104曲目
足りるかどうかわからない、暁幸はきっとそう言おうとしたのだろう。
そんな世間一般的にはウザいけど実力もあるせいで自信満々な暁幸が、言いかけた言葉を途中でやめて、手渡されて興味津々に眺めてたライブチケットを今度は目を見開いてはマジマジと凝視する。
「あっ? ……おい、ちょっと待て陽太。これはどういうことだ?」
暁幸は、涼し気から怒った顔になり、ライブチケットの表面を指差した。
顔は引きつり額からも汗が出ており、差した手もなぜか怒りで震えている。
そこには当然のように、俺たちのバンドの名前が印刷されているのだが。
え、なんだ、チケットの表面になにかおかしなとこがあるのか?
俺は今しがた暁幸が怒ってる理由の意図がわからず、何食わぬ顔を出す。
そんな暁幸を見て不思議に思ったケンと宗介も指で差した表面を覗く。
「ロックバンド"Sol Down Rockers"……? あれ、たしかこの名前って……えっと、も、もしかしてだけど」
ケンが俺の顔を覗くようにゆっくり振り返る。
そんな彼の疑問の言葉に、今度は宗介が口を開く。
「うむ、これは俺たち3人、全員一致で却下になったはずじゃなかったのか? 別に俺やケンはバンドの名前が気に入らないという理由で演奏する気が萎えることはないのだが、暁幸はこれが原因で結成したばかりのバンドを辞めそうになったのだが……それがなぜここに?」
「そうだぜ。おい陽太、これはいったいなんなんだ?」
全員の疑い深い視線が俺の一身に突き刺さる。
これから活動していく同じバンドのメンバーに向ける目とはとても思えない。
暁幸はまた俺の首元を掴んでは揺すろうとする仕草も見てとれて、ヤベェな。
成り行きをずっと見てる稔は遅いがやっと気づき俺のほうをまるで憐れむかのように見てくるし、話を訊いていた結理が"ありえない"といった感じで目を細めてはこちらに振り向く。
「アンタ、さすがにソレはしないと考えてたけど……やりやがったわね」
結理が、すべてを悟り切ったような目つきで淡々と言う。
稔は俺のことを心配してるが口に出せないし、実質1対4で不利だ。
どうも俺を助言する味方はいないようだから、こうなれば俺は開き直る。
「はぁ? なーにバカげたことを抜かしてんだよお前ら。どう考えたって、太陽のように全てを照らし出す俺たちのバンドのバンド名に、これ以上のふさわしくてカッコよくて印象に残りやすい名前はないだろ?」
「バカ野郎! それはお前の勝手な思い込みでメンバーの俺たちを巻き込んでいるだけだろうが! オレたちはこんな今時流行らずに寒くてダサいバンド名はイヤだって言ったよな? それなのになんで、ここに、そのバンド名で記載されてんだよっ!?」
「さっきも言っただろ? 俺たちに一番似合ってカッコいいバンド名だから告げただけだ。それに俺はそうは思わない。やっぱ新たな境地であるソルズロックの原点であり、自由で熱いロックの王道を往くものは、まさしくシンプルイズベストだろ。こういうのは単純かつ大胆な名を高らかに名乗るべきだ」
「なんで自信たっぷりで満足げに言い切ってんだよ! ふざけんな、こんなの認められっか! おい、陽太。さっさとこのふざけたバンド名を訂正してこい。早急で迅速になっ!?」
暁幸は怒涛の憤怒でまくし立てる。
言ってることはかなり無茶苦茶なんだが。
「おい、ムチャ言うな。お前は今の状況をちゃんと理解してるのか? 手元にもうライブチケットを持ってるだろ。つまり、もう印刷も済んでるもんでそう簡単に訂正できるわけがないだろうが」
まったく当たり前だ。
もうライブハウスの人らにも俺たちのバンド名は伝えてあるし、他のバンドも50枚という普通のライブでもキチガイめいた枚数を血眼になって売りさばいているだろうし、ネットでもこのライブハウスのWEBとかでライブ情報を載せているのだ。
それを今更訂正してくださいって、バカにしてんのかって言われるわ。
「ふっざけんな、この真っ赤っ赤のツンツン頭バカがっ! んなもん土下座でも賄賂でもなんでも試してバンド名を直してもらってこい! こんなクソダサいバンド名が載ったライブチケット、芽愛にだって見せられはしねぇし、ましてやたくさんいるオレのファンの子たちがガッカリしちまうだろうが!」
「はぁっ!? んなもん俺が知るかよ!」
「ああ~、ちょ、ちょっと! ケンカはしないでよ~っ」
熱が入りまたもや激戦たる口喧嘩に勃発し、そこに仲裁役としてケンが慌てて間に割って入ると、そんなケンに僅か手を貸して暁幸を落ち着かせる宗介ってのが俺たち、ソルズロックバンド"Sol Down Rockers"のここまでがテンプレ状態だ。
「やれやれ、これじゃあ前途多難よねぇ~」
「うん、熱川君たち。このままで大丈夫なのかなぁ……」
結理は呆れ稔は俺たちの行く末を心配しながら4人を眺めている。
その後、マスターのまたもやお客さんたちにご迷惑をおかけしたってことで無料のコーヒーを提供しては、先ほどのアコースティックギターを持つ俺とお店に置かれているアコースティックベースを持たされた暁幸で、リクエストに応えては生音アコースティックライブを演奏らされたのは言うまでもない。
それにあまりにも大きな声でライブがどうとか言っていたため、エテジラソーレに来店してたお客さんの中からも俺たちの出演するライブの日にちや時間帯を聞かれたりして答えると、僅かに都合がいい人たちもいたお陰で人望の低い俺と音楽好きの知り合いが少ないケンから3枚ほど購入してくれた。
ケンは泣くほど感謝して俺は軽く頭を下げては礼を言うと、チケットを購入した客も"気にしないでくれ"とか"陽太、バンドの演奏楽しみにしているからな"といった心温まる言葉を掛けてくれる。
塵も積もれば山となるという格言があるが、まさにそれだなと俺は心中察した。
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