20曲目
過去編です。
俺には大事なモノを失っていた彼女の苦しむ気持ちは、わからない。
心理学者じゃないし医者でもないんだから当たり前だけど、それが哀しかった。
だからこそ、あの子は両親と一緒にいるときも、あんなに辛かったんだと思う。
あの子が過ごしていた時間に亀裂が走り、命の灯が消え、虚空になったのだ。
昔の俺が生きていた時代はとても速くて、一日があっと言う間に終わった。
毎日のつまらない勉強、怠惰に染まった通学時間、それこそが仕事の睡眠時間。
例え1人だとしてもとても彩があって楽しく、ワクワクした音楽。
ただ、時だけが目まぐるしく俺の横を通り過ぎて行って、地に足が着かない。
そう、だからきっと、俺もあの子も、稔は振り落とされたんだ。
気が付けば一週間という時間が無意味に終わった。
気が付けば一か月が始まるあの時間の速度から、レールを外れてしまった。
その波に乗っていれば判らなかったのに、その風に乗れていればよかったのに。
何かの拍子に俺も稔もその押し寄せてたチャンスの波に呑まれてしまったんだ。
なんて残酷なんだろう。
誰も落ちた俺も稔を気には留めない。
いや、それは至極当たり前のことだった。
そう、今までの俺がそうだったように。
もう、あの波には乗れない。
だったら、あの風に乗れればいいじゃないか。
だからこそ、俺は太陽のように、稔を救えたんだ。
なんにもなくて、空っぽで、俺の音楽一筋でいれたから。
荒削りで不格好でだらしなくても、稔にだけは届いたんだから……。
それはたしか、俺がまだ小学生のときの話だ。
俺がたった一人で自分の音楽に挑み路上でアコギ一本抱えて弾き語りをしている空には、近代化が進んで技術も発達した都市が吐き出すガスによって灰色で鉛色にも近いネガティブに染まり、澱んで重圧めいた、暦上は過ぎ去った梅雨雲が未だ漂っているようだった。
めったに雪の降らない都会の街と言えど、年を越して1月の夕方ともなるとやはり冷たい風が押し寄せては体中を寒さで覆わせる。
太陽の日が明るさを失い沈みかけてから2時間ほどが経ち、駅からも離れている位置だからか、面倒な仕事やら授業やらが終わりさっさと帰宅しようと足を急かせ急ぐ勤め人と学生たちも波のようにいたが、今となってはそれもまばらになっており路上は閑散としたリ繁忙したりを繰り返していた。
まだ小学生の俺を見る道端に歩いた人々の目は、色々な感情が渦巻いていた。
頑張っているね、なんだこいつ、うわー可愛い、へったくそな歌とギター、と。
俺にとってはそんな考えも言い分もどうでもよく、ただただ誰かに歌っていた。
そんな自己中心的で未来も捨てているような俺の前に固定客なんているわけなく、ただただ路上で歌って、掲げた小汚いアコースティックギターを出来る限りのコードを左手で押さえ右手に持ったピックで掻き鳴らしていた。
突如、お腹から"俺も歌うぞ!"と腹の虫が飛び入り参加してきた。
俺は腹を空かせていた、理由は簡単で親父にぶん殴られたからだ。
親父は土木系の仕事をしててお袋は医療系のパートをしている。
共働きで大変なのに俺のために料理を作ってくれたが、あったのはむすび1つ。
もちろんそれは食べて文句こそ無かったが、"足りない"と呟くとぶん殴られた。
『女房が作っておいてくれたモンになんか文句があんのか? ああっ!?』
鬼の様な剣幕で俺に詰め寄り胸倉を掴まれ前後に揺らされた。
そのことに腹が立ち、罵声を1つ浴びせてから、ギターケースを背負った。
俺は路上ライブで稼いだ金で飯を買おうと試みて、雑踏する街に出向いたのだ。
足元に開けておいたギターケースの中に無造作に散らばった貨幣を一曲歌い終わったら拾い集めて数え、今は入院中の祖母が昔古着で作ってくれた巾着袋に流し入れて行く。
中にはけっこうな数である百円玉と十円玉、そして一円玉の群れの中に、淡い金色に輝く五百円玉を見つけたときの感情が動かされてしまった瞬間は、初めておひねりをもらったときから変わることがない。
「今日はけっこういいぜ。しかし五百円玉って、ちっと金貨っぽくていいよな」
ジャラジャラとうるさい小銭の中に、まさかのカサついた紙幣を見つけた。やはり紙幣は良い。こういうのは別にたくさんあっても重くないし、巾着袋で持ち運んでも全然音が出ないからうるさくない。なにより物品との兌換レートが高い。
小学生の癖に"俺は必ず人の心を動かせる歌とギターを見出してやる"と息巻いてからここ数日の間、たった一人でストリートに立って自分の作詞作曲した曲を用いてアコギ一本掲げて唄っている。
本当ならちゃんとギターも弾けていい歌詞が浮かんだ状態でするつもりだったが、時間もいい具合にリミットギリギリの今になって急におひねりの入りが良くなってきた。
ここ数日やってて人に顔を覚えられてきたということだろうか。
それとも、この前ノートに書き殴った新曲のウケがよかったか。
「待てよ。まさか哀れみで……? ちっ、俺の歌に哀れみやがって」
俺は小さな声で悪態を吐く。
そのときギターケースに目をやっていたため、周りをちゃんと見てなかった。
路上には未だ多くの人が歩いている中、1人の少女とその母親が立ち止まる。
足が止めたのは母親のほうではなく、少年をジッと見えない目で見る娘だった。
母親の手を握っている娘の目は、包帯が巻かれており、とても1人で歩けない。
その立ち止まって歌を聴いてくれたのが、紛れもない、大一葉稔だった。
俺と彼女が最初に出会ったのも、ケンの知り合いで幼馴染みの関係じゃない。
本当に駅から近い路上で荒々しく弾き語りをしていた、道端でだったのだ。
俺は紛れもなく才能の「さ」の字もない石だ。
そこで投げ捨てられた石ころを偶然見つけてくれた少女。
感情の分け隔てなく小石を拾って嬉しそうに撫でる優しさ。
ははっ、ありえない、よくあるラノベ恋愛系展開とかも思えたさ。
でも、現実で本当にそんなありきたりな展開が天から舞い降りたんだ。
だってそれが俺、熱川陽太と大一葉稔との出会いに繋がったのだから……。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




