姫to精霊
今、俺とカイはアクアスの城を見上げている
そこはもはや城としての体裁はなく、かなりの損傷が見て取れる
屋根は燃え落ち、壁の所々には黒く焼けたあとが残っている
城の中庭に行くと、かなりの数の木で組んだだけの墓碑
一体なにがあったのかは知る人に聞かなければ、今はもう分からない
城内のいたる場所には未だに白骨化した遺体が転がっていて、壁面には血のあとが残されていた
「こりゃあひでーな、しかも装備とか全部剥ぎ取られてるじゃねぇかよ」
「物取りが入ったんじゃあないの?ほんとに誰も居ないね」
「でも……気配はすんだよな、何かの」
「するね。あ、シュウ、あそこだ、ベランダの所」
見れば最上階にほど近い部屋のベランダに1人の女の子が立って外を眺めている
「よっ!お嬢ちゃん。こんな所で何やってんの?」
「シュウ、この子は」
俺はカイに、分かってると目を合わせ手をヒラヒラと振る
「な、それで何してんだ?」
「・・・・・空、見てた」
「楽しいのか?」
首をふるふると振った
彼女の眼球のある場所は黒く陥没している
何も無い
そんなことはお構い無しに、俺は話を続ける
「いつから見てたんだ?1人は寂しいだろ?」
「もう・・・忘れちゃった」
「ところでさ、俺達この街にかけられた呪いの元凶さがしてるんだけど何か知らないか?」
女の子は、俺の方をくるりと向いて無いはずの瞳と目が合う
そして
「竜・・・人?」
そんな事を言った。魂だけの彼女には、俺達の魂そのものが見えているのかもしれない
「ああ、そうかもしれないな」
俺は女の子の頭を、ぽんっと優しく撫でた
女の子は少し驚いて
「わかった……着いてきて」
そう言って、城の中へ入っていく
廊下を抜けて寝室らしき部屋に入っていくと
そこには小さなドクロが一つ
「カイ」
「うん、かなり禍々しい力を感じるね。ここが呪いの中心だよ」
ー聖域ー
浄化の魔法だ
カイの唱えた魔法はこの広い国を覆う
空を、大地を
一瞬、眩しい光が世界が呪いの国を輝かせた
その光の中心だったドクロは灰となり崩れ去った
「これでいいんだろ?」
俺はさっきまでいた女の子に、もう消えてしまった女の子に言った…
孤児院ー
「そうですか・・・それが本当ならばティナ姫様ですね」
「ティナ姫?」
「最初に狂ったとされている姫様です。20年前、この国の城を中心に黒い闇が覆いました。そして皆狂った様に人を殺し始めたのです」
黒い闇か・・・
デーモンでもいたのかも知れない
「それがラインフォードの介入で、王家そのものを捉え罰しました。そして、それが一段落した時、城に入った兵士の1人が見たそうです。寝室に1人生存して居たティナ姫を」
「なるほどな・・・」
「兵士は姫に襲いかかられ、やむ無く殺してしまったそうです。ただ、その兵士はラインフォード軍の上官に責任を取らされて処刑されてしまったそうですが」
あの女の子の、ティナ姫の悲しい顔がまだ脳裏に焼き付いていた
20年、彼女は一人ぼっちでこの呪われた国を見ていたのだろう
成仏すら出来ない呪いの中心として
肉体は朽ち果て、でも魂だけになってもこの国の呪いの礎とされずっと1人であの城に居たのだろう
「なあカイ、あの子ちゃんと成仏できたんだよな?」
「さあね……あの魔法は、呪いの基礎を破壊しただけだから」
神父が目を見開き
「いま、なんと?呪いの基礎を壊したと聞こえましたが!?」
「ああ、そうだよ?呪いの基礎を壊したんだ。だからアクアスの呪いはもうない。だけど、既に呪われて生まれてきた子供達はもうおそいから、それは個別に解呪しないとダメだけどね」
「にわかに…は、信じられませんが・・真実であればこの国はまた元通りに!」
呪いが解けた証拠は、ひと月後にあきらかになる
生まれた家畜や、野菜など
次々と正常なものになっていくからだ
だが、今日はまだ、確信は得ることができない
その日の夜、夢にあの女の子が出てきた
確かティナ姫ーだ
「お兄ちゃん、ありがとう!やっと寝れるよぉ」
「お?良かったなー」
「もーさいあくだった!なんか黒い悪魔にあたまを乗っ取られてたの」
「デーモンか・・。」
「あ、気をつけてね、あいつ今ラインフォードの宰相を乗っ取っているはずだよ!!私を犯して、殺したあの兵士!」
「え!?殺されたんじゃ無かったのかその兵士!」
「ううん、私見てたの!上官を殺しているとこ。それでラインフォードに帰って出世してたの。私、最近は見てなかったから分からないけど・・・あいつラインフォードも滅ぼすつもりだったみたい」
「あー・・・アイツか。もう倒した、滅ぼしたよ」
「え!?ほんと?じゃあ、ディアナちゃんも大丈夫なのかな?」
「大丈夫、元気だよ。ただ、王様と王妃は間に合わなかったけどな」
「そっかあ。じゃーディアナちゃんは大変だね」
「おいおい、お前も大変な目にあっただろうが」
「私はもう、終わってるからね」
そう言ってティナは笑う
ああ、悲しいなぁ…この子はずっと1人だった…
「ねえ、私、生まれ変わったら……今度は幸せになれるかなあ」
「なれるさ」
ティナはくるりと回ると、なれなかった大人の姿にかわる
きっと大人になればこうだろうと思う姿に
「大人に、なれるかな」
「なれるよ、祝福する」
「やっぱり、まだやりたい事たくさんあったなあ」
ティナは泣きながら
「友達も沢山できるかなあ」
彼女はーずっと、そう願っていた
俺は彼女の手を握ると
「君の来世に祝福を」
そう言って、力を込める
祝福を彼女に
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってお兄ちゃん」
「何?」
「ち、力がどんどん流れ込んでくるんですけどぉー!!」
「へっ?」
ティナは輝いて、弾けた
あれ?なんかやらかしたかな?ヤバい?でも夢だから大丈夫だろ?
俺はそのまま夢とも思えない夢の中で、眠っていった
お?顔が暖かい。いや?柔らかい?
幸せだなあー
目が覚めると、目の前に・・
生乳が
思わず揉んでみる
うむ、なかなか良いな!って誰だ!?
「んにゃ、お兄ちゃん・・・らめぇ・・・」
「見覚えのある顔?ついさっき夢でみていたような」
とりあえず、ベッドから降りて全裸の女性を確認する
物音をたてないように、ゆっくりと部屋を出てカイを探す
あ、いた!
「カイ、ちょっといいかな?」
「あ、おはようシュウどうしたの?」
「ちょっときてくんない?」
そう言ってカイを部屋まで連れてきた
ベッドに寝ている女性を見せて、昨夜見た夢を話す
すると
「あー・・・力を与えちゃったみたいだね」
「お、俺のせい?」
カイはこくりと頷く
「で、人間に見えるけど人間じゃないね……多分この世界では、ありえない存在として生まれたみたいだね」
「ありえない存在?」
「受肉した精霊だよ。彼女」
は?
そもそも精霊は受肉なんてしない
「出来るはずがない。のに、しているのなら、確かに有り得ない」
なるほどなるほど、よくわからんがとりあえず今出来る事はして置くか
「あ、彼女服着てないね。作っておくよ」
「ちょっとまー」
裸の彼女に輝く魔力が纏付き、服を形成していく
まるでドレスのそれはあの
「城で見たイメージでしといたよ」
そう言ってカイは
「さて、朝ごはん一人前増やさなきゃ」
部屋から出ていった
出来るやつだな……ほんとにだけど出来すぎるのも困りものだ!
いや、まだだ、まだいける!諦めるな!
裸じゃなくなってもまだ!揉むことは出来る!
俺は彼女の向かいに回ると
目が合った
「あ?おはようお兄ちゃん」
「いや、自分の体見てみろよ。お兄ちゃんって言われても違和感しかないわ」
彼女は理想の大人の姿のまま、そこに居た
すっかり綺麗なお姉さんだった
「さ、ご飯食べますか」
「カイは料理美味いなぁ」
孤児院での朝食だ
ライアが舌鼓を打つのも無理はない
どんな食材でも奇跡の味をたたき出すカイは
一番やりたかった事が料理だったらしい
それをずっと突き詰めている
「ほんと、おい、しい」
サーシャも感動中か
「これおいしぃー、城の料理人でもやっていけるんじゃないかなー」
ティナも高評価だ
ティナの紹介はなかなか難しかった
なんせ、有り得ないほどの魔力を持っているのだから
成長したティナは、小さなときの面影を残しているが、だれも本人だと思わないらしく
騒ぎにはならなかった。せいぜい新しい仲間が増えたって程度だ
食後の後片付けも終わり一息ついたころライアがやってきた
「シュウ、ちょっといいか?」
「ライアか、どした」
「師匠に会いに行こうと思うんだ。以前会いたいといっていたろう?」
おお。あの山にいるっていうライアとサーシャの師匠か
「よしいこう!カイもいくよな?」
「もちろん行くよ。ライアさん、準備ができたら教えてくれるかな?」
「ああ、もう何時でもいいよ。サーシャも準備できているしな」
山へはさほど遠くない
道にさえなれてしまえばすぐだ。しかし街の外にあることから、呪いの範囲外だったのだろう
軽い畑などもあり、ちゃんと育っているようだった
俺達は師匠が居るという山小屋にやってきていた
「それはそうと、ティナさんだっけ、綺麗だなぁ・・私はこんなだからね、なんか羨ましいよ」
「そうです?ライアさんこそ、お美しいと思いますよー?」
「あはは、辞めてくれよ。私は自分の事はよくわかっているさ。ティナさんやサーシャはおしとやかで綺麗だと思うけど、私は戦士だからね」
そう言うライアは俺も綺麗だと思うんだがなー
山小屋に入る
「師匠、ご無沙汰しております」
ライアとサーシャが頭を下げる
「ん、元気にしてたか?お、誰だ?友達かね?」
初老・・まではいかないか・・色黒で健康そうな男性だ
ただその体は服の上からでも鍛えてあることが分かる
「はい、ラインフォードで助けていただいたシュウとカイです、あとは今朝出会ったばかりですがティナさんです」
飲みかけて居たお茶を吹き出す師匠
「は、ティナ!?ちょっと待て・・いや・・その姿間違いない・・のか?ティナ様なのか!?」
「久しぶりです、ラスクル・ガルフォード。健壮で何よりです!」
師匠は立ち上がり慌ててティナの前で膝をつく
ライアとサーシャは意味がわからずきょとんとしている
そう言えば二人には何も言ってなかったな・・・
「ご無事だったのですか?!お亡くなりになったと聞いていたのですが・・・」
ビクビクとしながらも礼を尽くそうとする師匠
ああ・・そうか、彼は知っているのだ。狂ったという姫を
「そう怯えなくても大丈夫だよ。あの頃は…悪魔に体を乗っ取られてて…今は、私は生き返った・・のかな」
「は、申し訳ありませんおっしゃっている意味がわかりかねます」
「あーもういいからさ、ライアとサーシャの話を聞いてやれよ」
師匠がはっとしてティナをみるとティナは頷いて
「私がいると話しにくいだろうし、外に出ておきます」
そういって外に出たのだ。
師匠は少しだけ、泣いているように見えた
一息ついてから、ライアが言った
「師匠、私たち無事に冒険者になれたよ」
ライアとサーシャは首にかけた冒険者タグを取り出す
「お、ようやくか。結構かかったな。ってあれ?鋼?なんで?鉄じゃないの?え?早すぎない?」
きょどきょどすんな師匠
「ああ、それは色々あったんだ」
そこからはいろんな話を師匠にしていた
バカ貴族タイトの事も当然
そして魔女に薬をもらった事、ラインフォードで銀のメイミ、さらには姫にあったことも
ちなみにライアの鎧は師匠の物を直して使っていたらしい
師匠は魔法も使える騎士だったため、簡単な魔法をサーシャに教えたが、
サーシャの才能は凄まじく、いつか本職のウィザードに教えに付かせたいと思っているとか
「ん、そうか、それでサーシャの呪いは解けたのか。お前の妹も解けてるってことはもう冒険者としての目標がだいたい終わったな・・」
「はい、なので今後はアクアス付近での依頼をうけて孤児院を助けていきたいと思っています」
「ん、良い心がけだ。それにしても……シュウとカイは強いんだな」
「いやー。たまたまっすたまたま」
最初はそう、たまたまだったんだ。4人でっていう依頼だったから出会えた
「そ、それとお願いがあるんだが・・・ティナ様と話をさせて貰えないだろうか・・君らは事情を知っているのか?」
「知ってるけど・・まぁ本人がいるんだから聞けばいいんじゃない?」
カイがにやにやしながら言った
ライアとサーシャと入れ替わりでティナが入ってくる
二人には聞かれたくないこともあるのだろう。あ・・また膝をついてら
今度は師匠、涙を流してから
「本当に・・ティナ姫様で・・・」
「ええ、でももう姫ではないの。それにね、私はもう死んだから・・ラスクルこそ無事だったのですね」
「はい、私は王命でラインフォードに出向しておりました。あの、その・・乱心の知らせを受けた折は拘束されてしまっていたので、事が終わるまで帰ることは出来ませんでした。城に戻り、王と王妃の亡骸、仲間たちの亡骸はなんとか葬ったのですが、姫様のだけ見当たらなかったものでひょっとしたら生きて居られるのではと思っていましたが・・・」
亡骸がないか‥それには理由がある
礎とされた亡骸には不可視の呪いもかけてあったので見えなかったのだろう
実際はちゃんと死んでいた。なんかちゃんと死んだとか変な言い方だな
「そう・・ああそうです、アクアスの呪いは解けました。ですが、まだ人々の心には呪いが掛かったままでしょうけど。ラスクルも復興に協力してくださると助かります」
「そ・・それは事実ですか?いえ・・ティナ様がそうおっしゃるのであれば!」
俺はそれを、いい話ダナーと思って聞いていたんだが
「まぁ、私を蘇らせた、生き返らせた張本人のシュウさんも手伝ってくれるでしょうし」
チラリとこっちを見る
アクアスの街で過ごす事になりそうだ・・まぁ、街っつーか今のところは村みたいな人口しかいないから何とかなるだ
「え・・?蘇らせた・・??」
ああもう、余計なこと言っちゃうから師匠が混乱してるじゃないか
「まぁ・・・それはね秘密ってことで。あとティナ姫本人てのも秘密でお願いします」
ごまかすしかないわ!
「は、はぁ・・リザレクションなんて魔法が使えるウィザード・・伝説でしか聞いたことがないのだが…」
なんとなく分かったような事言ってるけどリザレクションじゃないからね!それにリザレクションは禁止事項だから
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そう、ティナは精霊である
人間だった頃の記憶と、その成長した姿を持っている精霊・・・
この日……あり得るはずのない精霊が世界に生まれた
1番目の「火」を司る精霊
2番目の「水」を司る精霊
3番目の「風」を司る精霊
4番目の「土」を司る精霊
5番目の「光」を司る精霊
6番目の「闇」を司る精霊
世界には大別すれば6種の精霊がいる
だが今日産まれた精霊それは第7番目の「新生」を司る。
そして種ではなくただ単一の精霊
それを皆は、当人であるティナを含めて世界に再び、たまたま精霊として生を受けただけだと思っている