128 カミュラ
神が住まう場所、神域。その一角にある城の一室で、一人の女性が神にペンを走らせている。
「カミュラ様!」
その声とともに、一人の女性--いやこの神域にいるから一柱の神か。--が入ってきた。
「どうしたの?」
今まで部屋で書類と格闘していた女神、カミュラが顔を上げる。
「カシム・シンドラッドがレニーナ・ヴォン・デハートと接触しました。」
「そう。」
カミュラは女神の報告を聞いて、眉をしかめる。
「もう少し先だと思ったんですが・・・、もう一人の彼女はもうあったの?」
「いえ、そちらはまだのようです。ただ、カシムさんが強引に戦争を終了させたため、近々今後の事についての会議を開くそうなので、恐らくそこで会うかと。」
「分かったわ。もう下がっていいわよ。」
「はい。」
女神が部屋から出ると、カミュラは笑みを浮かべる。
「恐らく彼のおかげで魔族と亜人との対立は無くなる。これで貸しが一つなくなったわね。椎名。」
神の間では椎名は神名のカシム・シンドラッドの方で呼ばれているが、カミュラは椎名と呼ぶ。その発音が好きなんだとか。
さて、さっきカミュラが言った椎名への貸しだが、全部で三つある。まず、レムナットの魔族をこの世界に転生させたこと。次に、龍人達をこの成果に転生させたこと。最後に、一人の女を転生させたこと。
この貸しの事をことを説明するには、まず椎名がレムナットで最後に放った魔法、『輪廻崩壊』について説明しなくてはならない。
前にも少し触れたが、『輪廻崩壊』は全ての属性魔法を使って放つ魔法だ。火、水、土などの基本魔法は勿論、炎、獄炎などの中位と上位、空間や時空などの属性全てを使い、全ての概念を破壊する魔法なのだ。
火属性は火を壊し、水属性は水を壊す。時空は時間を壊し、空間は空間を破壊する。さらに、生命神であるカミールの力を受け継いだ椎名は生命に関するものを生み出し、壊すことができた。そのため、椎名は輪廻の輪をも壊すことができたのだ。
空気から輪廻の輪まで破壊する。そのためつけられた名前が『輪廻崩壊』。絶対最強の魔法である。
とまあ、こんな具合にぶっ飛んだ魔法なのだが、ポイントは『輪廻の輪を壊した』という事だ。
大体の世界において魂の絶対量という物は決まっている。人間が多くなれば他の生物の数が少なくなり、逆に人間が減れば他の動物などが多くなる。
そして、魂を一定量に保つことができるのは、輪廻の輪のおかげだ。輪廻の輪は一言でいうなら『転生システム』の事だ。
死んだ生物の魂は肉体から離れると、輪廻の輪へ帰る。そして、輪廻の輪が次の体を与える。これが世界において生物が産まれるメカニズムだ。
そして、輪廻の輪が壊れると、魂は転生ができずに朽ち果てる。
ではなぜ、レムナットで生活しており、輪廻の輪が壊れたにもかかわらずレナ達の魂はこの世界で肉体を得ているのか。それは、カミュラが保護したからだ。
あの時、カミールはレムナットの他の神に嵌められ、行方不明になっていた。そこにカミールが作った生命体が一度に殺されたとなれば、それは大問題になるわけで、カミュラがレムナットの神に悟られぬようにカミールが作った魂を回収したのだ。
しかし、普通の神にはそんなことはできない。神が作った魂は、基本的にはその本人しかかかわることはできないからだ。
ならばなぜカミュラはカミールが作った魂を回収し、カミュラの世界の輪廻の輪に加え、転生させることができたのか。
それはカミュラがカミールの実の姉だったからだ。
二人は姉妹だったため存在そのものが似通っており、そのためカミュラはカミールが作った魂に干渉できた。
そして、椎名がカミュラの世界に呼び出されたのも必然と言えた。
椎名はカミールの力をそのまま受け継いだので、少しだが存在がカミールと一緒になっている。
そして、まったく無関係の人間より、椎名のような人間を呼ぶ方が楽なのだ。
まあ、カミュラが知っている限り一番強く、差別をしない人間が椎名だったという事もあるが。
とにかく、そのため椎名はカミュラに三つ貸しがあったのだった。まあ、今一つ減ったが。
「これはもう少し予定を早めないといけないかもですね。」
カミュラは優しく笑うと、書類との格闘を再開したのだった。