194曲目
熱血漢である陽太にも悩みを持つ。
それでもケンという親友に打ち明ける。
雨の中、雨音を聞きながら話し合う。
昨日の青海な晴れ空は何処へ行ったのやら、そう思える。
なぜかって? 今俺の目の前に広がる妖雲が知らしめてるさ。
その日は朝から雨だった。
夏の季節だと雨の湿気でジメジメして鬱陶しい天気なのだが、早朝のノンストップ青春ランニングとジョギング交互の肺活量筋トレが、カッパを着ながらもたったの30分で終われただけでもホッとできる。
本堂に続く参道の中で先ほどの走り込みのことを考えながら呆然とする。
参道の窓から見える景色は、未だに冷たい雨が降っていた。
空から無数に小さな粒々がアスファルトや境内に降り注ぎ、溝のある所だと大きな水たまりをいくつも作り、湿気を催させる雨雲に覆われた空は地上に大きな影を落としていた。
それはもう一瞬だった。
閃光が瞳の中に飛び込み、気付けば俺は空を見上げていた。
体力作りに集中して無我夢中だったが、なぜか俺は空を見ていた。
世界が曇天に包み込まれ、冷たいアスファルトが夏の陽射しを受けて出た熱が体中に広がる中で、真っ赤になった空からは小粒の雨が降り注いでいた。
静かだけどどこか寂しそうにカッパを着ながら道を走る俺の頬に降り注ぎ、次々に俺の周りに集う光に照らされるその妖雲から降り注がれる雨は、まるでダイヤモンドのカケラのようにさえ思えてしまった。
なぜかはわからないが、とても、とても綺麗だと感じた。
俺の憧れる太陽はいつもそこにいた。
世界中を照らして、今でも、曇天に包み込まれた世界を照らしてる。
降り注ぐ雨と一緒に、いつも太陽が現れる時は決まって雨が降っていた。
空を見上げる俺はソコにいるはずのない太陽の存在を身に染みながら覗き込んで、雨で濡れ妖雲で隠れてしまった太陽の目からポタリと雫がこぼれ落ちてるとこを見ると、まるで昔の俺みたいに落ちぶれてしまい涙を流し泣いてるようだった。
だけど、止まずに降り注ぐ雨を見てると、俺はこうも思った。
願い事を叶えてくれる流れ星が一気に押し寄せて来たようだ、と。
良いことも悪いことにも表現してしまうほど、雨はずっと降り続ける。
燻んだ雨雲が空を塗り潰すと、真っ暗な世界がそこに広がっていた。
薄気味悪いのにどこか落ち着く、そんな偽りの居心地さを出していた。
雨の雫が間近で見られる経蔵の屋根の下で、腰を据える。
「だけど、この雨で音がなんか湿っぽくなってよくねえな。ま、時間を有効活用して作詞作曲やら、アコギで弾き語りとかして乗り切ることにするか……」
そうつぶやく俺はそのまま近くに置いたアコギ入りのギターケースを自分の元へと寄せて、閉めてあるチャックを開け中に入っている"Gibson"のアコースティックギターを手に取り出し、弾き語りの構えを無意識に取る。
俺とケンは本堂の中ばっかに居ると空気の乾燥も激しいし、なによりこう外が曇っていては気分も上昇しないと思いアッキーとソウ、そして二時世代音芸部の女子たちに断りを入れてから外の空気を吸いに来ていたのだ。
6弦から順に『EADGBE』というレギュラーチューニングを耳で聴いて目で視て調整し、そして最初に必ず弾いてしまうAmからのコード進行を弾いて耳で確認しながら憂鬱めいた空間の中で乗り切ろうと踏ん張ろうとすると、隣で話を聞いているケンがどこか辛そうな顔色を浮かばせていた。
「んっ? おいどうした、まるでこの世の終わりみたいな顔しやがって? 別に、アルマゲドンとかビックバンとか唐突に起こることなんてまずあり得ないんだから安心しろ。それに雨だからってそんな憂鬱そうな顔することはないんだぞ。雨は自然現象だが、つまらなそうな顔は気分で変えられるんだ。だから憂鬱な気分のときこそ空を見上げて大いに笑ってろ」
そう言いながら今作りかけている自分のソロオリジナルをコードだけ弾く。
母なる大地の海に叩きつける雨の音はまるで太鼓の音のように降り注ぐ中、経蔵の静かなる空間のを切り裂くようなアコギの乾いた音とともに、奇妙かつ絶妙なシンフォニーを奏でている。
「あはは、こんなときでも陽ちゃんは陽ちゃんだね~。ケホッ、ケホッ……」
それを見たケンは微笑むように笑うがどこか弱弱しく歯切れが悪い。
同時に健二はこめかみを押さえ、うずくまるのを我慢した顔を強くしかめる。
親友の苦しんでいる姿を見た瞬間、俺は1度コード弾きを即座に止める。
「おい、咳き込んでるけど大丈夫か? それにお前、手、震えてるぞ?」
ケンの手や指は微かな震えが見てとれ、手を取り本堂に連れ戻そうと考える。
かすかに健二の顔色が苦しそうに見えて、冷や汗が出ては背筋がゾクッとする。
けれどすぐに平静を取り戻したケンは俺の方に心配させない顔色をのぞかせた。
「あ、うん、ちょっとね。陽ちゃん、ぜんぜん僕は大丈夫だよ。別に寒いとかじゃないから、ほらアレだよアレ。みんなと一緒にバンド活動ができてることが嬉しくて震えてるだけだから。大丈夫、この震えも咳もすぐよくなると思うから……それに、こんな幻想的な景色を見て音楽のことを考えるってのも、悪くないもんね」
ケンが自発的に居座ろうと意見し、静寂から外から流れる自然の音が流れる。
強襲するように地面に迫りくる雨音が、ロックな爆音に似た音を轟かしている。
「すぐによくなるって、なんでそんなことがわかるんだよ? お前は神様でも悪魔でもないんだから、未来予知なんてできるわけねえじゃん。路上ライブと強がるのは俺の専売特許なんだし、お前はお前のままでいいしそんなに無理すんなよな」
「もう~、陽ちゃんは心配のしすぎだよ。それこそ心配は僕の専売特許なんじゃないの? でもありがとう。ほんと、大丈夫だから。最近、早朝の咳と震えが多いんだ。だけど、いつもそのうち気づく前には治まってるから……」
その爽やかな笑顔にはどこか影がかかってるように見えた。
親友である健二が嘘を吐いてるとは言い難いが、質問をする。
「咳とか震えとかがよくあることなのか? お前が未成年のクセに酒飲んでるわけないのはわかるけど、それってなんかおかしくね? ただの夏風邪とかじゃないのかよ? ま、ケンは昔から貧弱もやしだからな。体のガタもすぐくるもんだ、筋肉を鍛えろ筋肉を」
「あはは、うん、そうかもね。僕も元々体は強くないから、もうちょっと筋肉をつけて体力を鍛えないとねえ……でも、毎日アッキーとソウの後ろに付いて歩道を走ってるんだから、体力は付いたはずなのに。現実って上手く成り立たないね」
ケンは力無く苦笑する。
現実は、人生は早々うまくいかない、確かに耳が痛い。
俺もなぜかケンの苦笑に釣られて顔を歪めて苦笑してしまう。
「よっと、あれっ……あっ……」
徐にその場から立とうとし、ケンは急にコテンと転げて尻餅をついた。
まるで操る糸を刃物で切り裂き、身動きの取れなくなった操り人形のようだ。
ソレを間近で見たとき、さっきみたく背中にイヤなモノが走り切る感じがした。
「おいっ!? だ、大丈夫かよケン」
「あはは、ごめんごめん。心配させちゃったね。大丈夫だよ、陽ちゃん。なんだかちょっとだけ力を入れたのに急に抜けちゃってさ。どうなのかなコレ、やっぱり夏風邪かもしれないね」
緊張感のない、いつも通りのケンが出す雰囲気だ。
おいおい、心臓に悪いドッキリはこれっきりにしろし。
俺はケンの呑気ぶりに参ってしまい、思わず髪を指で掻く。
「はぁ……ったく、しょーがねえ親友だなほんと。そんな固い意地を張らず、調子が悪かったら素直に、早急に知らせろよな。ほら、立てるか?」
小脇に抱えているアコギを自分の隣に仰向け状態で静かに置き、向き直る。
経蔵の屋根の下にて、力を失って尻餅を付いた親友にソッと手を差し伸べる。
「うん、ゴメン。調子が悪かったらちゃんと言うね」
俺の伸ばした手を取って、なんとかその場から立ちあがる。
だが、まだ力弱くフラついている様子のケンにそのまま肩を貸す。
弱り切ったケンの身を案じ、とりあえずみんなの元へと戻ろう。
そう思い付いた俺は一旦ケンをもう1度その場に座らせ、すぐにアコギをギターケースにしまい込んで一気に背負い本堂への戻り支度を済ませてから座ってるケンを抱き寄せてから、また弱ってる感じのケンに肩を貸す。
雨と妖雲のシンフォニーを聴いて視て体に打たれながら、本堂へと戻った。
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