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“Galactic ILLUSION” (銀河幻想) The ORPHAN Ⅲ  作者: 現王園レイ
◆Lyric 001  招待者の名は
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005   [TAKE 2] 存在せぬ白昼夢

 “ズズ……ン……!”

 

 激しい衝撃と共に、天地不明のまま何処かに叩きつけられた。

 痛みで声も出ないくらいだった。

 艦内のアラームが酷く大げさに聞こえる、と思った途端に周囲の他の音も容赦(ようしゃ)なく耳に飛び込んできた。

 何かが混乱を来たしている。

 だが、何が起こったのか分からない。

 口元を歪め、固く閉ざしていた(まぶた)を痛みを(こら)えながら開いた。

 眼前は白く(かす)んでいたが、それはすぐに煙が充満しているせいだと判断できた。

 そういう「場」によくある、怒号と悲鳴が飛び交う。入り乱れる足音。

 床か、壁か、打ち付けられた背中の痛みを知る。少し、頭痛もする。

 “背中か……”

 周囲の喧騒(けんそう)をよそに、奇妙な冷静さで考えていた。

 “どうしたんだ……”

 それからようやく、騒々しさの原因について思考を巡らせた。

「大丈夫でありますか?」

 そっと胸の上に手を置かれた軽い圧感に、視線を向ける。

 その先にいる男は、ホッとした表情をした。

 しかし、彼の着衣を見て、突然思い出した。

 “一瞬だ……記憶が飛んでいる……!”

 ままならない身体をどうにか起こして、彼に訊ねた。

「艦が被弾しました」

 ちょうど、その現場に居合わせて吹っ飛んだのだ。この騒ぎと、自分の背中の痛みはそのせいだった。

 “旗艦が被弾……?”

 艦隊の収拾が心配だ。しかし、それよりも自分の傍らには「もう一人」が居たはずだった。

 酷く気にかかる。

 それだけ、身近で重要な人物なのだ。

 排煙装置が壊れそうなほどに稼動している。

 “……何処に…?”

 明瞭な視界になっていく光景の中、目を凝らしてその姿を探す。

 さっきまで、自分のそばに。

「向こうにおられるようです」

 援け起こしてくれた彼が、強張(こわば)った表情で戻ってくると、肩を貸してくれた。

 打ち身だけで済んだ様だが、メリメリと背中が悲鳴を上げる。

 あちらに、と歩を進める先には、たった今まで自分と話をしていた人物が床に横たわっているのが見えた。

 “良かった……”

 摂り合えず、隔壁の作動が正常で艦外に吸い出されることも無かったのは幸いだ。

 しかし、その安堵(あんど)は狼狽に変わる。

 その横たわった身体の下には、まるで新品の絨毯(じゅうたん)を敷いたかのように、鮮やかな色が広がっていたからだ。

 “………!”

 自分が蒼ざめていくのが分かる。

 呼吸までが麻痺する。

 “……将軍ッ!”

 理性が切れかけた。

 そんな事があるはずがない!

 支えて貰っていた肩を振り払うと、急ぎ足で将軍の(もと)に参じた。

 “将軍!……将軍!”

 自分には有り得ない(てい)で叫ぶ。

 足元が滑り、白い手袋が鮮血に染まるのも構わずに。

 どうあっても、この人は、この方は、私が護らねばならないのに!

 どうしたのです!

 なぜ、いま、このようなことが!

 自分の人生で、一番恐ろしい事が起きていた。

 “あなたが居なければ、陛下(サイアー)はどうされるのです!”

 明らかに、どうしてか明らかに致命傷に見える。

 ――だから何なのだと?

 ――傷は関係ない。

 ――この流れる血も関係ない。

 

 ―――ただ、あなたは生きているはずなのだ。

 

 ―――生きて

 

 ―――陛下(サイアー)

 

 ―――私は、あなた達のために―――!

 

 

「――応急処置を致します」

 動揺で乱れた息のまま、自分は振り返った。

 軍医が物哀しい表情で治療器具を携え、返事も待たずに処置を始める。

 “……どうなのだ…?彼はどうなるのだ?”

 軍医に投げかけた質問が、口に出ているのかは判らなかった。

 任務を黙々と遂行する軍医は、少し間を置いてから視線を上げて言った。

「予断を許さない状況です。“レイゼン中将”」

 

 ―――レイゼン?

 

 呼ばれて戸惑う。

 その名―――その名は……

 違う―――

 俺は―――

 

 

 

 

 ふいに女の声がした。それで彼は自分が我を忘れたように画像に見入っていたのに気がつく。

(―――なんだ……白昼夢……)

 リアルすぎるほどな明晰夢だったのに、もう何かが思いだせない。

 ただ妙に……胸が苦しい……。

 しかし、あれは自分ではない。

 そんな意識だけが残っている。

「何を見てるの………」知ってか知らずか、女は耳元で囁いた。

「………ごらん。新しい皇帝が即位したそうだ。若いな…」

「ヤダ、消してよ。そんなつまらないの」

 男が二次元画像(モニター)ばかり見ているからであろう、退屈していた女は細い指を伸ばして画像を消そうとする。その手を制して男は穏やかに彼女を(さと)した。

「たまにはお隣さんの勉強もしたらいい」

 そこで初めて女は顔を上げてその画像を視界にとらえた。

「――フフ……随分偉くなって」

「君ほどじゃないだろう」

「父様とオライリーがいての、あたしよ。――ね、感想聞かせて」

「何のだ?」

「あの子は皇帝職に就くに、ふさわしいのかしら?」

「君も帝政籍を持っていたら、崇めなくてはならないだろうさ」

「お飾りにするには勿体無いと思ってるでしょ」

「玉座が彼女の焔で燃えている。と言ってみる。違うかサスターシ」

「――悪くないわオライリー。ねぇ、きっとそれが正しい」

 女は含み笑いをすると、オライリーと呼んだ男の背後から絡めていた腕を解いた。

「………それに、いい女だと言ったら?」

 男は、すり抜けようとする手首を捕まえて女を横に見上げる。

「“マイアランデ”があなたを愛する保証は無いのよ」

 その手を振り払うと、サスターシは艶のある微笑で見下ろした。

「しかし私は愛してる」

 負けず嫌いのように一人ごちて、男はモニターに視線を戻した。

「わがままの虫が始まった。欲しいなら好きにしなさいな……祝電を送りたいわ。どうかしら、レイゼンでも通して」

「両国の関係を壊したくないのなら、彼とのあからさまな付き合いは控えてくれ。それに彼は陛下の世話係になった多忙な身だ。第一、姉がいるなんてトンデモない話じゃないか」

「ああ――。残念。レイゼンまで取られたわ。あたしって可哀想な女。いい男には振られてばっかり。何か飲みたいわ。貰うわね」

 隣室に消えていく後姿に、ここは君の家かと思ってたよ、と言うとモニターの画面を切り替える。“呼び出し中”の字が点滅していたからだ。

 すぐに初老の男が向き直るように現れた。

『見たか?』

 開口一番、男より初老の男が先に質問してきた。

「ええ。感動生中継、素晴らしいショーでしたよ。ご覧になってましたね、ヨーイン」

『当然だ。君が豪華さだけに目を捉われる男とは思えんが』

「買い被りかもしれません」多少の謙遜の後すぐに「クラオン帝は思う以上の人物かと」

『それだけか』

「感動を超えたものがあります。言葉にはし難いですね」

『だろうな。一応IMSのリストも目を通してみたが、ユーニスとセルディンが入っていた。それと治療者(ヒーラー)も前例の無い二名もの数がいる。『D.O.(ディーオ)』はこの状況を把握していたのか? まったくギャラクシアンは―――』

 ヨーインは顔をしかめた。

「レイゼンがIMSになったのは不思議ではありませんね。彼女を補ってあまるような人物は彼以外に無いのでしょうが、タスカー氏こそが虚をつかれた人事―――」

 タスカーの名前をわざと出して、ヨーインの反応を見る。

 しかし相手は眉一つ動かさず、男を見ている。

『彼には彼なりの任務がある――何か?』

「いいえ。あなたの反応を見たかっただけですよ。それより、新しい皇帝陛下にご挨拶がしたい。謁見パーティに潜り込めますか?特別に高速艇を出してください」

『帝政とは絶縁しているわけではないから可能だろう。誰が出るのだ?』

「私が」

『クロイカントも御披露目とするか。手配させる。しかし帝政で今は『D.O.(ディーオ)』は名乗られん。星間自治連合の肩書きを用意しよう……皇帝とIMSメンバーのプロファイルを監視委員会で欲しがっている。私の手元には既にあるが、先にお前も目を通したほうがよいだろう。それから、『D.O.(ディーオ)』幹部会は中止する』

「他国の人事データは、発表後に入手するものですよ」

『なに、構わんよ。―――サスターシにデータ取りをするから研究室に行くよう云ってくれ。私に苦情が来ている』

「彼女が仕事を怠けているのは親の責任です――じゃ」

 クロイカントは絹糸のような金髪を手櫛で整えて、無下むげにスイッチを切った。

 彼はそういう男だ。

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