138曲目
普段は静かな子がキレると怖い。
稔が俺たちを頭ごなしに怒鳴り育成するように説教をする。
そのとき隣で清聴している暁幸が俺の方を小さく振り向く。
「おい陽太。稔ちゃんって、普段は大人しいのに怒ると案外怖いんだねえ」
暁幸が、そのままボソッと小さく囁きかけてくる。
稔にこぴっどく叱られているこんなときだが、その女の子相手だとだいたい馴れ馴れしくなる口調と態度に、俺の耳は鋭く神経を尖らせて聞きのがすはずがなかった。
「おい暁幸、なに馴れ馴れしくちゃん付けしてんだ。そう呼ぶんじゃねえ」
「なんだよ、今こうして怒られているのにいちいち俺に突っかかってくるなよな? 大好きな女の子にバカって言われた陽太君よ~ぉっ。だいいち、稔ちゃんのことをなんて呼ぼうがそんなの俺の勝手だろ。見ているとわかるけど、お前の彼女ってわけでもなさそうだしな」
暁幸がヘラヘラと笑って俺をおちょくってくる。
その言葉に腹が立ち、思わず大声で叫ぶように言う。
「ふざけんなっ! いいか、稔は俺の大事な可愛い彼女なんだ!」
俺がそう告白染みた怒鳴りを散らすと、違和感を覚えた。
その違和感のある方向へと視線を向けようとしたが時すでに遅し。
――ゴンッ!
大一葉稔、怒りの鉄拳制裁、効果は抜群だ!
いや待て、この愛の拳は超がつくほど痛いんだが……。
脳天に衝撃が加わり一気に体全体に走る。
あまりの痛さに思わず俺の双眸から星が出た。
アカン、今の激痛の威力からして絶対にタンコブできてるぞ。
俺は頭を両手で覆い痛みを和らげようと必死にさする。
そしてそのまま見上げると、拳をグッと握りしめてるジト目の稔が、激怒の感情をあらわにしてとてつもなく怖い顔つきでこっちをジーッと見下ろしていた。
殴るのもあの胸並みに柔らかいもんだと思ったが全然違う。
もしかするとウチのクソ親父の鉄拳よりも強いかもしれない。
それくらいに稔の繰り出した鉄拳制裁はかなりくる力量だ。
「コラッ熱川君、私語禁止って言ったでしょ! マジメに反省なさい!」
「あいててて。す、すまん稔……悪かった」
普段は温厚な稔の怒りのオーラに、俺たちはまた肩身が狭くなる。
こっぴどく怒られて俺らが小さくなるほどに、かなりマジで怖い。
稔のこの女性の標準の身長や体重、規格外と予想外を組み合わせたようなウルトラダイナマイトボディのどこに、こんな鬼をもひれ伏せんばかりな迫力が隠されているのだろうか?
普段は本当にほよよんとしてる稔だが、これが怒るとすこぶる怖い。
稔がこう声を割かし荒げたり体罰を執行しながら怒るようなことは滅諦に起こらないのだが、これが1度なにかの拍子に怒り出すとそれはもう手がつけられないのだ。
怒られて正座をする俺は思わずこう思う。
女子は変身をいくつも隠した戦闘民族だ、と。
「ねえ! バンドを立ち上げてからずっと思っていたんだけど、どうして同じバンドのメンバーなのに仲良くできないの!? まず、熱川君と暁幸は双子の強大なんでしょ。どうしてそういがみ合いばっかりするの!」
稔はそう怒鳴りながら俺たち双子を叱る。
日本は割かし兄弟姉妹の仲がいいと聞くが、それはどうでもいい。
だがしかし、今回の暴動のきっかけについては俺にだって言い分はある。
「いや、違うぞ稔。それは大きな誤解だ。まず第一に、俺やケンに宗介はちゃんとバンドとしての音を保ち、ライブに全力で臨んでいた。そこで調子に乗って自分勝手な演奏をし始めた暁幸がさらに暴走するから無理やり止めようとしただけだ」
「待て、稔ちゃん。俺の言い分の方が正しい。実際オレだって、コイツ作ったオリジナルを聴いている観客が熱くなったのはいいが、俺たちの作ったオリジナルを聴いて客が冷めて飽きてたんだ。なのにコイツは技術も技巧もないへっぽこでなんもできなさそうだから、オレが率先してなんとかしてやろうと思っただけなんだ。だから俺は悪くない」
その瞬間、聞き捨てならない2人は互いの顔を睨む。
口元を引きつらせ歯を噛みしめ力一杯ためた後……。
「おい! てめぇ、誰がへっぽこだよ誰が! 俺じゃねえからな!」
「バカ! そんなの誰が見ても明らかなお前に決まってんだろが!」
稔に説教されているのも関わらず、また罵声の飛ばし合いだ。
そんな罵声と説教を見てるケンはオドオドし宗介は至って冷静だ。
目の前でまたいがみ合いが始まり稔の体と拳がプルプルと震えあがる。
「ああ、もうっ、2人ともうるさーいっ!」
言うことも聞けないですぐにいがみ合いからのケンカをする阿保な俺たちに、真っ赤になって怒鳴り黙らせると、それから稔はまるで説教する自分や説教を受ける俺たちに呆れたように淋しそうなため息をついた。
そんな稔を見ると、なんだか自分のことが許せなくなりそうだ。
「はあ……もういい。2人にはきつくお説教したから後は自分の気持ちとよく相談したげてね? でもどうしてみんな、同じバンドの仲間なのにこう噛み合わないでケンカばっかりするのかなぁ?」
稔はそう自分のあごに手を当てて呟く。
腕の中で形が変化する超乳を眺めるのも説教に入るのだろうか?
そんなバカげたことを考えたときに静観してた宗介が動き出す。
「お言葉だけどね稔さん。噛み合わずにいつもいがみ合ったりケンカをしているのは実際その2人だけで、そういったことをしてない俺と日向は悪いが関係ないと思われるんだが」
「ダメ、宗介君。ケンカをしてるしてないとかでも、関係ないことないの! 宗介君だって熱川君たちと同じバンドを組んだ仲間なのに、どうしてこういがみ合ったりケンカしてる2人を見ててそんなに涼し気で平常心の顔してられるの!? 普通は健二君みたいに慌てて止めたりするのに」
稔は俺達に向けた矛先を今度は宗介に標準を合わせて叱りつける。
なぜかケンカを止めないで静観してる宗介は怒られても平常心だ。
しかしこの唐変木をこうも叱りつけるとはたいしたもんだ。
稔に怒られてながらも両目をソッと閉じて平常心を保つ宗介。
こいつもこいつで稔にこう怒られているのにスタイルを変えないのは凄い。
さすがは旅館の女将とお寺の住職の息子と言うべきか、平常心パねぇな。
「いや、別に俺は涼し気な顔をしているわけじゃないんだが、こちらがどう言っても耳を貸さずにぜんぜん話を聞かない2人なのでな。悪い方に一癖も二癖もあって困るのでこちらからは何も言わないことにしている。それにこのぐらいでどうということは……」
「もうっ、どうってことはないことなんてないでしょ!? 夏休みに入る前にバンドが組めてコンテストに向けて一生懸命やろうとしてる中で、こんなケンカになっちゃってるのに、どうしてそんなに冷たい対応をするの!? 例え怒ってる怒られているのが自分じゃなくても、もっと自分のことみたいに思って一生懸命にどうにかしようとするものなんじゃないの!?」
稔の底知れぬ気迫に押され宗介は思わず後ずさりする。
「あ、いや、その…………稔さんの言う通り、それはそうかもしれないけども……ん~、うむ、すまなかった。次からは俺も、日向とともにケンカを止める助力に努めよう」
驚いている宗介は冷静さを取り戻し、稔の目を見て納得する。
おお、能面で静観気味な宗介を納得させ謝らせたぞ、マジパネェわ。
幽霊か機械の心でも持つアイツを黙らせるとかほんとに凄いな稔は。
「陽太、お前の女神で天使って見た目の破壊力だけじゃなく凄いのな?」
暁幸は思わず稔のことをそう褒め称える。
そりゃそうだ、暴走機関車な俺たちを鎮圧できる力の持ち主だ。
こんな可愛くて2つの意味で迫力がある女の子は世界中そうはいない。
「へへっ、そうだろうそうだろう。最高に輝けるロックだろ?」
「確かに、それは言えてるな」
今だに怖くて正座してる俺と暁幸は目配せしうなずき合う。
ウマが合わない暁幸と、初めて意見が合った瞬間かもしてない。
稔の思いがけない行動のお陰でバンドの行く道のりが整いそうだな。
「コラそこ! 喋らないで、私語は禁止って言ったでしょ!」
「「は、はい! す、すみませんでしたっ!」」
いきなりビシッと稔が振り向いたので、驚き慌てて謝る。
統率性の無いバンドをまとめるとか、やっぱり稔は最高にイカすぜ。
だがそんな俺の気持ちとは裏腹に、稔はまた哀しそうなため息をつく。
ご愛読まことにありがとうございます!




