136曲目
まさしく鶴の一声。
本命のバンドコンテストで絶好調で演奏ができなくなったらどうするか?
うん、確かにその通りだ、俺たちはこんなとこでコケてるわけにはいかない。
だけど今は、個人じゃなくバンドとして一番よくない種を摘み取らなくては。
「ああもう、うるせぇーんだよっ! ケンこそケガしちまうぞ!? 俺たちの間に入ると危ねえんだから、ちょっとそこで引っ込んでいやがれ!」
俺が一瞬、ケンの方へと目を逸らしたときだった。
瞬時に隙を見つけた暁幸が異様なニヤリ顔を見せる。
「へへっ! 隙ありっ!!」
「あっ……!?」
暁幸の手元から繰り出される鉄拳が空気を殴り抜け突き進む。
一直線に、吸い寄せられるように俺の横顔へと向けて突き刺す。
――バキッ!
「ぐあっ!?」
頬骨に突き抜けるほどの力強い衝撃を感じ、与えられたベクトルに体が持ち堪えることもなく、気づくと俺は楽屋内を大きく吹っ飛んでいた。
俺がケンの言葉を訊いてそちらへよそ見をした隙に、暁幸が殴りかかってきたらしい。
楽屋内にある器物に俺の体が倒れ込み、けたたましい音が鳴り出す。
頬を押さえながら無機物が流れ落ちる音を出し、俺はその場に立ち上がる。
殴った張本人の暁幸はとても悠々と笑顔で勝ち誇っていやがる。
「て、てめぇ……俺がケンに言った瞬間に殴るとか、汚いじゃねえか!」
「バーカ! そんなの相手がいるのによそ見してるそっちがアホなんだっての! ……て言うか昔っからそうだったけど、お前って威勢と口先だけがいいだけで、実戦的にやるケンカはめちゃくちゃ弱いんだろ? こう見えても、オレはあれからかなり腕っ節が強くなってな。女の子を守るんなら、こっちの腕もないとな」
暁幸は力こぶを作って手でポンポンと見せつける。
その行為が俺の気持ちを逆撫でするには十分な理由だ。
ナヨナヨした優男なくせに生意気なことをぬかして腹が立つ……。
「うん、確かにそうだな。陽太、俺からも忠告しておくが……暁幸が学園内の不良や道端で絡まれたヤツともケンカをしたことを何度か見たが、ところどころケガを追うことは多々あったが、実戦で負けているとこは1度も無かったぜ」
今までこの言い争いとケンカを黙って静観していた宗介が、暁幸の言葉にお墨付きを与えてくるということは、コイツがケンカで1度も負けたことがないのは本当なんだろう。
俺が暁幸の方を睨むとヤツはまた勝ち誇ったように鼻で笑う。
「ま、そういうことだ。お前の勝てる確率は0に近いぜ?」
暁幸は余裕たっぷりな感じで澄まし顔をさらしてくれやがる。
そういう自分に自信があって他人はゴミクズとでも思う澄まし顔を見ると、よけいに勝ち誇っているヤツにギャフンと言わせて初黒星な敗北のレッテルを叩き貼りたくなる。
「そうかそうか。その余裕面ぁの理由はわかったぜ。そんじゃあ、この俺が勝ち誇っているお前に初の黒星をつけて泣かせてやっからよぉっ! おらあああああああっ!」
俺がそう大声で怒鳴ると、激しいケンカが始まった。
楽屋内にある楽器を大事そうに演者は自分のもとへ引き寄せる。
室内にある椅子やら机やらがけたたましい音を立てて吹っ飛ばされる。
「ああ、ダメ、やめ、やめてってば~~~~~っ! もう、黙って見てないで宗介君も止めに入ってよ~! 旅館では旦那さんでお寺ではお坊さんなんだから、こういった暴動はよくないってわかるじゃない」
「いや、それは違うぞ日向。俺はまだ正式にどちらも取得も得度もしていないんだが。まだまだ教えてもらうべきことはたくさんあるので住職の道も旦那の道も険しいモノだ。それに、まあ若いうちは力も体力もあり余っているモノだからな。溜め込んでばかりは体に悪いし、少しこういうように発散した方がいいのではないかな?」
宗介は目の前で激しい暴動が怒ってるのに平常心のまま言う。
さすがにケンもこの状態でそう言えるのはある意味奇妙だと感じた。
「ええ、そんな悠長なこと言ってないで、2人のケンカを止めるのを手伝ってよ~~。なんかバンドを組み始めて気付いたんだけど、宗介君ってちょっと枯れすぎてない? 感情の出し方もそうだけど、物事を考えるのも見るのも静かすぎだし」
そう言われても一貫して平常心でいる。
旅館の旦那と寺の住職を志す者はこれほどまでに、場の雰囲気や事情を飲み込んだ上で冷静沈着てい続けなければならないのかと、さとすように言ったケンは何となく思った。
「ああっ!? おらおら、どうだこの野郎! 俺が生意気な口ばっか吐くお前の顔をオモシロ面に整形してやる! なんならその大事な真っ赤っ赤の髪の色と髪型も整形してやろうか? 安心しろ、料金はサービスだ。オレの怒り解消で済ませてやっからなぁ!?」
「ふ、ふがぁ!? うぉい、止めれぇ! 鼻っ! 鼻の穴に指ツッコむんじゃねえ! あだだだだ、髪! 髪も引っ張んじゃねえよ!」
もはや阿鼻叫喚めいた光景に仕上がっていた。
ケンと宗介がそう言い合っては答えが出ていない中でも、こちらのケンカはさらに怒りが上昇しては騒動もヒートアップし、もはや他の演者が止めても全然止まることを知らなかった。
「ああ、2人ともケンカは止めてってば~~~~~~~っ!」
ケンが悲痛な叫びを出して2人に呼び掛けたときだった。
――ガチャ……。
楽屋の扉が蝶番の音を立ててゆっくり開かれた。
「すみませーん。失礼しま~……わわっ!?」
稔が控え室の部屋に入ってくるのが僅かに視界の隅に映った。
だがこっちは今その可愛い彼女の顔を見ているどころじゃない。
言い合いからついにランクが上がって殴り合いの真っ最中だからだ。
互いに拳と拳の殴打が続き、体から鈍く重々しい音が短く響き合う。
その度に俺と暁幸の体にダメージを負って体力が消耗していく。
「あがっ、つー。痛ってぇ! このっ……あだっ!?」
「なんだよ! まだオレと殴り合うかよ? お前も懲りねえヤツだな!?」
「うっせえ! てめぇには言われたくねえんだよ、コノッ! クソがッ!」
――バシッ!
またもや1発、鈍く重々しい音が暁幸の体から発せられる。
「うっ、がはっ!?」
瞬間、暁幸の体が折れるように曲がり倒れそうになる。
しかし不屈の闘志で足腰に力を入れて踏みとどまり態勢を立て直す。
そこからはまた型のはまらない、防御無視の拳と拳の殴り合いが始まった。
「あわわわっ、ちょ、2人とももう止めてよ~~っ!」
1発1発確実に相手の顔や体に拳を当てている俺と暁幸。
その傍でもう割り込めないケンが泣きそうな顔で静止を求めている。
稔はライブハウス内でありえない光景を見て思わず呆然し立ち尽くす。
「な、なにこれ。え、なにがどうなっちゃってるのかな……?」
ただ一言、彼女はそう言うしかできなかった。
その声に反応してケンが楽屋の扉の方へと視線を向ける。
「あ、稔ちゃん、ちょうどいいところに来てくれた~! ねぇお願い、2人のこと止めてよ~~~~~~~っ! もう僕じゃ聞く耳持ってくれなくて困ってるんだ。だからお願い!」
ケンはまるで縋るような思いで稔のもとに駆け寄り手を合わし懇願する。
そんな時でも稔は目の前の光景から目が離せずに困惑しているだけだった。
「うぐっ、がはっ……て、てめぇ、この野郎っ!」
「うげぇっ!? く、痛えなこの。うぐっ、てめぇっこのっ!」
今だに楽屋内はリングと化し2人の素人拳闘は続行される。
稔はわなわなと体が震え出し、ついには緊張の糸も何もかもが切れた。
今までに見せたことが無いほどの覇気で、可愛らしい怒り顔を魅せる。
そして、並みならぬ一言。
「こ……コラーーーーーっ! なにやってるのよ、みっともない。今すぐ、2人ともケンカは止めなさーーーーーーーーーーいっ!」
鶴の一声ならぬ稔の一声とはこの事だ、実に素晴らしい。
天丼として仏の顔も三度までという言葉があるが、まさにこの事だ。
ついに我慢できずに怒った稔からそう静止の言葉が楽屋内に響き渡る。
さすがは伝説を受け継いだバンドのメインボーカル、怒る時の声色もちゃんとしているし、ロック調のカミ切りシャウトの上に強靭のロングトーンを繰り出すのだった。
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