185曲目
ひたすら上を向き努力する凡人。
それでも諦めなければ、それは才能。
稔との弾き語り投げ銭集めは試合に負けて勝負に勝った後。
とは言うものの駅前で弾き語りをするってのは本筋の建前であり、本当の目的としてバンドの強化合宿をする俺たちは、これまた同じ合宿所でバンドの練習に来やがった女どものお手伝いさんとして買い物にやって来ていたのだ。
なんと今夜の夕食は、二時世代音芸部の女どもが作るらしい。
俺としては稔が作ってくれる夕食だなんてまるで新婚さんみたいな感じがして気が気じゃないが、奏音と南桐はともかくとして、そこに柳園寺と結理が紛れ込むとなると毒でも盛られるんじゃないかと気が気じゃない。
「陽ちゃんたちはバンドメンバーとして合宿に来ているから遠慮はしていないんだが、目的は同じでも君たちは列記とした寺の客人なんだ。夕食を作ってくれるなどと、そんなに気をつかってくれずともいいのだぞ」
同級生と先輩の女に気を使われるのが居た堪れないのか。
ソウは割りと諭させるように言うが結理は笑顔を振りまく。
「ううん、心配しないでよ。ま、最初だけでもこういうことはしないとね。これから合宿でお世話になるわけだし」
そこまで言われると"遠慮するな"とは無粋に思ったのかソウは黙ってうなずく。
しかしさっきから結理はエラそうに自信満々で言っているが、この性格がねじ曲がって人の不幸で飯が食える女が本当に料理だなんて女の子らしいことができるんだろうか?
そこだけが不安で不平不満で仕方ないんだが、言うのは止めよう。
それに比べて稔は才色兼備もいいとこだ。
「稔は親が仕事で忙しいとき自炊とかするし、料理って得意だったよな」
約2から3メートル離れたところで歩いている稔に声をかける。
俺と稔との間にドラムのオールバック金髪とキーボードの眼鏡のお嬢様風コンビがいるのだが、稔のことに意識を向けている俺には品質の悪いジャガイモとカボチャぐらいにしか見えていないのでいないのも同然だ。
俺の言葉に反応した稔はこちらに振り向きにこやかに笑う。
「うん、まあ得意ってわけじゃないけどね。料理は食べるのも作るのも好きだよ」
そうそう、コレだよコレ。
こんな感じなのが女の子って言えるんだよ。
人の不幸を見るのも好きな連中とは差が歴然してるんだ。
「うんうん、飯を食べるのも作るのも似合ってるし、それでこそ稔だぜ。元々体も弱いんだし稔に刃ギターと歌を演ってるよりも、料理とか洗濯とか掃除とか家庭的な方が絶対似合ってるんだぞ。エプロン姿とか1度見てみたいな」
俺が稔のよさを褒め倒していると急に表情が曇ってしまう。
「うーん、熱川君。褒めてるとは思うんだけど、それ微妙だよ」
「へー、料理と洗濯と掃除をしてる方が似合ってるねぇ。聞いてて思うんだけど、それってまるで家事だけしてればいいって口ぶりよね。この平成の世にどれだけ亭主関白なのよ? 今どき女性が家にいて家事だけしてるって幻想もいいとこよ」
「熱川さん、大一葉さんはギターも歌もとっても上手なんですよ」
稔と話せる最高のひと時におじゃま虫な連中が割り込んでくる。
彼女が才色兼備で才能の塊だってことくらい俺だって理解してるんだ。
「なんだそんなことか。ソレは俺だってよく知ってるし痛感してんだよ」
正直ずっと音楽漬けをして夢を追いかけてゲームや漫画とかに現を抜かさずに頑張ってる俺なんかよりも、周りにいる連中は音楽を片手間にやりながらでも全然上手いし、なにより人生の架け橋として救ってやれた稔自身にも追い抜かれてしまいそうで心臓の鼓動が激しくなるし冷や冷やしてんだぞ。
よくエンターテイメントとかで頂点に立ち続けている絶対的な王者は挑戦者に追われるのは気分がいいとかなんとか言うけど、俺としては頑張って積み上げてきた経験も実力もまったく敵わない猛者がポンポン出てくるもんだから、気分もクソもあったもんじゃない。
そんな猛者と言うのが紛れもない稔だった。
稔は天使で女神すらも超越するほどの可愛さとスタイルをしているくせに、仕事熱心のアリみたいな泥臭い努力家なんだ。
だから歌もギターも上手いし家の手伝いだってするし、家事もそつなくこなす。
生意気なことと感じたのか結理が俺の方へと向いては意見を申し立てる。
それこそ自分たちと俺たちとじゃ天と地ほど歴然の差が開いてると言うように。
「陽太、アンタに言っとくけど、稔はアンタなんかよりも歌やギターの腕はずっと上手いのよ。アンタも弾き語り歴はキャリアがあるとかなんとか抜かしてるけど、それは単に上手くなるコツを掴めてないだけなんじゃないの? 稔とアンタの違いって、そこにあると思うけどね。そんな大口を叩くのは、稔よりも上手くなって人に感動と夢を与えられる大物になってから言いなさいよね」
ズバズバと言いやがって、お前は平成のサムライかなんかかよ。
けっこうキツメなことを言う結理に稔は口を挟んでくる。
「ううん、そんなことないよ。実際、私が音楽に興味を持ったのもやり始めたきっかけも、熱川君から貰ったんだし。それに熱川君たちだってバンドを組んだことが無くて、それこそ経験も無い中で頑張ってるみたいだし……」
おお、そうだぞ稔、ジャンジャン言ってやれ!
俺は心の中でそう声援を送りながらも、追撃のセリフを畳みかける。
「そうだそうだ! 才能も実力もなんも無かったから努力して、ここまで積み上げてきたんだ。これから先も並みならぬ努力をし続けて、すぐにお前らのことなんか抜いて太陽目がけて突っ走ってやるからな! いや~さすがに稔はよくわかってるじゃねえか! さすがは俺の嫁だ」
「むっ……私はべつに熱川君達に抜かれるとは一言も言ってないんだけどな~っ。私たちだってバンド練習や個人練習とかしたり、アイデアとか出したりして頑張ってるんだからね」
稔もいつもとは違う覇気を出して俺の目を見据える。
経験と実力からくるものだろうか、意思の曲がらない目だ。
俺もそんな決意に満ちた目に熱気の目で対峙し異議を唱える。
「はぁ!? まだそんなこと言ってるのか。ずっと言ってるけど稔には音楽はもちろんロックだなんて血生臭くて狂乱になるのはまったく似合わないんだから、そんなクソッタレなもんは未来の旦那となる俺に全部まかせて、早く俺の嫁になってくれればいいのに」
「うわぁ……すごいですね、それプロポーズです……よね?」
俺の心から出た真の意になぜか南桐が頬を染めている。
いや、頬を染めて恥ずかしがって欲しいのはお前じゃないんだが。
「いや、これはいつもの病気だと思うんだけどね」
話を聞いてた結理は肩を落とし若干辟易した様子。
稔は我関せずという顔で若干ながら意識しないようにする。
なるほど、俺のプロポーズを受けて照れているんだろう。
俺が初々しい感じの稔を見て顔がだらしなくなりそうなとこで隣を手ぶらで歩いているジャガイモ、いや、ドラムの柳園寺が訝し気に聞いてくる。
「ねえねえ、もしかして熱川って稔のことが好きなわけ?」
オールバック金髪長女、もとい柳園寺が今さらなことを言う。
思わず俺もソイツの顔を見ては引き気味な態度を取ってしまう。
俺が稔のことを人生のどん底から弾き語りで救い出してから、心の底から好きだと言うことを知らない愚かな人間がまだこの腐敗した世界にいたとは、悪い意味でサプライズもんだ。
「はぁ~、今さらなにを言ってるんだ? そんなの当たり前だろう」
俺の言葉を聞いてまさに呆れたと言わんばかりな態度を取りやがる。
おい、人と話をしてるときにそんな態度は失礼じゃないか。
「へえ、なんでそんな堂々と言えるのかわからないけど、そうなのねぇ。これはもう手に負えないわ。まったく、稔も色々と大変なヤツに好かれたもんね」
「ううん、熱川君のこういうとこはもう慣れてるから大丈夫だよ」
稔もそれに同感して納得していやがる。
なんだか失礼極まりない女の会話だな。
「えっと、でも、なんだかいいですよねぇ。稔さんは熱川さんに、熱烈に……あ、愛されてて。女の子としてはそういうの、すっごく憧れちゃいますよ……」
どうやら恋に恋する甘酸っぱいお年頃なのだろう。
奏音は物憂げにため息を吐いた、おい、幸せが逃げるぞ。
奏音もまだ子供だと思っていたのに、そんな儚げな様子も絵になっている。
ま、気優しくて健気な奏音ならいい彼氏がすぐ作れるだろうし安心だな。
「へー、恋ねぇ。ふ~ん、そんなにいいもんかしらね?」
俺は思わず耳を疑った。
コイツは女という性別なのにずぼら過ぎないか?
なんにつけても即物的で興味がない前提の考え方をする男勝りで姉御肌な結理は、異性に対して向ける愛や恋という、人間にとって当たり前に起こり得る精神的なものを信じられないらしい。
異性に向ける恋や愛がわからないとは寂しく侘しい人間だな。
そういうのすらわからないなんてロックを演る資格なしだ。
こんなずぼらを越えたヤツが部長を務めるバンドに負けるわけにはいかない。
同じ目標を志して絆と団結力、歌と楽器の実力を高める2つのロックバンド。
休戦し仲睦まじい中で俺の脳は、絶対に勝つ、ソレがずっとループしていた。
ご愛読まことにありがとうございます!




