15曲目
先生は意思を曲げない俺を眺めて、肩を竦める。
「まったくもう、あなたみたいな思考も言動も行動も全然読めないで頑固でおかしな生徒が、由緒正しいこの鐘撞学園に入学してくるなんて……本当に、頭が痛くなるわね。前の子もあなたと同じくらい手を焼かされたのよ?」
先生はうなだれた首を左右に振って、頭を抱える手を離し小さく十字を切った。
そして聖書をおもむろに開き、そこに書かれた言葉も小さく呟き祈りを捧げる。
「はい? またってなんですか?」
「ああ、いいえ。あなたは別に知らなくても結構よ」
また、なんだろうか、ものすごく気になる。
先生がそんな気になることを言ったので興味心から訊いてみたのだが、先生にとってもそれはあまり思い出したくもなくイヤで辛い思い出だったようで、先生は俺の問いを無視して聞きたくもないのに強制された説教を続けた。
「とにかくですね。音楽だか君のいうソルズロックだかなんだか知りませんけど、これは列記としたモラルであり社会に出るために知っておかなきゃいけない規則なんですよ? 常識を守るという意識と行動は、学校を卒業できて社会に出てからもとても大事で心に留めておかなきゃならない規則なんです。私は君や他の生徒に教える教師としても、人生の先人としても、あなたの服装や髪型に俺規則だとか決めている行為は認められません。散々言いましたが、その中でも、その真っ赤な髪を黒く染め直してきてと言ってるだけなのですよ。どうしても、それが出来ないというんですか?」
「無理です」
「出来る出来ないで答えなさい。それに即答しないで、少しはちゃんと考えて!」
「いや、俺だって先生の言うことは間違っちゃいないだろうしわかるんですが、他人でも家族でもなく俺自身がもう決めちまったことなんです。一度夢を諦めちまった自身を償うために、たった一人のファンに夢と希望を与えたのに逃げた自身の罪を背負うために。何があっても今度は絶対に、納得出来ないモノは従わないし曲げずに生きてやるって、誰に対しても嘘や偽りをしたくない。俺は、世界中にある社会と規則に、そういう熱い魂のスタイルを持って戦うつもりです」
他の先生が見守る中、職員室に来てた生徒も見守る中、俺は力強くそう言う。
先生の顔が、見る見るうちに苦虫を噛み潰したような顔に変貌していく。
しかも段々と顔面も蒼白気味に変化していき、まさかの"神よ"と呟く。
なんでだ、どうしてこうもわかってもらえないのだろうか。
「俺はなにがなんでも髪の色を戻すつもりはありませんし、自分の決めた生き様を変えるつもりはありません。先生だって、虚偽をするのは神を冒涜することであり、本当の気持ちを抱き真実を語るのが大事だと、聖書の授業でそうおっしゃっていたじゃないですか。ほら答えが出た、これが俺の真実なんすよ」
「もう、あなたがなにをそう熱意を込めて言ってるのか、全然わからないわ……」
先生は、さらに眉を顰めて困ったように額を押さえて下を向いた。
あれ、なんで先生はこんなに辛そうな気持ちになっちまってるんだ?
不本意だが、俺の素直で熱い発言は先生をすごく悩み苦しませてしまった様だ。
このままじゃこちらとしても申し訳が無いし悪いとは思うので、正しくちゃんと真意をわからせ伝えようと俺はもう一度深く言葉を探して考えながら、悩んでいる先生に言った。
「先生、そんなに邪険にせずわかってくださいよ! 俺は、ここ、鐘撞学園が好きなんです。こんなに過ごしやすくてめちゃくちゃ楽しいとこは他に無いっすよ!」
「はっ? ちょっと、君はなにを言ってるの?」
「心の底から好きだから、偽りや嘘はしたくないからこそ、余計にこの服装を正そうとは思わないし髪型を黒く染めるとか丸坊主にするとかなんて"逃げる"ことは絶対に出来ないんです。ごまかしやその場しのぎは俺自身が許せなくてイヤなんです」
「…………いや、ますます意味がわかりかねますね」
「わかってください、先生」
わかって欲しい俺と、わからないという先生の、2つの思いが衝突しあう。
どちらも認めたくないという意志が混じり合い、水に油の関係を形成させる。
髪型や服装を正しくという規則を強いられ、俺も引かない、先生も引かない。
そこにはまるで青白い火花がジリジリと散っているのが見えるような気がした。
数秒間どちらも硬直状態で、職員室に異様な空気が流れ出し先生も生徒も困惑。
早くこの激戦を終わらせてくれないか、そんな視線と顔色をうかがえる。
「はぁ、まったく君という子は……」
さらに数秒後、先に折れたのは意外にも先生の方からだった。
先生は目を閉じてなにかを考え、首を左右に振りどうしようもない感じだ。
「これはもう、てこ入れをしても動かないほどに、本当に心も体も重傷を患っていますね。ここまで侵攻してしまったら、私からはもう、なんて言ったらいいのか……」
先生は残念そうに肩をがっくりと落とす。
その仕草も姿も、とても辛そうだ。
「先生、大丈夫ですか? 保健室に連れて行きましょうか?」
「なんで君はそういう人の気持ちを汲み上げてあげるような優しさはあるのに、こういったのは意固地なんですか……もう、ダメです。もう今日は家に帰りなさい。こっちは頭も胃も痛くなりました」
「頭痛に胃痛ですか? 辛いっすね。それじゃあ俺、保健室から薬を……」
そう答えた途端、マジかと言うような顔つきでこちらを眺めていた先生。
理由はわからずただ頭痛と胃痛を少しでも和らげるために保健室に駆け出そうとした俺を、先生は首を左右に振って駆け出す俺を引き留めた。
「いいえ、結構。もう結構ですから、また今度連絡しますから帰りなさい」
そして力無くうなだれたまま机に突っ伏してしまった。
その疲れ気味の姿勢のまま手をひらひらさせて俺にさっさと家に帰れと言うのだが、俺としてはこのまま帰るのはなんだか立つ取り跡を濁し"全ての人に太陽の光で照らし元気づける"という自分の信条に背く感じがするみたいで気分が悪い。
「あの、それじゃあ、最後にひとつだけいいっすか?」
「……もう、なんですか?」
先生は机に伏せたまま、顔も上げずこちらも見ることなく応じる。
俺としても先生にはこうして自分の時間を割いてまで話を聞いてくれたんだ。
だったらそれに敬意を表して、こう伝えるのは至極当然のことなんだろうな。
その先生のうなだれて見える後頭部に向かって、俺は真摯に告げた。
「俺、学園もそうですけど先生のことも、けっこう好きですから」
突如、その言葉を受けた先生が伏せていた顔を上げこちらを見た。
「……えっ?」
先生はただ一言、疑問形で呟く。
その顔には、何個もの"はてなマーク"がいくつも浮かんでは消えていた。
どうやら俺が言ったことをちゃんと理解できてなく、伝わらなかったらしい。
「あれ、わかりません? 俺、先生のこともけっこう好きですから」
俺はもう一度、アンコールに応えるように今度はもっとハッキリ言った。
今度は確実に聞こえたはずだが、先生の理解できず呆けた顔は全然変わらない。
「もういいです……あなたは本当によくわかりませんよ」
その顔を覗くとどうやら、俺の必死に考えて出したフォローの一言は、悩みを少しでも汲んでやるどころかますます先生を悩ませる種を埋めるだけにすぎなかったようだ。
ソレを見て俺もものすごく哀しい。
そう考えると、世の中って本当に思いのままに上手くいかないものだ。
腐敗したこの世から、敵対心から生まれる武器を用いて国と国が戦争する暴動が無くならない理由と真相というのが、今ので少しわかった気がした。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




