16曲目
「失礼しました」
煩わしい職員室からそそくさと出てすぐ扉を閉める。
廊下には様々な生徒たちがおり、皆が皆下校している最中だ。
黙々と帰る奴、寄り道して帰る奴、塾やお稽古にそのまま行く奴。
連中は"無情に訪れる授業から解放"されたことに歓喜の顔に溢れてた。
俺もさっきまではそうだった。
つまらない授業が終わり作詞作曲活動ができると思った矢先にアレだ。
なにも得られるものがなかっただけに、空虚な気分で怠惰めいた感じだった。
まったく、人生ってのはなんでこうも上手く歯車が噛み合わないのかね……。
「浮かない顔をしてるってことは先生覚えてたじゃない。やっぱりダメだって?」
聞き覚えのある声に振り返るとケンがいた。
どうやら俺の帰りを今か今かと待ち構えていたらしい。
こいつは動物に例えたら絶対に忠誠心のある犬だな、きっと。
しかしケンだけじゃなかった、他にも見知った顔が勢ぞろいだ。
「んっ? ああ、それより随分と押し寄せて来たな」
そう、ケンだけではない。
コイツと同じく音楽話を気構えなくできる稔と結理もいた。
今となってはお馴染みセットの3人が、俺を取り囲み制圧せんと集まっている。
稔の隣で佇んでいる結理がニヤニヤと笑いながら面白おかしそうに言う。
「プススー。そりゃ、あんたが涙流して悲壮感待ったなしな雰囲気で自慢の髪の毛を黒く染めてくるか、はたまたバリカンで丸坊主にしてくるところを見られると聞いちゃったら、なにを置いても見に来るに決まってるじゃない」
このカチンとくる言葉を平気で言いやがる女は榎本結理。
見た目は悪くはないのに性格がひねくれたどころか、捻じ曲げた卑しい女だ。
人の不幸は蜜の味、まさにそれを楽しそうにオカズにしてはネタにする。
人をバカにする以外では意外と真面目なとこがあり、結構人気者でもある。
コイツのファンクラブが男女関係なくあるとかないとか、どうでもいいが。
どうせまた俺をからかいに来ただろうが、つくづく暇を持て余した女だ。
俺はそいつに向かって人差し指を上に向けた状態で前に出し左右に振る。
「へへっ結理。残念だが、そいつはアテが外れちまったようだぜ?」
「え、ええ~っ!? 嘘、そうなの? なんだ、つまんなーい」
よっぽど期待していたのか、結理はがっくりと肩を落とす。
つくづく暇を持ち合わせて失礼で卑しい女だ、グーパンするぞ。
しかもその顔はがっかりとし、頬を膨らませてブーイングまでしてきやがる。
俺の黒髪か丸坊主姿を見られると息巻いていたコイツは実に滑稽だったぜ。
話は変わるが、鐘撞学園はミッション系の学校だ。
そんでもって聖書とかキリストのことをたまに学び、普通の学科も勉強する。
そういったこと以外は割と他の学校と同じなのだが、少しだけ違うとこがある。
それは部活動の熱の入れ具合だ。
インドアやアウトドアのはもちろん、スポーツや学会などの部活動がある。
この学園の部活動は他校とはありとあらゆる面で気合がまるで違う。
そのためか、職員室や校長室にはそれぞれの表彰状が飾られているらしい。
その中でも、軍を抜いて人気が出た部活があった。
しかも鐘撞学園の生きた伝説とまで言われるほどの、部活動だ。
その名は――『時世代音芸部』という。
この学園には男女軽音楽部もあるがその"時世代音芸部"も音楽系の部活動だ。
まあ今となってはその使われていた部室も、女子軽音部に変わってしまった。
『初代時世代音芸部』の活動歴はものすごく異質でなんでも楽器は全てゴミ捨て場から拾って手に入れたとか、バンド練習は部屋じゃなく青空広がる屋上でやったとか、学生道を歩いているときも周りを気にせず歌練や楽器に触ってたりとか、近くのスーパーやコンビニの前で無断でゲリラライブをやったとか……ましてや、ボロイキャンピングカーで日本一周しライブ活動をやったとかなんとか。
彼彼女らが行った生き様や路上ライブハウス関係なく行ったライブ活動のできごと全てかネット上で波乱を巻き起こし、一躍有名になり、今ではあの有名な進化ロックバンド【Starlight:Platinum】と肩を並べてロック界を支えている"生きた伝説のパンクロックバンド"だ。
俺だってそのバンドの名前は知っているし、楽曲もCDを買って聴いた。
最高にロックを奏でており、ハチャメチャとワクワクを教えてくれる。
話を戻すと今しがた俺の最高にカッコ悪い格好を期待していたコイツには性格がひん曲がった兄貴と全然その2人とは真逆な清楚で綺麗な姉貴がおり、兄貴はあの有名な『初代時世代音芸部』に所属していたベーシストで姉貴はそのバンドのマネージャー兼楽器リペアラーであり、そのせいか、コイツも中学生の頃から兄貴にベースを教えてもらい姉貴から楽器修理のテクニックを伝授してもらって今でも大事そうにベースを弾いているのだ。
今思えば、色んな音楽ジャンルがある中まったく決められずに自分の音楽をして『No Style No Genre』をしていたときロックに目覚めさせてくれた後押しも、結理が"自分の兄貴姉貴"はかの有名な『初代時世代音芸部』なんだとか持っているベースを覚えたてのフレーズを弾いていい気になってたのを目の当たりしもう一度自分のやり方を改めてみようと思った気もする。
しかしそれはあえて俺からは触れたくも掘り出されたくもない事実ではある。
少なくとも、人の不幸が好きでからかう結理本人は気づいていないはずだ。
色んなとこに気づき抜け目ないように見えて、結構脇も考えも甘いヤツだ。
学生生活をしている今でもベースを弾き、今は女子軽音部に所属している。
たまに廊下を通るとベースの音が聞こえるが、その腕はやはり中々な物だ。
そこらにいるベーシストでは右に出ることは不可能に近い、その上手さだ。
まあ、俺はそんなこと口が裂けてもこんなヤツには言いたくはないんだが。
とはいえ楽器の腕と性格は別問題だ。
人を小馬鹿にすることや面白そうなことで笑いの種にする性格の捻じ曲がったやつで、いつも変なことを言ったり行動に移したりと悪い方面の有言実行をしている癖に、どういうわけか俺にはさっぱりわからないが女子軽音部の次期部長兼楽器リペアラーに内定を頂いているらしい。
ああ、俺には女の考えていることがまったく読み取れなくて困るんだ。
俺が肩を竦ませつまらなそうな視線を結理に向ける。
そうすると呼応したかのようにギャーギャー言ってくる。
いや、もうこの騒音めいたコイツに消音をしてくれよな……。
ご愛読まことにありがとうございます。
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