192曲目
きっかけを与えるのも才能だと思う今日この頃。
強敵【二時世代音芸部】の力量がチート並に底上げされてる。
嬉しいのか悲しいのかよくわからない現実を、極上の演奏から知らしめられた。
俺たち、今こうして座禅を組んでていいのか? そんなふうに考えさせられる。
「なんでも結理ちゃん、鐘撞大祭でのライブが終わってから”あるきっかけ”ですごく練習に打ち込んでいたみたいだよ。なんか音楽に導いてくれた人たちが不甲斐ないから自分が引っ張ってやるんだって意気込んでたんだ。やっぱり女子軽音部の新部長になるっていう責任感があったんじゃないかな」
住職が扉の方へと警策を持ちながら俺らから離れる。
その隙を突いてケンがこっそり耳打ちで教えてくれる。
あの性格ひん曲がりの結理がそんなプレッシャーをひしひしと感じてたとか、音楽に導いてくれた人間にもっと上に目指して欲しいから頑張ろうとか、だからものすごい時間をかけてベースを練習していたとか、そんな影ながら努力してる事実はまったく知らなかった。
「おい、座禅中に私語は慎め。じゃないとまた"警策"で打たれるぞ?」
ソウがお地蔵さんばりにジッと前を見たままで独り言のように言う。
どうやら来客で席を外していた心を鬼にする住職が、本堂に戻ってきた。
俺たちは住職の気配を背中で感じ慌てて口をつぐみ座禅に集中する。
もしやその来客はあの美人な女将であり妻だったのだろうか、気になる。
ソッと住職の顔色をうかがうが、その目は修行を強いる住職そのものだ。
すぐに前に振り向いて『ちゃんと座禅してる』オーラを出しては取り繕う。
「――コホン」
その合図こそが地獄の座禅を再開させるものだった。
小さく咳払いをして、住職が座禅してる俺たちの背後を歩きはじめる。
そのかすかな足音を掻き消すような、爆音で心を揺さぶる稔たちの演奏だ。
外から大音量で鳴り響く蝉の声もすげえが、稔たちのロックも負けてない。
いや、自然的な夏の音よりも、稔たちの方が一手も二手も上かもしれない。
いま本堂の中で【二時世代音芸部】が演奏して稔がギターを弾きながら歌っているのは、あの鐘撞大祭で特設ライブステージの上で観客を魅了し虜にしてしまった、彼女たちのオリジナルである【You=My⇒Forever】というロックバラードな曲である。
稔の優しい歌声が、スーッと俺の体に、心の奥底まで染み入ってくる。
俺としてはすこぶる心地よくて最高の気分に浸れるのはいいのだが、こんな地獄の座禅を強いられている環境下で稔たちの演奏を気にせず集中しろというのは、凡人で頭が悪いのに東大を目指せって言われるほどの無理があるんじゃなかろうか。
無理だ、とても座禅に集中できやしないぞ。
俺がそう心の声で愚痴った、そのときだった。
――ぺシリ。
「うげっ……」
ソッと概念に囚われた俺の肩に絶望の痛みが舞い降りた。
あ、あれ? なんかこの状況デジャブってないか? と俺は悟った。
そのまま横に並ぶ3人を見ると『やっちまったな』って顔を向けている。
警策の弾むような固い木の感触が、俺の肩を軽く叩いて静止する。
住職が僅かな気を感じ取り背後に立って、俺を打とうと待ちかまえている。
この素晴らしい音楽に幸福の概念を持つなとか、集中しろとか無理あるって。
こうなったら道端で守るお地蔵さん並みにしつこいからな。
どんなに時間をかけようが動かない住職の念に俺は断念する。
大人しく体をわずかに傾けて打たれる肩を差し出す。
この敗北感と屈辱感がなんとも耐え難いのだが、これも修行か。
肩に置かれていた警策が離れ、絶望の激痛与えるよう振り下ろす。
――ベシッ! ベシッ!
小気味よい音が2度、3度と微かに静かじゃない本堂に響いた。
打たれた瞬間に体の芯にまで響くような激痛が走り衝撃が全体に響く。
くう、つー、これはやっぱ効くなぁ……。
「髪が真っ赤でロックとやらの陽太君、座禅に集中しなさい」
そう言い残し、住職の気配が俺の背中から遠ざかって行った。
住職さんにはあの鳥肌を立てるほどの音楽の良さがわからんのか。
「集中集中とか、そんな某ロボットシミュレーションRPGの精神みたいなこと言われても、座禅してるそばであんなに気持ちよさそうにガンガン演られたんじゃ無理があるっての。無我の境地に立てるわけねーだろ」
警策の痛みをこの身に受けて思わずこっそり愚痴る。
聞こえたらまた打たれるので小さく、聞こえない程度で不満がる。
住職には聞こえなかったが住職と女将の息子には聞こえたようだ。
「まあ、そう言うな陽ちゃん。たしかに【二時世代音芸部】の演奏は素晴らしいモノだが、ソレはソレでコレはコレだ。気にしなければなんてことはない。戦国時代に快川紹喜という偉い僧侶が残した格言があるのだが、これこそ世に知られている【心頭滅却すれば火もまた涼し】。と、いうことだ」
半眼のまま、ソウが静かに意味が深いことわざとともに答えた。
よくもまあ、クドクドクドクドと訳もわからんことを言い切れるもんだ。
コイツは、稔たちの最高峰にも思えるバンドで奏でる音楽も外から聞こえるうるさい蝉の声も、その心頭滅却すれば火もまた涼し精神を用いてなのかまったく気にしてないみたいだ。
もしやコイツ、不感症なんじゃなかろうか?
俺の知り合いや周りにはなにかしらの病気を持つヤツが多いんだな。
座禅中に心頭滅却ができずに火もまた涼しくない俺は何気なくそう思えた。
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