182曲目
2つのバンドが惹かれ合い出会った後、夕食を作ろうと言う結論に至った。
もちろん女将さんとこの宗福の里で料理をしてもらえばよくないかと思ったが、さすがに2つのバンドメンバーだと多数になるし他に自炊旅館で寝泊まりしているお客さんの迷惑も考えて、郷の街に出向いて食材を購入することを全員一致でOKを出した。
別に時刻はまだお昼過ぎなので夕食と言うにはまだ早いが、これもキャンプみたいなもんだし、稔と初の共同作業みたいな感じがして思わず胸がドキドキと鼓動を早くしてしまう。
決まった後には宗倖寺を出て俺たちは街へと繰り出した。
その時、本堂から出る前に俺と稔を呼び止めた結理がこう言ったのだ。
『陽太、稔。2人は悪いけどアコギを持って来てもらえる?』
まさに理解し難いことを言われたもんだ。
夕食の買い出しをしにいくだけなのになぜだろうか。
別に俺と稔のアコギに使用している弦は錆びてないし全然使えるのにだ。
楽器店に出向くわけでもないのになぜかと言おうとしたら結理はそのまま本堂を出てしまうし、稔も"理由はわからないけど、結理ちゃんに言われたようにしてみようよ"と嬉しそうに言われたので、稔がそう言うなら断る理由も無いなと至って2つのバンドメンバーで買い出しに行く中で俺と稔だけがアコギのギターケースを背負ってる。
白神郷の街中は人口こそまばらだがそれなりに活気で満ち溢れている。
電信柱が一定の距離を保って電線が繋がれておりその下にはガードレール、道路の脇にはさまざまな飲食店やらショップが立ち並んでは立て看板やら自転車に原付などがひっちゃかめっちゃかに置かれている。
そしてその街中にある駅前まで来てはいきなり結理から言われたのだ。
『陽太、稔、ここでお互いに路上ライブしてさ。投げ銭を稼いでみてよ」
と。
いや、そうは言っても唐突すぎるし無茶ぶりだ。
駅前や街中だって人口にバラツキがあるんだぞ。
そう、今は夏休みなんだ。
夏休みだなんて概念は無く、あったとしてもお盆休みしかない会社員や正社員の大人は仕事に行ってるだろうが、だいたいの学生は赤点とかを取って休みの最中でも学校に呼び出しを喰らっていなければ、今俺の視線に映る学生たちが大半を占めている。
だが、突発的に路上ライブを他のメンバーや面白がって"やれーやれー!"と言い出して聞かないし、ケンや奏音などの小心者が心配している中で結理に言い出しっぺされたままなのの癪だったので2つ返事で承諾した。
けれど、弾き語りをするにしてはあまりにも条件が厳しすぎる。
きっと結理は駅前で度胸を確実に強めようと演練みたいに言ったのだろう。
だけど待て、ちょっと冷静でクールになって考えて見て欲しいと言いたい。
今の時間帯は昼間だし路上ライブをする時間の打ってつけとは言い難い。
現にいま駅前の壁を背もたれしてる俺と2から3メートルはとっくに越え、だいたい5から6メートルほど離れたとこで同じように壁に背をしてる稔がアコギを取り出し、チューニングをして弾き語りを始めようとしている最中でも通りすがる人々の視線はあらゆる感情に満ちていた。
それらは同じ条件で演る俺と稔へと向ける感情は明らかに異質だ。
俺にはガラが悪くて近寄りたくないオーラを出して毛嫌いするような感情と目。
稔にはまるでグラビアアイドルにでもあったかのような嬉しそうな視線の数々。
稔に向けている感情と視線を投げかけている野獣の男どもに向かって殺気にも近い睨みを利かして追っ払うが、すぐさま審判のような感じで振舞う結理から"弾き語り中はそれ禁止!"と釘を刺されてしまった。
結理やケンたちは少し離れたとこから見てる。
俺が弾き語りをすることを渋っていると最初に動いたのは稔だ。
真横の6、7メートルほど離れたとこからアコギのストロークが聴こえる。
俺とは違いストロークでもアルペジオでも、熱いというか柔らかい感じだ。
まだ勝負は始まったばかりだし大丈夫だ、と思うのもつかの間である。
稔の奏でる歌とギターはすぐに道行く人々の視線と心を釘つけにした。
「んっ、なんだなんだ?」
「こんな時間から路上ライブだって、頑張るね~」
「あ、おいあの子って確か鐘撞大祭で一番盛り上げていた女の子じゃね!?」
「うっそ本気か? うわ本気だ! おい、聴きにいこうぜ!」
「「「おお!」」」
駅前や街中を色んな目的を持って彷徨い歩く人々が稔の存在に気づく。
そして始めてから数分も経たずに稔の周りには、溢れんばかりの人人人だ。
稔が今弾き語りで歌っているのは初代の曲らしいが、それでも影響がすごい。
隣から歌い終わるとすぐ歓声やら口笛やらが聴こえてきてなんだか面白くない。
俺も弾き語りしながらチラチラと見ているが歌もギターも俺よりずっと上手い。
タイミングと呼吸、人々に向ける視線とアドリブのセリフ、客の心を全て掴む。
結理を筆頭に【二時世代音芸部】のメンバーはもちろんのこと、俺の【Sol Down Rockers】で形成されたメンバーも最初はこちらの方を訝し気に視線を向けてきたがそれこそ稔から出される実力だと悟り、"行って聴いて来い"と目配せを送ると片手を伸ばし自分の顔の前に持ってきては"悪い"と言った感じで歩いて稔の弾き語りしている場所へと出向いて行った。
数分後、勝負は決したも同然だと言える光景を映し出していた。
稔のとこはまるで外国の路上ライブみたいに学生はもちろん休み時間の会社員などたくさんの人々や【二時世代音芸部】メンバーと【Sol Down Rockers】の3人が輪になって彼女の弾き語りを聴いているのに、俺の方は聴くどころかそそくさとその場から立ち去ろうとする人ばっかで歌もギターも聴きやしない。
しかも【時世代音芸部】から引き継いだオリジナルと、自分自身たちのオリジナルも演奏しては好調のようで、稔の前に出してある開かれたギターケースにはさまざまな硬貨と札も入り込んでいる。
勝負は負けたくねえ、稔に負けたくねえ、なのに現実ってのは非情だ。
やはり才能を持っているのと優しい心を持ってるボーカルには勝てないのか。
そんな風に俺らしくもない自虐をしながらソロ用のオリジナルを弾き終わった。
向こうもかなりの収入になって夕食の買い出しの足しになれたことを確認し、弾き語りを終了しギターをしまって買い物支度に取り掛かろうとしているのか。
「今日は聴いてくださってありがとうございますっ!」
そんな稔の可愛い声色とともに割れんばかりの声援と歓声が広がった。
駅前の近くで道行く人も帰ろうとしてる人もなぜか嬉しそうに叫んでいる。
あれこそが俺と稔との違いであり、差であり、実力と言える代物なんだろうな。
俺も躍起になったことにバカらしくなってアコギをしまおうとした。
その時だった。
「ありぇ? ねえおにいたん。もうおうたおわっちゃうの?」
子供の、まだ言葉をちゃんと言えなさそうな少女の声が聞こえた。
落ち込み気味で俯く顔を上げると、目の前に、あどけさながある少女がいた。
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