006 [TAKE 3] 蠢動
グランス・タスカーは今年で四十一歳になる、ルードニース帝のIMSである。
太祖ユーデリウス大公の腹心であるグランス・ラング=ライと奇しくも同じ名前を戴き、同様の立場にもあるわけだが、やはりそこは時代が違うだけ事情が少々異なる。
現皇帝ルードニースの前のカイル公在位時より、次期皇帝の呼び名が高かった人物である。しかしギャラクシアンが選定したのはルードニースであった。
本人にはそのような野心も欲望も無かったが、皮肉にも大衆が持ち上げた勝手な人望は、彼の評判を幾分落とすのに役立ってしまった。
結局ルードニースのIMSという身分に収まったものの、同期のIMSに決まっていたヨーイン・アレクラの亡命騒ぎが、一部の政治家たち政治活動のためグランスの忠誠心を疑い利用しようとする。――これは「大気圏に突入し燃え尽きたチリ以下の話」とギャラクシアンの一笑に掻き消えたと言われる。
幸い、彼はくだらぬ世間話に煽られるような男ではなかった。それがIMSたる職務に在る者であり、IMSとしての仕事をこなし、ルードニースをよく補佐した。
今更ながら、こうしてみれば彼は、皇帝と言う地位ではそのキャラクターを発揮できないと言うのが良く理解できる。俗世っぽく簡単に言えば「器ではない」のだ。
「――……カロルシアが、か?」
帝政共同体首都星ルエラ中央都市キシュトワル上空、太目の眉の下に温和そうな瞳に藍の色を浮かべて、彼は久しぶりにレイゼンと会っていた。
IMSの制服では目立ちすぎるので、通常の帝政軍の簡易制服を着用している。そうすると少し貫禄のついた下士官のようにも見えるから、人とは不思議なものだ。―――ただし、近衛府の護衛つきで。
向かって座ろうとした青年は、知性を湛えたやや冷たい横顔で相槌をうった。
薄茶色の髪と瞳が、凍ったような美しい旋律で人格を醸し出す。
「先程サンド・ルーヴェから…もうすぐ到着するでしょう」
「陛下はまだ退位を示しておられないが――ありうるか、レイゼン」
レイゼンと呼ばれた青年は、そうですね、と同意する。
「皇宮が少し騒がしい。間違いないだろう」
「そのように見られますか」
「いかにせよ、私は久しぶりにカロルシアに会えるのは確実かな?」
グランスは和やかに笑う。
「と言うより、会ってやっていただきたいという感じです」レイゼンも苦笑を返した。「大事な友人ですから」
「幾つだった」
「二十…もうすぐ五……になるはずです」
「もう、そんなになるか」
「はい。私の妹ユウキが彼女とはアカデミーで同期でした」
「長い付き合いだな。…お前とも」
レイゼンは恐縮した。
何故か彼らはだいぶ昔、と言うよりレイゼンやカロルシアが幼い頃より交友があった。
カロルシアの場合は、『商談に行った筈の官庁でスカウトされた外交官である』父親が広い人脈で知己を得ていたことによる。しかしレイゼン兄妹は何故かギャラクシアンの紹介であった。
どのような巡り会わせか、そして彼らはアカデミーで知り合い、今に至る。
理知的な鋭さを隠さない端正な顔立ちの青年は、グランスを見つめ返した。
「どうかなさいましたか」
「――ギャラクシアンが……彼らがもたらすものは理解できないな」
カロルシアでさえ、ギャラクシアンの差し金ではないかと思えるのだ。
「ギャラクシアンに非があるかどうかは、私たちには判断できません。しかし彼らはユーデリウスとルイーザの言下により指南するのは、間違いない事実です」
「…ユーデリウスの操り人形、と言うのだそうだ」
ギャラクシアン――
枢密院ギャラクシアン・グループ。刻の狭間に見え隠れして形造る者たち。
遠くそれはルイーザと言う偉大な予見者による集団であり、ファウンダー・ユーデリウスの遺志を紡ぐ者たちでもある。
『ユーデリウスの操り人形』とは、星間自治連合が帝政人を卑下していう言葉だ。
自らの意思によらず、ユーデリウスの亡霊の呪いのままに運命を定められていると、彼らは笑う。事実だが、真実ではないと反論するものもいるが、いずれか彼らの知らぬ未来で答えは出されるであろう。
「言わせて置けばよいのです。帝政が嫌になったら連合でも何処でも行けば良いでしょう。そのような自由であれば、人は選択の余地があると思うのですが」
「正論だ。まったく――」
額に掛かってきた黒めの髪を撫で上げると、気を取り直したように話題を変える。
「レイゼン」
「はい」
「『D.O.』のクロイカント・オライリーとは」
「………先月、会いました」
「ヨーインの部下と聞いている」
「その話ですが、『D.O.』の独立は本物のようです。三年前にヨーインが連合評議会をはじめとする、表舞台から見かけなくなった折に、『D.O.』主席幹部にクロイカントを指名しています」
「自分は院政を敷くつもり……いや、院政もどうかな…評議会が議員籍を剥奪するのも近いのか…」
「クロイカントも実権の半分は有すると見ていますが、このままですと国がもう一つできることになります」
「自治区ではないと言うか……連合からの分制はうまくいかないということだな。―――派手目な事態が起こる可能性は」
「対帝政への意思表明のために、独立戦争はやっておくべきだと、そんなニュアンスでしたが」
グランスは嘆息した。
「間違いでなければ陛下の交代にぶつかるかな。最悪、緊急動議で非常事態体制宣言が採択されなければ良いが、そんな事も杞憂と思うしかあるまい。面倒な時期にやってくれる」
「陛下にはご報告に」
「いや、ギャラクシアンも掴んでいるだろうから、我々は静観したほうが良さそうだ。必要なら下命がある」
「御意」
「――そろそろ戻るとする。ありがとう」
「……いえ、私のほうこそ時間を取って頂いて……どうしても直接、と思いましたから」
立ち上がったグランスに、レイゼンは軽く頭を下げた。
その眼下には首都星ルエラの青い姿が広がり、けして広いとはいえない室内を仄かに照らし出していた。
そして、やはり一番気にかかる事を再度口にした。
「カロルシアには、いつ」
「彼女が呼び出された理由の片がついたらにしよう。逃げないように捕まえておいてくれ」
「お願いします」
グランスの背がドアの向こうに消えたのを見届けて、レイゼン――水無月冷泉――は一人静かに考えている風に佇んだ。
手元のデータディスクを一本、取り出して内容照会をする。
暗がりにレイゼンの顔を照らして、画面だけが明るく動作した。
「ギャラクシアンに間違いは無い……か?」
彼の疑問を増幅させる幾つかのファイルがスライドする。
(後世の人間には面白い読み物になるだろうが――当面、我々には厳しい現実に変わりは無い)
ただし、彼も「より深い渦中」に入ろうとは思わなかったはずだ。