205曲目
リアルでも物語の中でも暑い、熱い!
湿気の多い暑さはやはりたまらない……。
照れ隠しのような仕草で水を飲んでいる俺、水メチャクチャ美味いぞ。
稔もクスクス笑い、鐘楼の壁にもたれかかると"タプンッ"と胸が振動で揺れる。
しかしなんか不思議で心地よい感覚で、まるで嘘の光景を見せられてる気分だ。
だって稔がそこに立ってて、俺の近くに寄って俺の顔を見ていた。
それがまるで、真夏の夢にスッと入り込んだ世界のような光景だった。
春夏秋冬の中で一番大好きな夏の終わりのこんな絶妙的なシチュエーションは、いささかダイナミックかつドラマチックにすぎて思わず目を背けてしまいそうだ。
いささかヤバい煩悩はこの場で断て、熱川陽太よ!
常に平常心、不動の心を用いて稔に再度振り返る。
「おお、つーかどうした? 稔も眠れないのか?」
「うん、なんか目が冴えちゃって眠りたくない気分かな」
たったそれだけの返答なのに、まるで良い歌詞にすら感じてしまう。
女子たちは俺たちとともに合わせた祭りのようなセッションの後、旅館の露天風呂はケンたちが使ったのを最後に他の客が使用していたために旅館の女風呂にある備え付けのシャワーで身を清め浴び直し、そのせいか、2から3メートル俺から離れていても、稔からは胸いっぱいに吸い込みたくなるような清々しい石鹼の香りが漂っていた。
情けないことに、たったそれだけの仕草と言葉だけで俺の胸は、超スピードチックでニトロ搭載偏重主義の疾走感大好きキチガイじみた変則で高速染みたドラミングのように、闇雲に鼓動が高鳴ってしまうのだ。
「ん~、眠れないのもきっと、なんか私興奮しちゃってるからかな。さっきのセッションがあんまり楽しかったからだろうけど、あんな気持ち、久しぶりだったから」
稔は向日葵の華を咲かせるように燦々と笑う。
向日葵は太陽の光を浴びて雄々しく咲くはずなのに、まるで真夜中に人知れずこっそりと咲く可憐な華を独り占めしているようで、俺は唐突に得意な気分にさせられた。
それこそ夜の走り込みでかいた汗も、心地よく感じてしまうほどだ。
「あんなに走って疲れてるはずなのに、熱川君もまだ眠れないの?」
「それは違うぜ。俺は眠れないんじゃなくて寝ないんだ。太陽ってのは日本だと今こうして月が浮かんでいるもんだけど、世界中のどっかの国ではずっと燦々と輝いているんだしな。それに英雄ってヤツも、幾千の戦争を勝ち進むためにほとんど寝ないものなんだぜ。太陽と英雄を兼ね備えた俺に、睡眠なんてもんは必要ねえんだ!」
俺がビシッと夜空に人差し指を差して力強く言う。
「え~、そうなの? それ本当なの? 私は信じられないな~。だって今朝は熱川君、いちばん寝坊して走り込みに出かけてたじゃない。そのときコケて額が赤くなってたけど、もう大丈夫なの?」
そう言って心配する稔が俺のおでこ部分をジッと見つめる。
やめろ、そんな風に見られるとなんか体がムズムズするじゃねえか。
俺はそう躍起になりそうな気分を追い払い、口ごもりながら答える。
「うぐっ……そ、そういうときもある。時と場合によるってあるだろ? アレだよアレ……つーかタイミング良く揚げ足を取るなよな」
俺の見栄で強がる態度なんてお見通しだとばかりに、稔はくすくすと笑う。
いつも通りの生活でなら通用するかもしれないが、こうして同じ目標を掲げて合宿をし1つ屋根の下でともに暮らしていると、伝家の宝刀である見栄も強がりも張りにくくなっていけない。
むず痒くもあり浮かれやすくなってしまう空間。
そこに自分も身をおいて修行してるとなると居ても立っても居られない。
そんな気持ちにすぐさまさせてくる稔の顔をソッポ向くようにしていると、
「もう夜なのに今日も暑いよね~。なんか喉乾いちゃったな。ね、熱川君、ちょっと一緒にコンビニでも行かない?」
……………………。
はっ? 今しがた稔は俺になんて?
稔から出された問いを理解するに僅かな時間が必要だった。
「え、コンビニ? それって2人でなのか?」
思わず辺りをキョロキョロと見回してしまう。
当然だが、汗だくの俺と汗を流しスッキリした稔の2人きりだ。
こんなロマンティックなシチュエーションができて、神様に感謝だ。
「うん、そうだけど……もしかして2人だとダメ? あ、2人で勝手に行っちゃったら結理ちゃんに怒られちゃうかな?」
稔はなんだかコソコソとするような感じで喋る。
そんな仕草をしてくれることにも感謝をしながら反論する。
「え、いやいや、別に結理なんて今は関係ないけどさ。だって俺と稔はっ」
突然、俺は口ごもってしまう。
その先のことを言うと後戻りできない、そんな気がした。
「えっ? ……あれ、どうしたの?」
稔がなんか恋する少女のように俺の顔を覗き込む。
おい、なにさり気なくヤバいことを言おうとしてるんだ俺は。
純情な心を持つ稔に浸け込むような真似だけはしたくないんだ。
言葉を探すように考え込んで、すぐさま結論を出す。
「いや、悪い悪い。ちょっと考え事をしてただけだ……よし、わかった! そんなら一緒にコンビニ行くぞ! 行くぞコンビニに! 稔、熱い体を心地よくする冷たいジュースが2人を待ってるんだから、さあ行くぞ!」
行くぞのゲシュタルト崩壊しそうなわけわからん気合いを入れる。
「もう、熱川君。ただコンビニに行くだけなのに、そんな体育祭みたいな気合いを入れなくてもいいのに~。くすくす……」
本気で言ってるはずなのにまた稔に笑われた。
なんだか俺が保育園児で稔が保母さんみたいな関係だぞ。
どうして俺は他のヤツの前だと強く雄々しく熱くいられるのに、稔の前だと、いつもこんなにシメが悪くてカッコもつかなくなってしまうんだろう。
あの病院でワンマンアコギライブを聴いてくれた以来からずっと好意的に思えるんだし、好きな子の前ぐらい、映画やアニメにゲームに登場するヒーローのように輝いてカッコよくいたいのにさ。
「えへへ、そっかそっか。わかったよ熱川君。それじゃあ行こっか」
そう言って稔は俺の前をホットパンツの後ろに両手を合わせながら歩く。
俺もまるで道なき道を強いられたのに、女神様が舞い降りて道筋を導いてくれるかのように彼女の背を追いかけ、そのまま隣同士で並行し道を歩いて行く。
ご愛読まことにありがとうございます!




