210曲目
儚いと書いて人の夢。
それでも決死の覚悟で進めば、現実になる。
周りから批判されても、ソレは、自分の人生。
この続く限りの命で成し遂げなきゃならない夢と、目標が俺にはある。
だけど、稔にはそんな冗談じゃないことも音楽とロック以外はどうでもよさそうなことも俺に許させようとする、異世界の能力を授かった魔力か能力みたいなものがあった。
どうして俺は、こんなにも稔に惹かれ、恋い焦がれてしまうんだろう?
きっと……ってバカだな、そんなことを一々考えてなんになる?
ああ、けれど俺は、今すごく心が安らぎ機嫌が最高にいいらしい。
ありもしないバカみたいなことを考えて、それで落ち着いてしまっている。
これはそう、不可思議で嫌いじゃない感覚だ。
そう考えていると稔が物ふける俺につぶやく。
「でも、音楽とロックばかり目を向けてる熱川君が友達の健二君以外の人とちゃんと認め合って演ってるのって、なんだかちょっと意外な感じだよね。男子軽音部のときも健二君以外とはあんまりセッションもしたがらなかったらしいし……やっぱり類は友を呼ぶってことなのかな?」
「なんだ、人をコミュニケーション皆無なヤツと思わないでほしいもんだ。もしかして稔は俺のこと、ルールも守れない社会不適合者とか頭の悪いヤベーヤツとでも思ってんのかな?」
「えっ……えーっと、その。あ、あはは、いやそういうわけじゃないんだけどね。でもどうだった? 初めて組んだ人たちと一緒にした合宿、熱川君は楽しかったかな? ちなみに私はすっごく楽しかったんだけどな~」
「楽しいとか面白いとか、そりゃアニメやゲームとか普通の人間が興じる娯楽に使うような言葉だろうが。普通に夏休みを過ごして普通に2学期に突入するヤツらと俺たちは違うんだ。目標があるバンドマンや夢のあるシンガーソングライターとしての腕前を高める合宿なんだから楽しくっちゃしょうがないと思うんだが……」
俺の言葉に反射的に両手を前に出しては違うとジェスチャーする。
そのときの顔つきもどこか図星を突かれたみたいな表情で、少し傷つくぞ。
まあでもそうだな、バンド強化の合宿は思いもよらぬ進化を遂げれたもんだ。
今までの合宿のことを思い返せば、やっぱり楽しめたし面白かった。
愉快で経験が実る合宿で、きっと忘れられない夏になるという予感がする。
たしかに今までの人生には無く今年の夏は、最高に特別で愛しい夏になった。
それにより心境の変化で俺の口元が、口角が上がったのだろう。
珍しい変化を見逃さなかった稔がそれについて指摘してくれる。
「あー、熱川君。口角上がってるよ~。やっぱり楽しかったんだ?」
俺は一瞬、なにが起こってるのか視認できなかった。
これは夢だ、そうとも思えるような光景を理解できた。
気持ちを整理しハッと気づくと、稔が俺の顔を覗き込んでいた。
さっきからもしてくれたが、今度のはその距離がかなり近い。
それはもう1メートルも無く、何センチレベルの差だった。
いや待て、待ってくれよ世界の神様よ、本当にいいのか?
これはもしや日々努力してる俺に与えた祝福そのものなのか?
ヤバい、稔の顔が近すぎて心臓がドキドキしてきやがったぞ。
稔が、隣で歩いている俺に端整で健気な顔をズイと寄せている。
顔が近い! 2や3メートルってレベルじゃねえぞ!
慎重さもある俺は稔を見下ろす態勢なのだが、その瞬間に超接近気味になった稔のサラサラと綺麗に整えられた髪の匂いが俺の鼻孔を刺激して鼓動のドラミングがさらに早くなる、つーかもはやうるさいぐらいだから止めたくてもしたら俺が物理的に死ぬからできないじゃねえか。
こんな所でも男子高校生を惑わしてくる罠が張り巡らされているとは……!
いや違う、単に思春期の純粋さには刺激が強すぎて、ドギマギしてるだけだ。
そうだ俺、一見クールに見えてすぐ熱くなるんだからここは落ち着いていけ。
稔のグラビアアイドル並みの乳と尻をさり気なく見て心に平常心を取り戻せ。
「お、おい稔、やたらと近いぞ? 危ないぞ」
「えっ……あ、ホントだ。ゴメン」
稔がシュンとして何歩か離れて、また平行に歩く。
俺は心なしか『やっちまった……』と悔しそうに呟く。
「おい、いやあの、別に謝らなくてもいいし、俺もいいんだけどさ」
俺はそう付け加えて頬を指で掻き、そのまま前を向き直る。
だってそうだ、別にシュンとして悲しそうにならなくてもいいだろ?
2から3メートルと体に触れない約束は、稔を怖がらせないためのモノだ。
あのとき以来、病室で目が見えるようになった稔の最初に受けたモノが衝動的にキスした俺の顔だったし、そのせいで男性恐怖症に苛まれるようになったんだから俺も割かし罪悪感はあったんだ。
でも稔は、今の彼女は俺のこと本当に怖がってるのか?
むしろ受け入れてくれているようにも思え、誇らしくなる。
今だって自分から近づいて来たんだし……。
さっきからの仕草からもそう捉えられることは多かった。俺の傍に寄り添っても確かに2から3メートルの位置にいるのも多いがそれ以上にこうして何気なく近づいて来るのが多いし、思春期真っ盛りな男子に対して艶めかしいポーズを取ってくれたりして正直辛抱するのが辛いんだがそれでも必死に耐える俺は稔のことを大事にしているってこととして再確認できて嬉しい。
だけどコレなら万事バッチグーな展開になるのでは? そう思える。
恥ずかしさと虚しさを振り払うように稔は話をする。
そんな仕草すらも初々しく見えてしまうなんて罪だぞ。
「でもでも、そう考えると男の子っておもしろいよね。双子の兄である暁幸君と物静かで大人びてる宗介君て、熱川君と絶対性格も意見も合わなさそうなのになぁ……性格も考えも真逆なんだし。それなのにいざ合宿に来て見てみればいつの間にか団結力が上がったバンドに仕上がってたんだもん。あれはびっくりしたよ~。ねねっ、どうやって2人と打ち解けたの? やっぱりこう、河原とかに行って男同士で殴り合ったりして?」
稔は喜々として俺たちの絆が紡げたことを聞き出そうとするが、これまたずいぶんと的外れなのにそうであってほしいと全身から期待感が満ち溢れている答えを先走りしては目をキラキラと光らす稔を見て、俺は頭を掻いた。
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