193曲目
警策で打たれるのって、本気で痛いですよ……。
ソウの口にした"心頭滅却すれば火もまた涼し"ということわざ。
心の持ち方ひとつで、いかなる苦痛も苦痛とは感じられなくなるらしい。
意味合いは無念無想の境地に至れば、火さえも涼しく感じられるとのことだ。
戦国時代のお偉い僧侶が言い残した言葉とか、俺にはよくわからない。
だからこそ俺は、俺が思うことを口にし、ソウへと異議を申し立てる。
後ろをゾンビのように徘徊してる住職に聞こえないVolumeで。
「住職と旦那と園長を目指すソウはそう言って難なくやり遂げるのは、そりゃ俺だって感心するぜ。けどんなこと簡単に言うけどさ、ド素人が気持ち次第で火が涼しく感じるはずがないだろ? ギラギラに輝く太陽から出す日の光りが涼しいと思えるか? いや、絶対に思えねえだろ」
「むっ、そうか? 俺はそうは思わないがな。音楽に没頭して時間を忘れるほどに打ち込むことだって、ソレとどこか似ている気もするものだがな。まあ、それは人によりけりだからな。人というのは十人十色、さまざまな思考と感情を持つ者だ。だから陽ちゃんにはこの考えを理解しろというのも無理なのかもしれないが」
お前には無理、その言葉がトリガーとなった。
負けず嫌いの俺がその言葉に釣られ思わず口に出す。
「なんだと? 俺には無理だって? バカ野郎、そんなことは決してないぞ」
無理だと言われると、無理ではないと突っ張りたくなる。
無理や道理を蹴っ飛ばして叶える夢だからこそ、やり遂げたくなる。
曲がりなりにも1度それで夢を叶えたんだから、無理なんてことはない。
これはもう思考で考えるとかじゃなく、条件反射だ。
それこそがロックを演り生きるというものだから仕方がない。
心頭滅却すれば火もまた涼しだろ、そんなのヘソで茶を沸かすほど簡単だ。
「わかったよ。そこまで言うならできるって証明してやるぜ」
言葉に載せられムキになってはもう1度目を閉じて座禅に取り組む。
ありとあらゆることを斬り捨て集中に励め、無念無想の極致に立つんだ。
人間、最初からなんでも諦めずにやる気になればなんでもできるはずだ。
視界が遮られ暗黒の世界に包まれたとき、変化が起こった。
先ほどまで背後に聴こえていたバンドの【Sound】がピタリと止んだ。
おおっ? 素晴らしい爆音がピタリと止んだぞ?
本当に無念無想の極致という神の領域に俺は踏み込めたのか?
人間何事もやる気と根性を出せば案外簡単に成し遂げるもんだな。
いやー、マジパネェっすわ俺、努力で完成させちまったぜ。
俺、もう悟りの道を切り開いてしまったのかもしれん。
髪真っ赤の僧侶として出家してもいい、いや、やっぱヤだな。
そんな風に無念無想の極致のまま考えると、咄嗟に言葉が聞こえる。
「うっわ~マジだ、意外~。すっごい真面目に座禅をやってるじゃない」
集中をしている最中で最初に聞こえたのはあのムカつく声。
女子軽音部の部長であり、【二時世代音芸部】ベーシストの結理だ。
「あっ?」
あれ、なんかすぐ近くで結理の声が聞こえた気がしたんですがねぇ?
と、奇妙なことに気づいた俺が薄目を開けて周りを見てみたら、いつの間にか演奏に没頭してたはずの女子たちが集まって座禅中の俺たちを見学してた。
なんだ、背後からバンドの音が聞こえなくなっては悟りの道を切り開けたと思ったら、そうじゃなくて本当に演奏が止んでたのか。
俺の無念無想の極致に辿り着いた達成感の喜びを返せよな……。
練習を止めて1度休憩することにしたらしく、みんな気軽にくつろいでいる。
おい、なにいきなりバンドの練習を中断してくつろいでいるわけ?
俺が一心に思ったことはまさにソレであるが、座禅中なので言えずにいる。
「あはは、ちょっと見てよ稔。あれ、陽太の顔、眉間にしわ寄せて不満や不快の表れた表情の如くおもしろくなさそうなバカッ面。あんなに無駄な力が入ってたんじゃ、住職さんや宗介君みたいに悟れるもんも悟れないでしょ」
人が集中して取り組んでいるのに、なんか後ろでゴチャゴチャ言ってやがる。
うるせえとか、黙れとか怒鳴り返したいところだが、ここはグッと堪える。
あぶねえ……今ソレに乗って言い返したら、それこそ向こうの思うつぼだ。
性格も考えもひねくれて貧相なスタイルを維持する結理のことだから、座禅をしてる最中で住職の警策で打たれまいとするこっちが言い返せないことに浸け込んで、今までの鬱憤を盛大に返してやると思いついていたぶろうって算段だろう。
激高した俺が言い返して、また絶望の激痛に耐えるのを見て笑う気だ。
だが、結理ごときの考えている理想も戯言にも動じないぞ。
俺は座禅をし手を合わせたまま、それこそ某機動戦士アニメでも使用されていた、磨き上げた綺麗な鏡のような、荒れ狂うさざ波1つすら立たずに波紋を形成されない水面のごとき静かな心の状態をもって精神修養の修行へと励む。
「んっ? あれれ? おかしいな、カッとなって言い返して来ないじゃない」
結理が後ろからなにやら悔しそうにつぶやく。
ふん、ザマーミロ、ちょいと本気を出せばちょちょいのちょいよ。
「結理ちゃん、あまり邪魔したらダメだよ~。熱川君だってあんなに集中して座禅に取り組んでるんだから、ここは見守っておくのがいいと思うけどな~」
結理の隣で座禅を拝見してる稔がとがめる。
ああ、やっぱり稔は天使のような底知れぬ優しさだ。
これ見よがしにバカにする結理のド低能とは大違いだ。
「あ~あ、稔はあんなバカにも優しいわねぇ。うん、陽太のドテチンなんかに稔はもったいないわ。やっぱアタシの嫁にしちゃおうかしら~? うへへへへっ」
俺の後方に女の姿を装った真性のバカで親父がいるぞ。
稔ー! 横、横に危ない人がいるからすぐに逃げろー!
クソッ、座禅中に言葉を発せない自分がなんか歯痒いぞ。
「ふえっ!? よ、嫁って……でも女の子同士だし、無理なんじゃ」
いいぞ稔、もっと言ってやれ!
女の子同士の結婚なんて、俺が絶対に許さねえぞ!
「この世はね、不可能を可能にすることもできるのよ~。ふっふっふ」
いや、その理屈はおかしくないが今はおかしいぞ結理!
住職からの視線が刺々しく俺の背中に刺され動けずにいる俺が情けない。
このまま黙って指をくわえて見ているだけしかできない、俺は、無力だ。
「あ、やっ、ちょっと結理ちゃん。どこ触って、んっ……」
一瞬、俺の体全体に鳥肌が立ち冷や汗が出る。
理由は至って単純であり、簡単なことだった。
稔の艶めかしく柔らかで愛おしい声が背後から聞こえてきた。
雑念も捨てなくちゃならないはずなのに、咄嗟に体が反応してしまう。
これは仕方がないさ、ロックってのは条件反射で動くものだからな。
もう考えるのもめんどくせぇぇええええええええっ!?
俺は思いっきり後ろを振り向いて邪念の敵へと睨みを利かせる。
「おい結衣!? 貴様、俺の大事な稔にナニしてくれやがんだ!?」
俺は座禅中にも関わらずに思わずその場から立ち上がっていた。
だが、長く結跏趺坐で座っていたせいで足がしびれてしまい、上手く立てずにその場に崩れ落ちる。
今日という日に情けないと思えることがこれで2度目なんですけど……。
そう思うのも束の間で、この先は後悔ばかり募るのみだ。
異変に気付いてハッとして見上げると、結理の待ってましたと言わんばかりの憎たらしくてぶん殴りたい顔で面白おかしく笑っていた。
そして、住職がもはや呆れ顔で警策を強く握りしめている。
僅かに体が震えているとこが見られ、相当、お怒りのようだ。
住職さんにもロックのなんたるかがわかってきたに違いない。
普通ならそんな風に思えることも、今の俺には、無かったのだ。
「いや、これは、その……まっ」
弁解する余地なし、そう言葉ではなく行動で示された。
肩に置かれるはずの警策をそのまま空気の中で上へと振り上げる。
そして、言い訳も通るはずもなくそのまま――
――ベシィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!
「あだぁぁああああああああああああああっ!?」
んなこと知るか! と、一気に真下へ振り下ろした。
風切る音とともに凄まじい衝撃をこの身にしっかと喰らう。
あまりにも言うことを訊かない俺に、お天道様から天誅が下された。
夏特有の青い空に白い雲、空気も美味しく清々しい世界に俺の咆哮が出される。
それも澄んだように精錬された地球にはすぐに虚無の彼方へとさらわれる。
クソッ、稔は可愛くて俺の嫁だとしても、やっぱり【二時世代音芸部】は敵だ!
夏休み最終日に迎える今度のバンドコンテストでは、今までの屈辱も全部ひっくるめて叩き返すように、絶対俺たちが奏でる太陽の音でぶっつぶしてやる!
手痛く、ありがたい仕打ちを受け感謝をしながら、心の中で決意を新たにする。
ご愛読まことにありがとうございます!




