212曲目
俺がバンドコンテストで優勝して叶えたい願いの理由。
雄々しく答えたのに見当違いなことを言ってしまったんだが……。
ははっ、やべえ、流石にこれはマジで笑えない。
自分で立てた目標が変わるとか、マジで阿保の極みだ。
正論を言って気づかさせてくれた稔の顔をまともに見れやしない。
もはや返す言葉もまったく無く、思わず俺の口が紡ぎ視線を下に落とす。
「熱川君。あのときの約束、思い出してくれたかな?」
稔はそんな俺に追撃するように顔色をうかがってくる。
態勢を低くし前かがみで上目遣いで見上げてくれて可愛い。
だけど俺はしどろもどろになってしまい視線も泳いでしまう。
明らかに図星を突かれて慌てふためき、出す言葉も早口になる。
「えっ!? あ、い、いやいや、そんな、約束を忘れてわけ……な、ないじゃないか! 当たり前だよなぁ。今だって俺はもちろんその約束を覚えているぞ! ただ、今まで走り込みに座禅にセッションと色々と立て込んでうっかりしてただけで……ああ、そうだ。間違いは人間誰だって起こり得るもんだから、仕方ない。そう、仕方ないよなぁ~っ!」
言えば言うほど嘘が崩れボロが出てしまう。
そんなのもお見通しと言わんばかりに稔は微笑む。
いや、本当に忘れていた。
そのことが事実と知ると、ものすごくショックだ。
バンドの成功を祈りばかりで稔のことを忘れていたなんて。
俺が手をブンブン振ったり弁解をしていると、稔が言葉で遮る。
「ふふ、もう~、別にいいよ? 約束が忘れていたことなんて全然気にしてないから。それに私としては、バンドのことを大事にしてロックに向き合っている熱川君の方が嬉しいもん」
「いや、忘れてるわけないじゃん。これは本当だぞ? 信じてくれ。俺が大好きな稔と交わした約束を忘れるなんて……それこそ結婚記念日なのに酒飲んで忘れるようなダメ亭主のような真似をするだなんて、絶対にあり得ないんだからな?」
俺はもう目がグルグルとしてしまい、言葉も上っ面になる。
そんな焦って混乱してる俺をなだめるように稔は静かに悟らせる。
声色もいつも以上に柔らかく聖母のように支える、稔は俺の保母さんかよ。
「あーあ。だ~か~ら~、そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ほんとに気にしてないってば。あんまりそう言って否定しているとよくなんだから、しちゃダメだぞ? それにさっきも言ったでしょ。今まではソロでシンガーソングライターとして活動してたのに諦めて音楽を投げ捨ててたのに、またこうやって音楽を演り始めるようになってさ。今ではバンドのために頑張って努力してる熱川君の方が、私はすごく好きだな」
瞬間、時が止まる。
秒針も鼓動も、なにもかもが止まった。
正直に耳を疑ったが、疑いじゃないと信じたかった。
心の中であべこべになるほどに、俺は今の言葉に衝撃を受けた。
「え……?」
そのときたぶん、それこそ地球の自転が止まった。
それこそ空間の時間すらも止まり、世界から一瞬だけ音が消えた。
俺だけの黒く赤い世界に、稔の呟いた一言がリフレインしている。
それは、俺が生きて来た中で一番に聞きたかった、愛情の言葉だ。
『熱川君が、好きだな』
何度も何度も、声優にも通用する稔の生声が体に、心に反響する。
ちょっと端折ってる部分もかなりあるかもしれないが、たしかに今俺の隣を並行して歩いている稔は俺の顔をしっかり見て、俺のことを好きと言ったぞ?
あのときの悲劇な事態以来、初めて稔の口から、好きだと言われてしまった。
俺の顔が髪の色同然に真っ赤になっていくのを見て稔も訂正する。
それもさっきの俺みたく慌ててわたわたする感じで。
「えっ……あ、あれ? あ、違うの。好きって言っても、ヘンな意味じゃないよ? 意味深とかじゃないからね。あの、普通の意味でだからね? LOVEじゃなくてLIKEの方ね」
稔が耳まで真っ赤になって焦りながらも弁解する。
しかもご丁寧に好むと愛情の区別までしっかりと加えてだ。
隙を生じぬ二段構えとはまさにこのことか、勉強になるな。
「わ、わかってる。非常に、非常に残念だけどそれは理解してるぜ。だってそれじゃあ約束もルールもおかしいもんな。稔が俺のこと好きだなんて、おかしいもんな? ああそうだ。OKOK、大丈夫。安心しろ稔、ここはクールに物事を考えようぜ。俺もそういうのはわかってるからさ。はは、はははは、はあ……」
言葉を出す度に正気と生気を失いかけそうだ。
やはり稔に脈ありってのは無い、ショックだ。
恋愛の大革命は起こり得なかったことに、自身の不甲斐なさを悔やむ。
「ええー、いやその、そ、そんなことはないんだけど……」
稔もそこから先は口ごもってしまい恥ずかしそうにうつむく。
あれ、やっぱりお友達なら大丈夫だよってことなのだろうか?
それはそれで、脈無しって真実を突きつけられてるみたいで、辛いぞ。
一瞬にして、穏やかで柔らかい空気が岩石のように固まってしまう。
俺も稔も頬を赤らめてしまい、もうなにを言ったらいいのかわからない。
言葉を必死に脳裏で浮かべても、水辺に浮かぶシャボン玉のように消える。
この状況打破として、なにかに縋るように俺は目の前の景色に視線を戻す。
するとそのとき、俺の目に目的地のコンビニが照らす明かりが飛び込んできた。
絶妙かつ待ち望んだと言わんばかりのタイミングに思わずガッツポーズを出す。
まるで境界線上一面が地獄めいた砂漠に見つけたオアシスみたいだった。
瞬間、俺の体が爆発したみたいに地面から跳び上がる。
その動きを隣で見てた稔がビクンと体を震わせキョトンとする。
「よし! 目的地到着だ。コンビニでなんか盛大に買い込もうぜ!」
「えっ? あ、う、うん。それじゃ一緒に行こ」
「おうよ!」
俺と稔はそう言い合い、コンビニの自動ドアをくぐり店内に入った。
ご愛読まことにありがとうございます!




