160曲目
基礎ができてるからこそ、成せる業。
音と音とのハーモニーを奏でれる理由。
しかし、テンションの暴走もほどほどに…。
そして俺たちは、本堂の中でもう1度曲の頭から演奏し始める。
ソウがドラムスティックでカウントをしてから楽器から音を奏で出す。
今までは楽曲とも呼べるかわからない代物のできだった。
だけど今俺たちが演奏した瞬間、すぐに『えっ?』と思った。
さっきと感じも雰囲気も曲の生き生きしさも、ぜんぜん違う。
心の底から楽しいという欲求が沸き上がりすこぶる気持ちがよい。
「うわぁ……ねえ、陽ちゃん。これって」
「ああ、コレはもう間違いはねぇな。ドンピシャだ」
俺とケンがギターを弾きながら近くに寄ってそう答え合わせする。
ドラムの正確無比なリズムとベースの基本に忠実なリズムがスッと入り込むように溶け合って、体の芯にガツガツと熱いモノが込み上げてはビンビンと響いてくるものに変わっていった。
だけどソレがいったいどういった感情なのか、見当もつかない。
不思議だ、これはなんなんだろうか?
今のバンドで奏でる音を聴くと、体がうずいて、勝手に動き出しそうになる。
それにどこか心地よくて、温かく包み込むような感じで、すっごく楽しいぞ。
これこそまさに音の晩餐会とでも言えるし、音色の流星群とも言える感覚だ。
最高に熱くて、楽しくて、カッコいいバンドの"Sound"に仕上がっている。
基本に忠実で味気ないと思うアッキーも弾きながら俺の方を見て自慢げに言う。
「どうだ、見たか聞いたかお前ら? 俺が一回でもやる気を出して演奏すりゃリズムもビートも確実に刻めるんだよ。ほら、これで文句ないだろ? そんじゃ俺はまた自由に演奏らせて……」
「ちょ、ちょっと待て! 今最高に輝いている演奏を止めるんじゃねえ! アッキー、やぱお前の奏でるベースラインは最高で、基本に忠実なリズムとビートの刻み方も最強じゃねえか! いいか、そのまま演奏を続けてろ!」
俺が歓喜に満ち溢れた感じで興奮気味に怒鳴るとアッキーもうろたえる。
淡々と奏でるリズムとビートの手を止めようとするアッキーに続けさせる。
ケンの方を見ると、ケンも興奮気味で嬉しそうにうなずいていた。
ケンともう1度演奏のタイミングを合わせて、演奏を続行する。
その瞬間、また新たな可能性と未知なる力の道筋に気づかされる。
「はぁ、なんでオレ、かっ。って、おっ……?」
他人の音に無関心で鈍感なアッキーも気づいたようだ。
バンドで奏でる音が一気に、滝の水のように押し寄せてきた。
厚みと熱が増した音が、古びて年季のある本堂を一気に包み込む。
心地よくて最高に熱い4つの”Sound”が俺たちの心を満たす。
ヤバい、ヤバい、ヤバいヤバいヤバすぎる!
最高に満足できる演奏に満ち溢れているじゃねえか!
まるで、音の深海に飛び込むか大空に飛ぶような気がした。
バラバラで雑音だらけの演奏は今では感じられず、音が弾け奏で唄う。
小気味よく素晴らしい音の振動が、体と心の隅々までまとわりついてくる。
その音に呼応するかのように、体の芯が燃え上がるような熱に帯びて炎が力強くつけられたみたいな感情が、俺の中でうごめき滾っては生まれてくるようだった。
空間が、時間が、それこそ体と心が揺さぶられ震え出す。
今まで真っ赤や真っ黒で忌み嫌えるような世界が急に開けたように明るくなって、俺の視界に見えるものが全部、今までよりも美しく神々しさを放つようにキラキラと輝いているみたいに見えるのだ。
バンドとして死んでいた音が、今まさに、ライブしている。
「いやっほーーーーーいっ! 超やべぇ! ファッ〇ン最高だっぜ~っ!」
この素晴らしく最高なバンドの音を聴いてたまらず俺は叫んだ。
圧倒的に面白くて楽しくて、満足で満たされるほどに気持ちがいい!
「あははっ、もう陽ちゃんったら、あんまり大きな声で騒いじゃダメだよ。夜もとっくに遅いんだから迷惑掛かっちゃうじゃない~」
バカ野郎、それこそ今さらって感じじゃねえか。
俺の奇抜的に発せられた歓声をたしなめるケンだが、当の本人だってゴキゲンでエレキギターを掻き鳴らしてはアンプから最高にイカシた音を奏でていやがる。
おいおい、珍しくもたついてないし間違えないでついてくるじゃねえか。
あんなにトロくて間違えるのが当たり前なケンが今では打って変わってる。
それこそプロのスタジオミュージシャン顔負けな音と演奏を奏でてくれいる。
すげぇ、音楽の力ってここまで人間を高めて進化させてくれるのか?
なんかもう、絆を紡ぐとか団結力とか無意識に出来ている気分だ。
現に今こうしてアッキーとソウの創り出したリズムで刻まれるビートに引っ張られるように、歌のメロディやギターのフレーズが勝手に体中から溢れ出してくる。
それこそ無限大に沸き上がり、可能性の幅を広げてくれてる。
別に俺らが特別なことをしようとか意図的に思ってるわけじゃない。
それこそギターを奏でている手から伝わり体の芯から生まれてくるメロディとフレーズ自身が、まるで人間みたく意志と心があるかのように、勝手に指先から”俺たちを奏でろ!”と訴えてきては溢れ出してくるのだ。
もう理論とか概念なんてもんで説明するのは不可能に近い。
「おいおいおいおい、なんだなんだお前らさっきからよぉ!? 俺の創り出したリズムとソウが奏でるビートを聴いてから竹を割ったかのようにはしゃぎやがって」
アッキーもそう面白そうに言い返してくるが説得力皆無だ。
お前だってこのバンド内から奏でられる”Sound”を聴いてからずいぶん楽しそうに笑って演奏してるじゃねえかよ、アッキー。
そんな楽しそうな顔でベースを弾く兄貴は初めて見たぞ、おい。
「ほぉ、これは……ふむ、なかなかいいもんだな……っ」
あの基本能面で無表情を決め込んでるソウのヤツは戸惑ってやがる。
幽霊みたいに淡々としているのに、正確無比で絶対にブレることがない自分のドラムの出す音が急に変わったことが、自分の頭で理解するのが難しくて不思議でならないんだろう。
それこそリズムマシーンみたいに正確でドラムのお手本みたいなプレイだけで、それ以外はアイデアもアレンジも出さず味気なく面白味もない音だったソウのドラムが、今ではこんなに生き生きとしていて実に心地いいビートを出している。
なんだかコイツの本当の顔と思いがわかった気がした。
おいおいソウてっばよぉ、なんだかんだ言ってお前ってヤツは能面そうな気分を出しているだけで、無表情の裏にある本当の顔と心意気はけっこう人情家で感情表現が上手いのかもしれないな!
こんのピエロ野郎が、今出しているその音を聴いてりゃわかるぜ!
口では説明できない光景で、不思議な感覚だった。
今まで読み取れずにわからなかったことが、自然とわかってくる。
バラバラだったはずのメンバーと楽器の音が1つずつ重なり合う。
なんだ、俺たちって、案外気が合う仲間なのかもしれねぇな!
それがこの瞬間に気づきわかっただけでも儲けものじゃねーか!
最高に心地がいいバンドの音の中へと、俺の歌とギターがダイブする。
「いやっほぉ~~~~~~~うっ! 最高だぜーーーーーっ!」
鉛色で灰色な世界が、燦々と輝きを放てた思いだった。
本堂の中にはまとまりあった熱い”Sound”で満ち溢れる。
何となくだが外で鳴くひぐらしの唄声も、異様に楽しんでいるように思えた。
ご愛読まことにありがとうございます!




