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“Galactic ILLUSION” (銀河幻想) The ORPHAN Ⅲ  作者: 現王園レイ
◆Lyric 001  招待者の名は
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008   呼ばれる者


 サンド・ルーヴェと言う惑星は、皇帝養成学校の異名をとる、帝政共同体の最高学府(エリート)「インペリアル・アカデミー」が拠点とする星である。

 皇帝養成学校、と言われるようになったのは、歴代皇帝の多くがこのアカデミー出身であった事に由来している。

 このアカデミーは特に何の制限も無く自由に入学できる学校であり、“善悪は別として”ありとあらゆる全ての学問が修められ、頑固なほど現場主義の自由な校風を旨としている、とされる。

 だから、学生と呼ばれる人々は年齢も貧富も関係なく勉学に励み、研究を行い、起業もするし、それを目当ての企業が現地にコーディネーターも置き、はたまたわざわざアルバイトをして苦学もし、今までの研究を放り出して政治家の秘書や、王侯貴族の執事、民生議会の議員、傭兵、娼婦、星間自治連合へ鞍替え、思わず人生を踏み外したなど、何でもアリの世界である。

 ―――それから時々、「ギャラクシアン・グループ」が人材を送り込む、と言った噂も無きにしも非ず。

 この辺が実に曲者と言う独断と偏見を持って、しかと覚えておかねばならないだろう。

 こうして多くの世界に多くの人材を輩出してきたから、当然、政治的な力もけして小さくは無い。だが、小さくは無いと言っても、帝政共同体では「もう一つの権力」と呼ばれる「教育権」というものが存在し、一応は法務院の管轄下である形をとってはいるが、皇帝の大権とは別の意味で既に政治力以上の権限を持っている。

 このように帝政は「三権」のほかに「大権」と「教育権」があるのだ。

 さて、その日彼らは、農作物の収穫に農業区へ行っていた。

 トウモロコシ、と言う植物なのだが、初めて手をつけたものだったので、荒地を改良するところから始めた、イチから自分達で資料を漁って苦慮した上の、喜びの“秋の収穫”になるはずだった。

 機械を使わずに手作業で苦労をする。

 長靴を履き手袋をつけてメリメリを実の付いた長細いのを、太い茎から引っぺがした。「あとで焼いたり、茹でたりして食べてみよう」と愉しみにしながら。

 美しい淡い黄金色の実がこぼれそうに一直線に並んでいる様は、なかなか自分でも嬉しく、夢中になった。だから、畑の端に小型の連絡艇が着陸した事には気付きもしなかった。

「――おい、呼んでるぞ」

 フイに後ろから声を掛けられて、ビックリして振り返る。

「……なに?」

「連絡艇が来てるんだけど、何だか緊急の用事だって―――学長が」

「えっ? 学長?」

 それは少し困った。

 学長には会った事が無いし、見たことも無いからだ。

「……なんか、やらかした?」

「自分の事を他人に聞くなよ」

 ああ、そうか、そう言いながら、ちょっと行ってくる、と場を離れた。

 トウモロコシの林を抜けて連絡艇に近寄ると、多分アカデミーの職員だろう男が二人、待機していた。

「すみません。お待たせしま――」

 声をかける間も無く二人に「早く早く」と急かされる。

 後部座席に乗り込むと、間をおかず連絡艇は上昇して来た方向へと戻った。アカデミーの本部へと飛行する間、ずっと(チューブ・トレインの方が良いんだけどな)と幾度も思ったが、それは口にしないよう努力しながら。

「――今すぐ首都星ルエラに向かって下さい」

 アカデミー本部の学長室に、泥だらけの長靴を履きトウモロコシの毛がくっついた手袋を持ったまま、初めて会った学長の開口一番に用事を言いつけられた。初めましての挨拶も無しにだ。

「……今すぐって言うのは、今すぐですか?」

 仕方が無いからオウム返しにだってなる。

「その通りです。超高速艇の席も指定されてありますので、それでルエラに、いま、すぐ」

 有無を言わさない雰囲気である。

「質問は」

「少しだけなら許可します」

「誰が、何の用事で、何故、私が」

 上品な紳士風情の学長は、せわしなく答える。

「質問が多すぎます。貴女をルエラに寄越すように仰られた方の名は明かせません。その依頼内容も言えません。とにかく貴女を指定の場所へと、そういうことです」

「……私の意思は」

「反映されません」

 そんな強引な!

 普通なら反発もしようが、おおらかな(?)性格は、特に青少年にありがちな刺々しさを現すことは無かった。

 何となく、素直に言う事を聞いてしまった。

 そして学長は、荷物をまとめに行こうとする背中に、「ルエラで皇宮こうぐう行きのシャトルに乗り換えるんですよ」と投げた。


「――あれがルエラですね?」

 その惑星に向かう便の船で、カロルシアは心なしか楽しそうに隣席の男に言った。

「そう。行ったことはないのかね」

 タンザナイトの光を湛えたプラチナの瞳と、グレイッシュブルーの長い髪をした若い女性に話しかけられて、断る理由もなく中年のラフな格好をした男が答えた。

 まだ記念メダルのような大きさにしか見えない星を、目ざとく指差す。

「小さい頃に住んでたことはあるのですが、あまり記憶がないのです」

「どちらから?」

「サンド・ルーヴェからです」

「もしかしてインペリアル・アカデミーの学生さん?」

「ええ。あまり勉強できませんけど」

 屈託なく彼女は笑った。

「それは凄い。在籍してるだけで羨望(せんぼう)(まと)だ」

「周りの人たちは凄いんですよ――」

 彼の興味は先程より少しそそられてきたようだった。

「私のように行きたくても行けないものもいるんですよ。ルエラにはどうして?」

「…懐かしい人たちに会えるんです。とても久しぶりに」

 惑星ルエラは船のスピードに比例して、驚くほど大きさを増してきた。

 気が急く乗客が降りる準備をするのをわかっているように、注意を促す船内放送が流れる。

「私は仕事でしてね」

 男は質問を止めて自分のことを話す。

「エンジニアをやってるんですけど、本社命令でルエラに」

「出張ですか」

「長期ですよ。家族が私のことを忘れなければいいが」

 さて、と男も下船の準備を始めた。

 既にルエラは足元に見えていた。

「あなたも乗換え(トランジット)を?」

「そうしなきゃ行けないみたいで」

 船はルエラに直接降下せず、上空に浮かぶステーションに接岸する。

 じゃ、とカロルシアは短い旅の友と別れてステップを降りた。

『お足元にご注意ください――ルエラにようこそ』

 ざわめくステーション館内を、カロルシアは乗り換えるべき便の方向へ歩く。

 途中、行き方が判りにくかったようでステーションの職員に尋ねた。

「0番ゲートはどちらに?」

 カウンターでハッと顔を上げた職員は、カロルシアの顔を見てわずかに首を傾げたが、すぐに方向を指し示した。

「0番ゲートは専用のエレベータがございます。そちらの通路を奥に行きますと、エレベータ行きのスライド・ウェイがありますので――」

 最後までは聞かずに、彼女は歩き出した。

「――0番だなんて…ホントに特別なんだな…」

 専用エレベータを降下しながら、下層を眺めた。

 到着したゲートには窓越しに、乗客数には不釣合いな大きさのシャトルが待機している。

「カロルシア・デッサーです。今日、この船に乗船予定なのですが」

 ロビーに立つ警備兵を気にしながら、通常のゲートより重々しい雰囲気に緊張した。

「――ご予約は承っております。どうぞ」

 彼女のIDクリスタルを照会して、パーサーは笑顔を返した。

「ありがとう」

 通路から船内まで警備兵の間を縫って、作りとしては少々豪華な席につく。

(厳重だ…すごいな)

 彼女に挨拶をして脇を通り過ぎたパイロットまでが、何となく威厳に満ちているのは気のせいだろうか?

 暫くして揺れもなく静かにシャトルは発進した。

 このように厳重な警戒態勢が敷かれている、0番ゲートから出たいかにも専用的な特別機が向かう先は、皇宮アクアパレスである。

 一般人は直接皇宮(アクアパレス)に入ることはできないために面倒な手順を踏むのだが、そのようなところに何故カロルシアが呼ばれたか、はっきりした理由は判らなかった。

 間も無く巨大な浮遊物にシャトルは滑り込み、丁重な出迎えを受けてカロルシアはようやく到着したのである。

「ようこそ皇宮アクアパレスへ――お待ちしておりましたカロルシア様」

「荷物は我々がお持ちします」

「リニアのご用意がございます。こちらへ」

 またもや警備兵が連なり、彼女は肩をすくめて嘆息した。

 出迎えの人々も世俗的ではない雰囲気を持つ。逃げる気はないが、逃げようにも足が勝手に金縛りで動かなそうな、重厚な雰囲気だった。

「あの…これから…?」

 のしかかりそうな空気の中、彼らに自分の行く末を尋ねる。

「このご滞在で使われます部屋にご案内致します。なにか不都合がございましたら申し付け下さいませ」

 皇帝と帝政の機密を閉じ込めた、この皇宮は勝手に出歩けないと言う事だ。

「………どうも」

 カロルシアには、それしか言えなかった。

 質問しようにも質問の内容が思い浮かばなかったし、必要も無さそうだったからだ。

 リニアに乗り換えて、皇宮内を走る。

「明日でございますが、“シェーデの間”へお連れするように仰せつかってございます。その理由について私どもは詳細を知らされておりません」

 まるで口を慎め、と言われたようだった。

「………」

 皇宮アクアパレス)は広い。

 都市一つをを外殻で覆ったような構造をしているので、空や宇宙が見えない事を除けば、充分に都市としての機能を果たしており、キシュトワルとは様相を異にする「もう一つの首都」である。

 リニアはカロルシアの耳元に風の音だけを立てて、そのスピードを(ゆる)め、止まった。

 一人が荷を持ち、一人がカロルシアより先に降りる。

 豪華なホテルになりそうなホールだ。それ相応の人物がここに来るのだろうが、彼女には身分不相応な感じで気が引ける。

 ホールを抜けてカツカツと歩くと、そのうちの一部屋前に歩を止めた。

 すでに警備兵がドア前で任務に着いており、確認を取ると彼らがドアを開いてくれる。

 天井高く内装豪華で、「住む」としても充分な設備を整えていた。

「ここにお荷物を。連絡はこの案内ロボットに。――それから申し訳ありませんが、この部屋から外出は禁じられております。ご諒承くださいませ」

 なんだか一方的に押し付けて、カロルシアを一人にしてしまった。

 と言うか――外出を禁止されても申し分ない広さだし、充分に探検を楽しめそうだし、案内ロボットも監視役だろうし、ちょっと自分も色々と考えを整理したいし……。

 ちょっと立ち尽くして小首を傾げていたが、長距離移動の疲れを覚えて傍らの荷台に腰を下ろした。

(アカデミーの学長に呼ばれて、往復のチケットを寄越して、ええと、なんだっけ、そう、急いで荷物まとめて超高速船に乗ったのはいいけど………)

 思い出すにも手間取るくらい、何が何だか分からないうちに急な話だったようだ。

(だいたい…皇宮に来る理由って何だろう?)

 ひょいと立って、奥の部屋へと足を進める。

 重いカーテンを持ち上げると、今来た宇宙の景色が眼前に広がっていた。

「ああ、そうか……」

 独り納得する。

 こんなに自分が落ち着いてるのは、違和感が無いせいだ。

 ここに流れている空気は、随分前から知ってる気がする。

(普通なら萎縮してしまう場所なのだけど………この馴染みよう、なんだか変だな…)

 そんな自分のおかしさに、笑いがこみ上げた。

 まいったなぁ。なんだろコレ。住み慣れてるよ。

 そして唐突に思い出す。

(グランスも、ここに居るんだ…)

 数年に一度とか、年に数度しか会わない人物であるが、どうしてか父よりも身近な存在である。

 それに何故か、ミナヅキ兄妹とグランスと自分との組合せによる団欒が、いつも思い出の中にあるのだ。その遠くに、いつも何かの影が見えていた気もするのだが……。

 その思い出に浸りたくなった。が、食事メニューを聞いてくる案内ロボットの音声に、現実に引き戻されるのだった。

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