172曲目
リアルでいざこざがあり遅れました。
急ピッチで仕上げて投稿いたします。
セッションや練習の気晴らしとして俺たちは外に出た。
境内には自然豊かな緑が多いからか、渡ってくる風が幾分涼しい。
練習後で気持ちも熱くなり火照った体を鎮めるにはちょうどいい。
「やっぱさ。ソウのドラミングとフレーズパターンは安心感があるし、それに歌と楽器との切り替えの瞬間も正確無比で完璧なのはいいんだけどさ。たまにはアレンジとかするのも手だと思うんだよな。なんつうか色気とか人間味あふれる感じをドラムで出せないか?」
早朝から長距離走り込みに筋トレという肉体的な訓練。
座禅やお経を聞く精神的な修行を行うのが最初に行う特訓。
それらをし終わってからやっとこさ音楽的な強化を試みる。
それも休憩もほとんど無しで1度始めてから夜遅くまでひたすらオリジナルを合わせて練習し、布団を弾いて本堂の中で寝る前にはこうして外に出て風に当たり涼みながら、練習で感じたことや思いつきを分け隔てなく話し合う。
そんなことがもはや合宿での日課になりつつあった。
「むぅ……色気や人間味などと曖昧なことを言われてもこちらとしては困るぞ。俺自身、ドラムを叩いているときはそれなりに考えてプレイしているし、完璧なドラミングだったらよくないだろうか? 改善してほしいと言うのならもう少し具体的かつわかりやすく言ってもらわねば」
「あー、いや、そういう言葉で例えられない微妙なものなんだよ。ほら、よくバンドマンやシンガーソングライターだって歌を歌ってその中にあるなんかを感じ取るだろ? アレだFeelingだよ。"Don't Think. Feel!"ってことだ」
ソウはさらにこんがらがった感じで浮かない顔をする。
そこに助け舟を出すようにケンが言葉を付け足してくる。
「ん~っと、わかりやすく言うとね。ソウのドラムから出すリズムもビートも、本当に正確で完璧だもんね。セッションするときはいつでもどんなときでも安定してるし、ズレるってことがまず無いもん」
「むっ。安定しているならばいいではないのか?」
想像してた通り、至極当然な答えが返ってくる。
ドラムとしてもベースとしても安定感があればバッチグーだ。
だけどそれだと本当に味気なくバンドとしても進化は難しい。
「まあそうだけど、その正確無比で完璧なリズム感とビート感にプラスアルファってヤツだよ。実際そういったことは考えないといけないとは思うけど、教えてもらうよりも自分で感じて表現するっつーか……ああ、だからFeelingだよ、Feeling。感覚的な問題なんだから言葉で説明するのは難しいんだ」
色々と試行錯誤をしてみたが、結局そこに行き着いた。
こればっかりは口で説明しても理解できないことだろう、説明って難しいな。
俺やケンがソウに思いつきを話すと、夜空を見上げてたアッキーが口を挟む。
「ドラムの演奏に人間味を求めるのはいいだろ。最近ドラムの音を聴いているとけっこうそういう部分も感じ取れる箇所が多くなってきたしな。だけどコイツに色気なんて求めてもぜんぜん意味がないと思うぜ。ソウはドラムと寺や旅館の仕事関連は興味があっても、遊びとか女の子にだってまったく興味がないんだからな」
「え、えええーっ!? そうなのソウ?」
「アッキー、デタラメを言うんじゃない。そんなことはないぞ陽ちゃんにケンよ。俺だって年相応に女の子には興味があるぞ」
ソウは俺たちにそう否定してくる。
年相応と言うが、言い方も仕草もどこか親父クサい。
ま、私服が作務衣を着ているんだしそう見えても仕方ないな。
「えー、そうかぁ? 近くで見てる限りソウはいつも俺が芽愛や女の子たちを連れて来ても、話もしないどころかぜんぜん見向きもしないじゃんか。あんなに顔も良くて性格もいいのに」
アッキーはソウの問いに対してニヤニヤした感じに返す。
芽愛さんはたしかに稔と同等に可愛いとこは見受けられるからいい。
だが、あのバカで汚い感じの雰囲気をだだ漏れしている連中はおかしい。
さすがに弁論しようと今度は俺がアッキーの言葉に口を挟んだ。
「ああ、そりゃそうだろうな。だってそれは彼女さんは置いておいて、アッキーの連れて来る取り巻きの女どもが、みんな人の気持ちも理解しないし1つの世界ばっか目がいくバカばっかだからじゃないのか?」
「なに言ってんだ陽ちゃん、そんなはずないだろ。なんたって数あるイケメンどもがひしめく世界の中で、このオレを愛してくれる女の子たちだぞ? 聡明で繊細な心を持っているに決まってる。ま、その中でも芽愛は別格なんだがな?」
アッキーはまたイケメン特有に鼻で笑っては髪をかき上げる。
まったくわけのわからない理屈をこねやがる。
というかその論理は実に屁理屈だろ、常識的に考えてさ。
「でもさ。ほんと、アッキーって見た目もいいし性格も優しいとこがあるし、なによりベースが上手いから女の子たちからすごくモテるよね。アッキーは僕たちのバンドのベーシストだけどさ、その見た目の自他ともに認められた評価でモデルとか、それこそ芸能事務所とかに入ってアイドルになればいいんじゃないかな?」
本当に健二は人がいいし、偏見も無く誰に対しても優しいな。
話を横で聞いていたのにとんちんかんなことばっかり言ってやがる。
見た目ヨシ中身アレなアッキーがアイドルなんてなれるわけないだろうが。
「よくテレビでミュージック系の番組に出てるアイドルとか見てるとものすごくバカっぽいけどさ、正直言って将来はモデルとか俳優とかもいいかなとは思ってたりするぜ。今でもいくつかそういう話を持ってこられて、検討中のもあるんだよな」
だが、現実は俺の考えていた予想を遥かに超えていた。
コイツが芸能界デビューを華々しく飾るってわけなのか。
思わず自分の耳に聞いたことに疑ってしまう。
「モデルとかアイドルになりませんかとか、そういう美味い話って、もしかして”白神郷”の街中でスカウトかなんかか? おい、それほんとかよ? 美味い話を出しといて、後々お金を騙し取ろうとする詐欺とかじゃねえの?」
「違う違う。オレだって見た目に反してはバカじゃねえし、自分を安売りするつもりは毛頭ないからな。そういった話をして来たとこの事務所を聞いてちゃんと相手の素性は調べ済みさ」
俺の問いに”安心しろ”といった感じでアッキーは話を進める。
素性も調べたとなるなら口を挟むことも無しで俺たちは黙って聞く。
どうやらアッキーの話では、スカウトしに来たという芸能事務所はそれなりに有名なタレントや声優にミュージシャンの所属してはけっこう活動範囲を広げているという、中堅所の芸能事務所だったと言う。
そのスカウトがアルバイトや契約社員とかではなく正式な社員だということも、事前に問い合わせて確認済みだそうだ。
ほんと、見た目と正確に反して案外抜け目のないヤツだ。
「うわ~、ソレすごいね! アッキーがモデルかぁ……それじゃあ友達から芸能人が誕生しちゃうかもしれないんだね。それに陽ちゃんにとっては、お兄さんが芸能人になるんだから鼻が高いんじゃない?」
「いやいや、それは違うぞケン。コイツの場合は頭が高いんだよ」
ケンが嬉しそうに言うことにアッキーが余計なことを抜かす。
すると俺以外の3人は大小構わずに笑っている、なんだコレ。
鼻がとか頭がとか高い違いなだけでそんなにおかしくねえだろ。
「それにまだ決めたわけじゃないさ。焦って決めることはないんだし」
ペーシングが得意で生意気な口では迷っているようなことを言っているが、今の口ぶりと仕草の感じからすると、モデルになるというのはアッキー自身も相当乗り気みたいだ。
それに今の話通りの条件なら、かなりのいい話だからな。
見た目を武器にして仕事ができるなら断る理由はないだろう。
けれど、わずかに焦燥感にも似た感情が沸くのはたしかだ。
自分の身内であり実の兄弟が芸能界入りを果てせるかもしれないのか。
兄と弟でこうも差が開くってなるのも、中々面白くはないんだがな……。
まあもしコイツが本気でモデルになりたいって気持ちが強くて、それこそバンドを続けていけなくなるほどに悩んじまったら、そのときに出す答えなんて最初から決まってる。
悩む必要なんて無いし、アッキーの人生は誰のモノでもなくヤツ自身のだ。
バンドとモデルを天秤に掛けたときは、迷わず好きな方を選べと言うさ。
それでモデルの道を選んだら、心の底から祝福し笑って送ってやるべきだ。
それがバンドメンバーの心意気であり、実の弟がしてやれる兄孝行なんだろう。
アッキーがケンとソウと楽し気に話しているのを、俺は黙って静観していた。
そのときにお寺に流れ込んできた風も、"いい判断だ"と言ってるみたいだった。
ご愛読まことにありがとうございます!




