150曲目
夏の地獄・極楽・快楽の合宿。
陽太の成長が今、この瞬間、始まった…。
待ちに待っていた進化の過程が今日という朝日と音とともに開幕する。
宗介の言っていた通り旅館の方で一部の施設使用許可とお寺での合宿許可はすんなり取れ、合宿前の日はメンバーそれぞれ個人練習をバッチリと行い、あっという間に地獄のバンド強化となる合宿当日となった。
空は快晴で澄み渡るほどの晴天が世界を平がる。
雲は浮かんでは流れ小さな鳥たちは羽を広げ飛び立っていく。
道なりを歩いてるときのひまわり畑も燦々と咲き乱れていた。
これほどまでに最高の合宿日和はそうそうないだろうな。
穐月寺改め"宗倖寺"にてバンド内の練習や個人練習などを主にお寺で行い、温泉自炊旅館である旅館の室内を賃貸アパートみたいに借りれたりできる"白神郷"の郷内でも落ち着ける旅館"宗福の里"で温泉に浸からせてもらったり、ましてやバンド練習で得た実力を泊まっているお客さんの前で演奏してもいいとのことだ。
いやマジ穐月夫婦のご寛大なる心ありがてぇ、ありがてぇぜ。
ケンと2人、重い荷物と楽器を抱えて宗介の寺にまでやってきた。
なにしろ今日からしばらくこの場所に泊まり込んで修行することになる。
いつまで泊まるとかの期限ははっきり言ってわからない。
そりゃそうだ、俺たちは生半可な気持ちで来ちゃいないんだ。
この世に新しい一陣の風と太陽を照らすソルズロックバンド“Sol Down Rockers”メンバーの俺たちが、朝から晩まで練習に練習を重ねて、全員が一致して満足いく演奏をできるようになるまでここにこもるつもりだ。
だからこそこんな大荷物にもなるし、それだけ気合いとやる気が入ってる。
俺とケンは本堂に続く廊下の前で靴を脱ぐ。
そして俺は裸足になりケンは靴下のままで奥へと進む。
突き当りの右側に引き戸があり、開くと本堂に続く手前の部屋が視界に入る。
やはり年季のあるお寺の中は夏の季節にマッチした良き場所だな。
外から聴こえる蝉の鳴き声と本堂に入り込む風、畳と木造の入り混じった床からも熱を引いてくれるし、なによりこの近くに自炊式の温泉旅館が見える中で仏教に身を投じているお堂の中で、太陽みたくギラギラと輝けるロックなオリジナルを作詞作曲したり爆音鳴り響く楽器と歌が行き交い面白楽しめるという――奇妙奇天烈なエモーションと摩訶不思議なロケーションに悪鬼羅刹で奇想天外なエクスプロージョンを巻き起こせると思うと、心の奥そこがワクワクと沸き上がり魂そのものが血沸き肉踊り熱くたぎってしまう。
高まる気持ちをグッと溜め込み、1度深呼吸をし、無駄な力を抜く。
合宿しに来た俺とケンはまず一礼してから入室し、2人ともその場で並ぶ。
そしてまるでこれから夏休みの間、山籠もりをする格闘家の気持ちのままで。
「これからお世話になりまっす! 迷惑かけないように心掛けるんで!」
「あははっ、陽ちゃんそれは別に言わなくても……えっと、お世話になります」
俺とケンがまた礼儀を持って一礼をする。
もちろん俺は宗介や宗介の親父さんに向けていったのだが……。
「おいおい、そうかしこまるなよ。俺たちはもうちゃんとしたバンドのメンバー同士なんだ。たしかに親しき中にも礼儀ありってことはあるが、十分ちゃんと礼儀を見せたことなんだし、まあ早くこっち来てのんびりくつろいでくれ」
しかし、なぜか俺たちを出迎えたのはウチのベースの暁幸なのだった。
おい、なんでお前なんだよ、と一気に引き締めた気が抜けてしまう。
「ちょま、なんでお前が出てくるんだよ?」
「当たり前だろう。ここはもうオレのもう1つの実家みたいなもんだからな」
暁幸はまるで当然と言うように本堂に続く手前の部屋でくつろいでいる。
おいおい、お前は別に出家しているわけでも得度してるわけでもないだろ。
あぐらをかき手に持ってるベースで適当なソロを弾いてるくらい呑気だぞ。
「あははっ、暁幸君はもう本当にここの雰囲気に馴染んでいるよねぇ」
ケンはそう爽やかかつ嬉しそうに答えその隣で眺める俺が苦笑いするしかないほど、自分の双子の強大である暁幸本当にこの"宗倖寺"の雰囲気と和の空間に違和感なく全てが溶け込んでいた。
おい、待て、どれだけココに入り浸ってたんだコイツは?
「むっ? 暁幸、客人か……って。ああ、2人とも来てたのか」
そこに宗介が作務衣という修行服を着こんでやってくる。
どうやらやっと本物の【宗倖寺】家主のご登場だ、遅えよ。
俺はご本人に向けて顔で合図するように暁幸の方を訝し気に見て伝える。
「おい、宗介。お前はきっとお寺の住職や旅館の女将の両親から受け継いだ、その、あれだ。ガンジー並みの非暴力主義と誰よりも人徳を大事にするだかなんだかの志を持ってると思うからわからんと思うが。実際に双子の弟として友人のお前に注意しとく。コイツには気をつけた方がいいぞ。あんまり好き勝手のさばらせとくと、そのうち仏像や経典やら仏教の道具とかを見つくろって勝手に売り払いしかねないからな」
俺がそう悪態気味に言うとやはり暁幸が反論の意志を向ける。
「なーに言ってんだ陽太。俺がんなことするかってんだ。第一、この寺の中にそんな大金に繋がるような、金になるようなもんがあるわけないからな。仏教はそういう欲望も捨てなきゃならん、とか前に住職さんが言ってたしな」
「あはは、それってつまりあったらそういうことするのかな?」
暁幸の説明を聞いて思わずにこやかな笑みでケンが言う。
すると言われた本人は髪をかき上げてもったいぶるように。
「ああ、それはやっぱ、時と場合によるな」
おい、それって犯罪だからな?
頼むから身内で犯罪者を作りたくねえぞ俺は。
俺は宗介に対して忠告するような視線を向ける。
まあ、もし過ちをしたら面会して励ますぐらいはしてやるか。
別にそうなることは無いはずなのに、コイツのことをこう思えるほど、音楽とギターに続いて仲間とともに集まり音楽の声と旋律をつなぐバンドというのは無限の可能性を秘めているのかなと感じてしまう。
「ほら見ろ、今の聞いたか宗介。コイツは口ぶりと気持ち的にはふざけて言ってるかもしれんが、実際なにをするのか全然読み取れない恐ろしいヤツなんだぞ。コイツととあるきっかけで仲良くなったと聞いたけど、正直付き合い考えた方が身のためだぞ」
「うん、そうだな。前向きに検討して考えておこうか」
宗介は軽く握った手を口の前に置いて優しく目を閉じる。
そしてそのまままるでおちょくるように付き合い考えを肯定する。
さすがに自分の親友が友達付き合い考えると言われた暁幸も少し慌てる。
「えっ!? おい、宗介。待て、今のはただの冗談だぞ?」
ほら見ろ、そんなふざけたことを言うから天罰が下るんだ。
ま、こうして見てもどちらも面白そうにしているだけに見えるがな。
それは別にいいことだし、バンドとして絆を深めたい俺としてはGJだ。
さあ、いよいよ俺たちの演奏レベルを高める修行の幕開けだ。
いよいよここ【宗倖寺】と【宗福の里】で地獄の強化合宿が始まるんだ。
夏の季節と風景で彩る寺と旅館で、2敗した俺たちの反撃の狼煙を上げるんだ。
待っていろよ、稔、笹上さん。
強豪と言えるバンドのメンバーたちよ、高みの先で見ていやがれ……。
ここから敗北を強いられた"陽没の熱演者"による反逆の成り上がりが始まる!
俺は【宗倖寺】の広い木造の天井を見上げ、心の淵で念じ、力強く拳を上げる。
ご愛読まことにありがとうございます!




