215曲目
人間、当たり前と思えることを成す事ができなくなっている。
気恥ずかしいとか、言ったら情けないとか言い訳を口にする。
素直な心と気品を以て実戦すれば、それは最高のヒーローだ。
夜空を横切るように存在する雲状の光が散らばる世界の下。
シチュエーションもバッチリなのにどうも上手く噛み合わない。
稔と趣味も会話もすれ違いだなんて最悪の運命じゃねえか……。
「くそ、なんでこうなっちまうんだ? まったく真逆の答えが返って来やがるぞ。俺は良い方へと選んでいるはずなのに、いつもなんか、稔には嫌われるようなことばっかりしてる気がする。それこそほら、稔の目が見えるようになったきっかけで弾き語りをしたのはいいのに、その瞬間に惚れて衝動的に……ほらアレだ、その、いきなり抱き寄せてキスしたりとかさ……」
言ってて俺の顔が紅潮する感覚がする。
1言答える度に恥ずかしさがヤバいんだが。
「あ……えっと、その話はもう。ねっ? 止めに……」
俺と同様に稔もリンゴみたく真っ赤になる。
しまった、今のセリフでマズいイことを思い出させてしまった。
そのせいで稔が男性恐怖症になっちまったんだ、バカか俺は!?
俺はただ稔の向日葵みたいな光り輝いて喜ぶ顔が見たいんだ。
そこは当たり前で、俺にとっては譲れないところなんだ。
「えっと、いや違う。あ、あのさ、稔」
「う、うん……なぁに?」
稔が上目遣いでしかも両手を後ろにやりながら聞き返す。
そのグッとくる仕草で頬を赤らめてるのって反則級の可愛さだ。
きっと稔もあのときのイヤな記憶を脳裏に浮かべているはずだ。
そんな気持ちにさせてしまうのが、もの凄くこそばゆかった。
当時の俺はイケるとか感謝の押し売りみたく良かれと思ってやった衝動的な行動だったけど、こんな風にモジモジして目を泳がせたり戸惑ったりされてしまうと、面と向かって俺のせいだと言われるよりもこそばゆかった。
俺の背中に罪悪感が這い寄ってくる感覚がした。
好意的に思い衝動的とはいえ、ちゃんと謝ろう。
それが今の俺にできる善行であり、仲直りのきっかけだ。
俺はそう考えると意識とは別に体が反応し、手と手を合わせた。
「あの……悪かった。あのとき病院内で、稔はまだ世界の景色も知らない中で急に体を抱き寄せて、キスしちゃったして本当にゴメンな!」
あのときの行動を悪気に思う俺は、思い切り頭を下げた。
いきなりのことに、稔が面食らってキョトンとしているのがわかった。
でも俺は下げた頭を上げずに謝罪の念を込めた言葉を言い綴った。
「ほんとゴメン! あんなことをして決して許されることじゃないのは俺でもわかってる。だから許してくれなくてもいい。おこがましいってのもわかるが、せめてこれだけは言わせてくれ。俺、目が見えた稔のこと、すごく傷つけちまったんだよな。悪かった!」
「ふぇ……? え、えーっと、熱川君。ど、どうしたの急に? 悪かったって、あのときのことだよね。でも、なんで今ごろそんなことを?」
俺の下げてる頭の上から稔の声が降り注ぐ。
物柔らかで透明感のある、美しい声質で思わず心が救われる。
だがこれは俺の侵した罪を清算させるケジメであり、気を緩めない。
「なんでかって? どうしてもしなきゃならないからだ。男に対して不安で恐怖に怯えて、いつも不平不満な気持ちにもさせちまった原因は俺にあるんだ。だからもう1度、面と向かってちゃんと謝りたいと思ったんだ」
俺は1つ1つ噛みしめるように、懺悔するように言う。
たしかにこの事件はもう何年も前の話だ。
今さら突然こんな夜道で頭を下げ謝られても困るかもしれない。
実際に稔も困り果ててあたふたしてる感じがひしひしと伝わってくる。
時と場合を考えろとか雰囲気を大事にしろとか言われても仕方がない。
でも、今この瞬間に、どうしてもきちんと彼女に謝りたくなったのだ。
俺がやってしまった罪ある出来事をちゃんと礼儀をもって謝罪をしないと、たとえ待ち受けるバンドコンテストで音と音による真剣勝負に勝ったって、俺は未来には進めずにずっと停滞しているような気がしたのだ。
俺はもう1度目の人生で、音楽的の生が死んだ身だ。
それからは結理や健二たちにも助けられてもう1度自分の努力を信じて音楽活動をするようになったが、そのきっかけとなる原点へと導いてくれたのが紛れもない彼女、大一葉稔という存在があるからこそだった。
そんな恩人に無礼をしてしまったのなら、誠意を持って謝るべきだ。
例えば法的な罪を犯したら逃げたり隠れたりして逃走を図ろうとする人間だって世界中の各地にはいるし、法の番人に捕まって罪を償う行為を強いられるのはイヤだとか思うのも無理はないが、それはやはり罪を犯したのならしっかりと自分で認めて罰を受けるべきなんだ。
俺は稔に嫌がるとかの前に、お互いの気持ちの無いままキスをしたし、目の見えなかった稔が世界の景色を見る前だったんだし、俺のことを好きじゃないとか興味ないとかいう次元の前に行為を犯したんだったらちゃんと罪を償い罰を受けるのが道理である。
「悪かった、ほんとうにゴメンな」
もうこれ以上は下げられないってぐらいまで、頭をグッと下げる。
そのとき、俺の瞳に熱いなにかが込み上げてくる感覚がし頬を伝う。
まるで真上に浮かぶ夜空に流れる星のように、涙が溢れ出て地面に滴った。
悔しいとか、痛いとか、そういうので両目から流れたんじゃない。
きっと、大好きな女の子を傷つけていたことを理解し、無意識に流れた。
それは絶え間ない痛みや夢を打ち破られた後悔よりも強く、ただ辛かった。
あーあ、俺って弱いよな。
ほんとうにゴメンな、稔。
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