路上ライブをすればスタミナも無くなる。
その瞬間泣いている子の母親が吃驚仰天してしまい、すぐに救急車を手配した。
路上を歩いている人々も同じような仕草をし、小さい俺を介抱してくれている。
そこまでは意識があったからいいが……俺の意識は徐々に電源が落ちていく。
薄れゆく意識の中、近くに寄っていた深淵の中に寂しく身を震わせ、目が見えずに自由を奪われた鳥かごの彼女からまるで吹き消える風のような声で……。
「もう、風景が見えない世界を見るのは……イヤだよぉ」
そう、泣き縋るように弱弱しく呟く叫びが聞こえた気がした。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




