過去。現在に至るまで 10
俺達が辿り着くと、先程電話をしてくれたであろう人物、安斎さんが病院の入り口で出迎えてくれた。
ここに着く直前に連絡を入れて、待ってもらっていたのだ。
『アンタが息子さん?そっちの2人は?』
『妹です。それで翡翠さん……母は無事なのでしょうか?』
『命に別状はないみたい。でも、過労で倒れたから、当分は絶対に安静にしとかないといけないって』
『そうですか……安斎さん、母に代わって礼を言わせて下さい。本当に有り難う御座いました!』
『いいのよ。困ったときはお互い様なんだから。アタシのことはイイから、早くお母さんトコに行ってやんな。北棟の206号室にいるわ』
『有り難う御座います!!』
『『おばちゃん、有り難う!!』』
俺達はそれぞれ安斎さんに礼を述べ、走ってはいけないと分かっているが、早足で北棟の206号室に向かった。
『翡翠さん!!』
『『お母さん!!』』
206号室に辿り着いた俺達は、扉を開くと同時に彼女を呼んだ。
『しぃー!!病室では静かに!』
そして、次の瞬間には居合わせていた看護婦さんに叱られてしまった。
『すみません……それで母の容体は?』
ベッドに横たわり点滴を受けている翡翠さんを見て、看護婦さんに聞く。
『今は眠っているだけよ。軽い過労で倒れただけだから、2~3日もすれば大丈夫』
『『『良かった……』』』
それを聞いて、俺達はホッと胸を撫で下ろす。
『ただ、同じ様な生活状況が続くなら、またいつか必ず倒れるとだけ言っておくわ。それだけは注意しておいて下さい』
『分かりました』
『それでは、私はこれで。面会時間は8時までですから、それまでゆっくりしていって下さい』
(『同じ様な生活状況が続くなら、またいつか必ず倒れる』か……)
今年で俺は高校生。
妹達は小学5学生になる。
恐らく、ここから先はこれまでの比じゃないくらい忙しくなる。
(そうなったら、翡翠さんは……下手をすれば死んでしまう)
家族を守る為、倒れるまで仕事を頑張り続けた母親。
彼女を責めることなど誰が出来よう。
少なくとも、俺はここまで自分たちを思ってくれるこの人の気持ちを誇りに思う。
が、同時に申し訳ない気持ちもいっぱいだ。
今度、また翡翠さんが倒れるようなことになれば、ウチは事実上の崩壊を迎えることだろう。
それは容易に予想できた。
病室のベッドに横たわり眠る翡翠さんの顔と、母が無事だと分かり、安心して眠くなったのだろう……
双子の姉妹は自分の膝の上に頭を乗せて、健やかな寝息を立てて眠っている。
3の寝顔を見据え……
彼女たちを、自分の家族を絶対に失いたくない。
俺はそう思った。
だから、俺は誓った。
絶対にこの人達を守り抜いてみせる。
崩壊などさせはしないと。
翡翠さんが倒れた今、この人達を支えられるのは自分しかいない。
この決意と行動によって、俺は翡翠さんには怒られるかもしれない。
いや、間違いなく怒られるだろう。
でも、俺はもう決めたのだ。
今まで俺達の日常を守り抜いてきた母。
今度は、俺の番だ。
俺はもうそれができる年齢になったのだから。
俺は、未来よりも翡翠さんと妹達の今を守りたい。
何よりも強くそう思った。




