12曲目
真っ暗い雲に隠れた隙間から見える月と僅かばかりの星々がひかる夜空。
真下で公園にあるブランコに乗ってから少しの間、前後に揺ら揺らと揺れる。
別に言葉を交わすことなくただただ時間だけが過ぎていくが、なんだろうか?
「陽ちゃん、ブランコってさ。やり方一つで違ってこない?」
隣ではしゃぐ様に漕いでいたケンがそう呟く。
正直言って俺にはその意図が全然読み取れず、ただ困惑するだけだ。
「なんだよ急に? そりゃ力の加え次第でちがうだろうよ」
「そう。力の加え次第、行動の仕方、心の感じ方次第で全然ちがってくるんだ」
「…………ああ、そうだな。だからそれが一体なんだってんだ?」
「それにどれだけ熱意を込めているか、そうじゃないかで振り子はちがってくる」
…………。
コイツが突発的に道徳まがいなことを言ってくるのは知っていた。
それを言われる度にこちらの思考がショートされることも経験してた。
はっきり言って今の俺の頭に浮かんでいるのは『?』以外他ならない。
隣でブランコを漕いでいるケンは力を入れてさらに振り子が大きくなる。
コイツの顔は今とてつもなく嬉しそうで、天に浮かぶ夜空を仰いでいるのだ。
「夢を描くのは誰にでもできる、けど、夢を実現させるのは"熱い魂"だけだ」
その言葉を聞いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立った。
小学高学年の頃、一人でずっとアコギ一本掲げて路上ライブをしていた俺がいつも口にしていた言葉でもあり、バンドを始めて音楽をもう一度1からやり直そうとしている自分の中に刻まれた言葉でもあるからだ。
もちろんオリジナルを製作してたときも、楽器を練習してたときも、いつもコイツを呼んで最初に聴いてもらったり見てもらったりしていたときにもそうリフレインさせる様に言っていた。
「熱い魂と度重なる行動と練習の込め方だけで、振り子の幅も広がるんだよ」
「おお、確かにそうだな」
「でしょ? たとえば"外国に行く"とか新しいことにチャレンジするってのは確かに勇気もいるし、根気もいるし、そのために必死に勉強したり努力もしなきゃいけない。けれどそれはどんな人でも頑張れば体験もできるし経験も積めるでょ? そこでこれでやってきたいって人は、それに精通している人の何十倍も何百倍も練習したり勉強したり努力をするじゃない?」
ケンはそう答えながらブランコを降り、ベンチに向かって小走りする。
俺もそれに続いてベンチに座り、ケンの説明を聞いてうんうんと頷く。
努力。
それは小学生だった頃の俺がまさしくそうだったからだ。
音楽の才能が空っきしでも必死に努力すれば夢は叶うんだ。
そう息まいて努力し続けたことがあるから、身に染みる言葉だ。
ケンは缶コーヒーをまた口元に運び、一口飲んでから、話を続ける。
「だってほら、んーたとえば"死"というものなんかはさ、絶対に誰でも1度しか体験も経験もできないじゃない? そんで経験したらそのまま命が終わって人生がお終い。……でも、だからって、人は"死"についてなにも語れない教えられない言葉に出来ない。そんなことはないでしょ? だから人は、経験を体験することだけじゃなく、想像に置き換えて補うことができるんだよ」
おお、なるほど、確かに言われるとその通りだ。
ケンはすこぶる爽やかで涼し気な笑顔で照れくさそうに言う。
おいおい、なんか言葉と見た目も相まってカッコいいぞ、コイツ?
「なぁお前さ、いつからそんなカッコいいことを言えるヤツになったんだ?」
「えっ? ねえ陽ちゃん。そんなカッコいいことって僕言ったかな?」
一瞬にして爽やかさからのんびりにシフトチェンジしやがった。
問いには答えず、俺はため息をつく。
このままでは本当にケンの方に先に可愛い彼女ができてしまいそうだ。
ヤバいな、俺もうかうかとしているわけにはいかねーじゃねえか。
のんびり担当はケンだけで十分だから、俺は全速全進で突っ走るだけだ。
「まぁ、難しいことを一々考えるのはやめにしてさ。とにかく、人には色んな性格もあればタイプも感性もたくさんあるんだからさ? もし陽ちゃん自身がイヤだと感じたら、それに合わせようとせず、無理しなくてもいいんだよ」
「はーっ? んなこと言われなくてもわかってるよ。わかったようなこと言うな」
「そうだったね。あはは、ごめんってば」
ケンは一点の曇りも無く健気に笑う。
そして、ふと彼は真面目な表情を作ってこちらを見る。
ああ、やっぱりコイツといると調子は狂うし悩みも無くなるな。
「だけどね、最近僕は考えちゃうことがあるんだよね」
意味ありげなことを呟くとなにか目には見えないものを見ようとするように、隣に座っているケンは暗い夜空を仰いだ。
なんだ、爽やかなイケメンな癖にやっぱコイツも悩みごとがあるんだな。
俺ばっか悩みや不安を聞いてもらうのも悪い気がするし、聞いてやろう。
ケンは天を仰いだまま物悲し気な雰囲気を漂わせながら悩みを告白する。
「だってさ。人それぞれ目標というゴールは違う。どれもこれも"こうしたい"とか"こうなりたい"って気持ちからスタートした瞬間にルートが作られてその道をひたすら前に進んでいくじゃない? それなのに、他人が作ったゴールに入り込んで目指してしまって、自分が決めていたゴールを無視してそのまま見失ってしまうのは……一番哀しいことなんじゃないかなって。だから陽ちゃんみたいに素直で一途に夢を追いかけているのは、健全なことなんだよ」
真上に浮かんでいる夜空から目を戻し、ケンは俺をまっすぐ見つめる。
またコイツはどっかの曲のフレーズみたいなことを唄ってて作詞家だな。
しかも戻して俺をジッと見つめるその瞳の中に、妙に感じるが俺の目指しているギラギラと燃え上がって世界中の曇天すらも消し去るほどの光を放っているように見えて、俺は思わず"太陽はここにいる"と考えてしまい心臓がドキッと高鳴る。
「そうか? 別に俺は健全でも素直でも無いし、ただのロックバカだ。その逆だ」
「あはは、そうそう。そういうところも本当に陽ちゃんらしいよ」
俺が言えばケンはその上を塗り替えるように諭させる。
昔は弱気で内気で泣いてばかりでどうしようもなかったケンが、最近は妙に大人っぽいことばかり言ったり仕草や行動も人の不安を取っ払ってくれるような気がして、こちらとしてはどうも調子が狂う。
最近ケンとこうして話をしていると、まるで年上のヤツか色んな経験を積みあげて生きてきたヤツとでも話しているみたいな気がすることが結構ある。
昔から遊ぶ時も音楽の良さに目覚めてそういった話をする時もずっといっしょだったのに、コイツが影ではこんなに成長しているのを見せつけられてなんだか置いてけぼりをくらいそうな気がして、たまに焦る。
「はいはい出たよ、陽ちゃんらしい作戦が……あんがとよ。でもさ、ケン。お前の言う人のゴールだか目標だかなんだか知らないけど、俺はもっとこうなんというか、心の底からスカッと振りかぶれることがしたいんだよ。カラッとしてて魂に熱気って言うガソリンやニトロとかを注入できる、楽しくて面白いことをしてやりたいんだ。ジメジメと湿っているようなことは、絶対にしたくはねぇ」
「うん。楽しいことを優先にする陽ちゃんは、きっとそうだろうね」
俺は自分の持論を喋る。
隣で聞いているケンは頷く。
俺は天に浮かんでいる夜空を見上げて星や月を探してみる。
確かに夜空ってのはなんか妖艶で綺麗で、美しいとはいえる。
俺だって夜はキライじゃないが、やっぱり俺は朝がスキだ。
冬よりも夏、寒いよりも熱い、考えるよりも先に行動あるのみ。
それも真夏のギラギラと照らしつけて、全てを包み込みスポットライトを与えてくれる太陽みたいに、いつまでも俺の歌とギターを貫き通してスカッとして燦々と輝いて走り続けていたい。
息が切れたって、体中から悲鳴を上げたって、目の前が見えなくなっても。
俺は俺であり続けるために、必死に、もう一度努力をし続けてやるんだ。
そう心の中で決意を新たにする様に、空に浮かんでいる星々と月を眺めた。
ご愛読まことにありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します。




