141曲目
バンドマンによる年の功な知識。
4人の高校2年生の男子が揃って正座し首を垂らし心の底から謝罪。
これがライブハウスの楽屋で巻き起こっているというのが異様な光景だ。
俺も含めて3人が頭を下げているときに笹上さんは感心した言葉を漏らす。
「ほう……しっかり悪いということを身に刻んで謝れるとは、さっきステージの上で観客が見ているのもお構いなしに暴れてたのと同じ連中が謝罪しているとは到底思えないが、ちゃんと自分たちの非を認めて向き合う気持ちは感心だな」
「本当やね。なんやアンタら、ステージでしこたま暴れたのにみんな根は素直でいい子じゃない。まんだ学生で若いんだし力もあり余ってるんほやから、もっとこう……いい意味で悪鬼羅刹に傍若無人な感じでライブに挑んやけどいいんじゃないの? あ、もちろん他のバンドの時間とかを無くさない程度でな」
名も知らぬボーカルの女の人は俺たちの意図を汲むようなことを言う。
けれどそれに"待った!"とかけるように笹上さんは厳つい顔で反対する。
「いや、それは違う。やはりこういったバンド業界でも、きちんとした礼儀と恩義というのは基本であり大事なんだぜ。だいいちこの世間から異様だと見られるバンド業界だって、人に嫌われたら長く生きてはいけない。生きてくためには人に好かれ、観客に好かれ、バンドメンバーに好かれることこそが成長できるんだからな。いいか? 世の中というのはやはり、人と人とのつながりが大事だからな」
「ぷっ……あはは、笹上ったらやめえや。また親父くさいこと言っとるよ~!」
ニトロ並みに爆発させるロックバンド【New:Energie:Ours】のヴォーカリストから笑われながら茶化されてるのも構わず、笹上さんは自分の言った中々先生みたいなセリフに、自分でウンウンと納得しているようだった。
まるで聞き分けのない女子生徒と道徳の先生みたいだ。
そうなると笹上さんってなんかヘンな人だよな。
この人は本当にロックの好きなロックンローラーなんだろうか?
どっちかって言うと学校で先生として授業してそうな風格なんだが。
でもここまで正座をしながら聞いていた俺から確信的にひとつだけ言えることは、今回俺たちの不発に終わったライブ場所の"LIVE:ALIVE:SOUND696"にてトリとして対バンした笹上さんたちは、俺たちがステージ上で起こした騒動のことなんて、まったく怒りもせずそれどころか気にしていないだということだった。
いや、こうして見るとむしろ面白がっているのかもしれない。
見た目は本当にロックが好きで好きでたまらないライブ衣装。
しかしそんなカッコいい見かけの割りに案外考え方や信条はまともそうな人だし、ほんとに人に対しても角を立てない心の底からいい人そうなオーラを出していてそうだよな。
俺の名付けたバンドの名前も夢もすぐ気に入ってくれたし。
本当のロックを奏でる人間は優しい心と真剣な志を持ってるんだな~。
そう俺が笹上さんらの心の広さに身に染みて関心深くしてるときだった。
――ガチャ……。
また楽屋の扉から蝶番を鳴り出しながら内側に開かれた。
「こんばんは~……ってあれ? なによ、正座なんかしちゃって。というかアンタらまだなんか揉めてるの? まったくいい加減にしてほしいわね~っ」
その瞬間、今までどこに行ってたのか、結理が楽屋に入ってきた。
乾いた音につれられ俺たちや笹上さんもそちらの方を振り向く。
そのとき笹上さんが結理の顔をジッと見て考え込むように固まる。
「んっ? おお、たしか君は……」
笹上さんが、結理の顔つきを不思議そうに見て今だに考え込む。
仕草と行動できっと笹上さんと結理とはなにか関係があるんだろう。
そう考えて見てたら急に結理は、笹上さんに向けて会釈して応えた。
「あ、【New:Energie:Ours】のライブ、お疲れ様です。ツインヴォーカリストで笹上一成さん、ですよね……? えっと、結理って言います。初代としてパンクバンド『一時世代音芸部』でベーシストをしてた榎本幸之助と、同じく楽器のリペアラーとして所属してた榎本香織の妹の――」
結理が丁寧な言葉使いを駆使しながら笹上さんに向けて名乗る。
すると、悩みに悩んでいた笹上さんは一気に破顔し身を跳び上がらせた。
「ああ……ああああああああっ! そうだそうだ、やっぱりそうだったか~。その顔と雰囲気、榎本の妹さんだ。いや~っ、そんなに他人行儀にしないでくれよな。榎本の家に遊び行ったときはよく顔を合わせたじゃないか。しっかしずいぶんと久しぶりだなぁ。その間にずいぶんと大きくなったじゃないか!」
嬉しそうにする笹上さんは両手で結理の手を取っては力強く握手を交わす。
結理は少しだけその暑苦しい態度に引き気味だがそこまでイヤそうじゃない。
うん、どうやらこの2人は昔からの知り合いらしい。
笹上さんって、結理の兄貴と姉貴の知り合いだったのか。
つーことはやっぱこの人もすごい人なんだな、伝説創り出しそうだ。
「んっ? 待てよ……。今日はキミも”LAS696”に来てるってことは、ただ単にお客さんとして見に来たわけじゃないよな? するってえと~もしかして、榎本の妹であるキミもバンドをやっているのかい?」
「ええ、まあそうですけど。そんなに大したもんじゃないですよ」
「結理ちゃんはお兄さんの幸之助さんと同じパートのベースなんですよ~」
「おお、そうかそうか。それは素晴らしいことだ、実の兄がプレイしていたパートを引き継ぐとは、さすが榎本の妹さんだな。なるほど、カエルの子はカエルというヤツだな。しかし実にいい、エクセレント、ディモールトだ! うん、俺もキミはベースを演奏するべきだと思えるぞ~っ!」
「え、あの笹上さん。それってたしか親子に使うことわざじゃないですか?」
笹上さんはそんなの気にせずにガッハッハと朗らかに笑う。
どうやら笹上さんは、榎本幸之助の妹である結理もバンドをやっているということが、ものすごく嬉しいみたいだった。
まるで自分の夢が叶ったかのように手放しで喜んでいる。
本当に、この人の考えることはわからないしヘンな人だな。
だけど、それを覆い隠せるほどに優しくて器のデカい人なんだな~。
他の3人が正座しながら静観している中で、俺は心の中でそう思えた。
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