過去。現在に至るまで 9
もう少し上げてきます。
『はい。小日向と紫藤です』
俺がその電話に出ると、
『アンタ、小日向さんのトコの息子さんかい!?』
電話に出ると慌てた様子の壮年の女性の声が響いた。
『はい。そうです。ヒス……母に何か?』
いつもの癖でつい『翡翠さん』と言いそうになり、言い留まる。
『何かもクソもないよ!小日向さん、突然倒れちゃったのよ!!』
『!!』
それを聞いて、俺の息は止まりそうになる。
が、なんとか踏みとどまる。
『落ち着いて、状況を詳しく教えてください。今、母はどうなっているのですか?』
今、意識を手放している場合ではない。
現状を的確に把握しなければ、と己に言い聞かせ、努めて冷静であるよう心掛ける。
『救急車呼んで、湯浅総合病院に運ばれてるトコロよ!アタシも付き添いで乗ってるんだけど……』
『湯浅総合病院ですね。失礼ですが、貴女のお名前と電話番号を窺っても構いませんか?』
『アタシはカラオケボックス『ヘヴンレイブン』の時間帯責任者の安斎。電話番号は……』
『有り難う御座います。スグに向かいます』
俺は、電話を切るとダッシュで玄関に向かう。
『ただいまー』
玄関の前に着いた時、丁度妹達が帰ってきた。
『兄さん、そんなに慌ててどうしたの?』
俺の様子を見て、只事ではない何かがあったのを察したのだろう。
上の妹、千隼が聞いてくる。
無論、俺は伝えるべきか迷った。
が、この場合、後になって心配させる方が悪いと判断した。
『2人共、落ち着いて聞いてくれ。翡翠さんがバイト先で倒れた』
『『え……?』』
『近くの総合病院に搬送されているみたいだから、俺は行ってくる。2人は家で待ってて!』
そう言って、玄関から飛び出そうとしたが、
『『待って!!私達も行く!!』』
小学生の妹達の真剣な声に止められる。
どうやら表情を見るからに決意は固いようだ。
『分かった……俺はタクシーを呼んでおくから、それまでに翡翠さんの着替えとか、保険証を準備しといてくれ』
『『分かった!!』』
2人は一言答えると、急いで行動に取り掛かる。
彼女らおかげで少し頭が冷えた。
冷静でいようとしても、家族の危機を前に頭が回っていないのに気付かされた。
(保険証もなしに病院行ってどうするつもりだったんだ、俺は)
軽く自己嫌悪に陥りながらも、俺は電話を手に取りタクシーを手配する。
(翡翠さん、どうか無事でいてくれ!)
それだけを切に願いながら。
前章が長いですがお付き合いください。




