217曲目
夜中に叫んだ俺に驚いている稔に、俺はいきなり体を抱き寄せキスをした。
それはきっと、世界の時間と空間では変哲もなくほんの一瞬だったと思う。
でも、まるで永遠にも感じる一瞬であり、未来永劫に刻まれる刹那だった。
瞬間、運命という歯車がまた噛み合い、互いの力を借りて動き出した。
やっちまった、でも、俺はもう後悔の念は無かった。
あの病室でシタこととまったく同じだったが、ほんのりと甘い味がした。
一瞬の出来事だが、いつまでも、ずっとこうしていたい欲求に駆られる。
稔の手から、持ってたイチゴミルクのペットボトルが離れ、重力で落ちる。
地面に鈍い音が夜の帳で支配された世界に響いたソレをきっかけに、とろんとしてる稔の目が、ハッと幻想と夢想で締め付けられた夢幻の世界から目が覚めたかのように大きく見開かれた。
「んっ~~~~っ、んっ……え、わー、わーわーわー!?」
手をバタバタさせながら、稔は俺から離れる。
その明らかに動揺してはアグレッシブな動きは、まるで某ネズミの国に存在するキャラクターみたいな仕草であり、魔法と感動を与えてくれるに違いない。
抱き寄せからの人生2回目となる俺とのキスをされ大体2から3メートルは即座に離れて、今起こったのは幻想とか夢とばかりに想いながらも皿のようになった目で俺を見た。
恋人的なマウスtoマウスされた唇に手を当てて呆然としている。
しばしの静寂、そして驚愕とともに、時は動き出す。
わなわなと体を震わせて稔は俺の方を意思の強い視線で見据える。
「わ……え、ちょ。な、な、な、なにするのー!?」
見てわかる動揺と戸惑いからの指摘。
あれ、もう大丈夫ってそういう意味じゃないのか。
俺は今、稔にこんなにまで驚かれてることに疑問を感じる。
「えっ? だって、さっき稔が言ったじゃんか。大丈夫なんだよーって。それって前にした抱き寄せとキスのことはもう気にしてないってことなんだから、じゃあまた抱き寄せてキスをしてもいいってことだろ? つまり俺と稔はもう恋人同士だ。なんの問題も……」
「あるよっ! もう、なんでそうなるのよーーーーーっ!?」
稔が俺の言葉の間に入って強く違うと全身で怒鳴る。
思いっきり否定されたんですけど、どういうことなの? とか、まるで意味が分からんぞ、誰か説明してくれよっ!? とかも内心思ったりもしたが、そんな理解不能なことは些細な出来事でありこの際どうでもよかった。
なぜなら綺麗に整ってもどこか儚げで幼さも残る顔が秋の紅葉みたいに真っ赤になっていて、稔はまたあのときと同じことをされて本気で怒っているのかもしれないが、俺からするとそんな稔も可愛すぎて抱き締めたくて仕方がない。
「あーもう、やっぱりおかしいよっ!? こんの、バカあっ! 熱川君のバカ、アホ、オタンコナス! 髪を真っ赤にしたから考えもおかしくなったんだね、そうなんだね。ありえない、もうっ! ほんっとうに信じられないっ!」
稔はもうヒステリーな怒りをあらわにしてる。
きっと俺とのキスができて嬉しいんだろう、ういやつめ。
「えっ? 稔、なんでそんなに怒るんだよ? あ、わかった。運命的な出会いにようやく気付いたから気持ちの整理ができてないんだろ~? そうさ、俺が稔の太陽になるんだから当然のことなんだが……ヤベぇ、怒った顔もすごく可愛いぞ」
俺がしみじみと稔との出会いの歴史を脳裏に浮かばせひとしきりうなずく。
「えっ!? ね……熱川君の、バカーーーーーーーーーッ!!」
とうとう稔の堪忍袋の緒が切れ怒りも有頂天に達し叫ぶ。
夏の夜空と静寂で包まれる景色の中で一際でっかい声で怒鳴ると、稔はいきなり俺に背を向けて大地を強く蹴り出し道を駆け出した。
その行為に俺は面を食らい大いに慌ててしまう。
「へっ? お、おい、稔!? なんで走るんだよ!?」
俺も慌てながらも大地を蹴り一気に駆け出す。
そして前を逃げるように走る稔を追いかける。
まるで探偵にでもなった気分だ、追跡開始だぜ。
「わぁーーーーーっ!? もう、追って来ないでよ! 近づくのも禁止、触るのも禁止、私と喋るのも禁止だもん。後、これからは私の半径10000メートル以内に入ってきちゃダメ、絶対!!」
「いいっ!? いっ、10000メートル!? おい、なんか桁が違うぞ。そんな殺生なことはさすがに……堪忍してくれ、稔ぃーーーーーっ!!」
新たなルールを課せられ思わず俺の目が飛び出るぐらいに驚く。
半径10000メートルとか、もう日本に居られるかどうかもわからないぞ。
はは、さすがに優しい稔はそんなことするはずが……まさか、な、ないよな?
「ヤダヤダヤダーっ! いいから来ないで、追って来ないでぇ!!」
稔がもうストーカー並みに毛嫌う如く俺を否定し続ける。
そんな、せっかく男と女のいい雰囲気だと思ったのに、最後はこんなオチか!
ふざけろ、どうしてオレってヤツは、好きなのにはこうも見境がないんだろう!
自分でもわかっているのに、結局はこんな展開で幕引きとなるのがテンプレだ。
「違うんだ、話を聞いて。たのむ稔、待ってくれ!」
「ヤダ! うっさいよ、バカ。待たないっ!!」
稔が後ろを向かずにただひたすらに前を向いて逃げて行く。
ここには、必死に追う追跡者と力の限り逃げる逃走者の図が出てた。
またか、また俺はあのとき同様に愚かな選択をしちまったのか!?
俺ってヤツは、どうしていつもいつも良い方向に転がっていかないんだ!
クソーーーーーーーーーーーーッ!?
深夜の真夏の下、地面に鳴り響き甲高く短い足音と音となる声。
その中には俺、熱川陽太の2度目となる後悔と再出発となる気持ちがあった。
ご愛読まことにありがとうございます!




