旅立ちto王女
空は青く澄んでいて、ほんの少しの雲がちょうどいいアクセントになっている
ああ、幸せだなぁ
「シュウ!この、変態、があっ!!」
怒号が響くその発生源は、鬼神ー
それは力持つ象徴の名前
「うわっ!やめ!刺さる!刺さるよ!」
だがしかして、その肢体は美しく、そして豊満な胸が揺れている
「今日こそぶっ殺す!」
「ごめん!ごめんなさい」
負け犬は素直に腹を見せる
どんな獰猛な狼も鬼神の前では赤子も同然だ
「ぐへっ!!」
だがもちろん、鬼神は見せた腹にも容赦はしない
いや、容赦してこれだ
「あんたねぇ、あれから一ヶ月経つってのに変わらなさすぎよ。あんな事あったのに」
「がふ!ミル姉、まだ踏んでる!てかその靴牛の糞ふんでるだろ!くせえ!ふべっ!」
鬼神は腹だけでは怒りが収まらない
その薄汚い顔面目掛けて踏みつける
「まあ、これでしばらくあんたの顔見なくて済むと思うと余計に力がはいるわね」
「顔はやめてくれえ!ふべべべべッ」
「かはっ!」
ガクリと動きを止めると
鬼神の怒りも治まった様なので、俺は立ち上がりホコリを払う
「ぺっ!しばらく会えないんだからさ、少しは手加減してくれよ。まったく乳がでかくなかったらいててて!痛い痛い痛い!頭が割れる!なんて握力してんだだだだっ!なんか出る!」
「はぁ、あんた口ばっか達者になって。誰に似たのよ」
呆れる様な口ぶりで言うミル姉
誰に似たってなあ・・
元からじゃん?
「はあ、死ぬかと思った」
解放されて頭をさする
アイアンクローで死にそうになったのは初めてだ
「シュウ、そろそろいくぞー」
「ほら、カイが呼んでるわよ」
「ああ、じゃあなミル姉!」
今日は旅立ちの日だ
あれから一ヶ月、色々準備をしていた
親父さんからは選別に馬を貰った
馬車は幌付きに改造して旅がしやすい様にした
隣村で地図や樽を手に入れたし
保存食も一週間分だが作ってみたりとそりゃあもう
忙かったんだ
それも今日、全てこの日の為だ
「またせたな、カイ。ミル姉が離してくれなくてよ」
「まったく、見てたよ。今日は手加減なしだったね」
手加減が無かったということは、きっと寂しいのだろうとカイは都合よく思った
それは愛情の裏返しだよ。そう思ってカイは笑う
俺達はとりあえずの目的地を、一番近い湖に行く事にした
そこはラインフォードという城下町がある
馬車でおよそ4日はかかる距離だ
馬車に揺られながら二人は思いを馳せる
「ライン湖、初めて行けるな」
俺達はこの世界で知っているのは隣村と、牧場だけだ
だから外の情報に疎いまま育った。
「17年も暮らしたもの、早かったね」
「ラインフォードには美しい姫さんがいるって話だしなー楽しみだわ。隣村のおっさんが言ってたよ、アレは女神だってな」
「シュウ・・・顔・・だらしないことになってるよ」
そうこう進むうちに日は暮れる。
野営の準備と俺たちは狩りをしていた
「よっと」
腰に携えた剣を抜き放つと素早く真一文字に切り裂く
くきゅーっ!
っと可愛い鳴き声で倒れるラビット
「ハッ!」
カイは弓を使う。
放たれた矢は曲線を描き、ラビットの後ろ頭に刺さって絶命させる
「相変わらずカイの弓は凄いな。魔法なしで曲げるとか」
倒した獲物を集めながら俺は言った
「矢をちょっとね。まあ、修練の賜物だよ」
得意気に言うカイは早速料理に取り掛かる
ラインフォードの城下町まで後2日の位置まで来た俺達は、今野宿の最中だ
保存食は保存食としてなるべくなら食べない様にしているので、狩りをしている
飯とは言え凝った料理はできないから、だいたい鍋物になっちまうんだけど
ガサ
ガサッ
ん?
「カイ」
何かいるぞと合図する
こくんと頷くカイは魔法感知で辺りに薄い魔力を撒き散らす
「シュウ、人間みたいだよ」
そう言ってカイは弓を用意する
こんな道中にいる人間なぁ
まあ山賊の類だろう
「出てこいよ!いるのは分かってんだ」
そう言うと剣に手をかけて抜く用意をする
ガサリッ
揺れた草むらから出てきたのは小柄でボロボロの皮のローブを羽織った女だった
これは、ウィザードか!?
ひとまずは警戒レベルを引き上げる
カイは魔法障壁を展開しているな
意思の疎通が出来ている様で嬉しくなる
「あ、あの・・・た、助けてください」
そう言うとバタリと倒れてしまった
「盗賊じゃなかったね」
「ああ、そうみたいだな」
俺はその女を抱き上げると馬車の中に寝かせる
重そうで、邪魔なごわごわしたローブを剥ぎ取る
「なかなかいい装備してんな」
「そうだね、ロッドに使われてる石もかなりのものみたいだ」
「なんか紋章入った下着だしな」
「ねぇシュウ、なんで脱がせてるの?ねえ、何で胸もんでるの?」
「そこに胸があるからだ」
「そこに山があるからみたいな言い方してもカッコよくないんだけど?」
俺はバレないように服をもどすと、症状の原因を突き止める
「毒だな、結構強力なやつだ」
解毒剤を取り出した俺は解毒剤を口に含むと口移しで飲ませる
「触診したのは分かったけど、今舌を入れたよね?入れる必要ないよね?」
カイが何か言っているが気にしない
「よし、カイ、ヒーリング頼む」
まったく君ってやつは・・・
と言いながらカイは女ウィザードにヒーリングをかける
「ん・・・あ・・」
目を覚ましたようだやはり効き目が早いな
「あんたにかかってた毒は解毒しといた。こいつがヒーリングしたからもう大丈夫だ」
「あ、え?嘘、治ってる?ありがとうございます。私の名前はメイミ、えっと、城仕えのウィザードです」
「城使え?ラインフォードのか?何でこんなところに」
メイミはハッと顔をあげて
「あ、たすけて下さい!そ、そうです!ひ、姫様も毒に!!」
何!?姫だと!!
ラインフォード仕えのウィザードが言う姫なら、美しいと評判の姫か!?
俺は立ち上がりすぐさまメイミを抱き抱えると
「きゃっ」
「どこだ!どこに行けばいい!!」
そう言って外に飛び出した
メイミが指さす方向に俺とカイは走り出す
抱き抱えられたままのメイミは俺に落とされまいとキツく俺に抱きついている
よし!計算通りだ!密着最高!
「はぁ、シュウ、この先に複数の人が倒れているよ」
「なんでため息ついたんだ?なあ?なんでだ?」
カイは笑いながら
「さあね」
いや、笑ってないし!乾いた笑いは怖いよ!
人助け、人助けしてるんだよ!
辿り着いたそこには焚き火を囲むようにして2人の男と、少女が一人倒れていた
俺はメイミを降ろすと姫の傍にいく
やはり良い装備をしているな
「カイ、そっちの2人を頼む多分同じ毒だ」
姫の顔色を見て判断する
やっぱり触らなくてもわかるじゃないかとかブツブツ言いながらカイは男2人の口に解毒ポーションを突っ込んでいる。荒っぽいな
俺はポーションを口に含むと優しく姫にメイミと同じ様に口移しで流し込む
「ヒーリング!」
カイが三人まとめてヒーリングをかける。まとめてとか荒っぽい。メイミが驚いてるじゃないか
「よし、これで大丈夫だろ。なんでみんなまとめて毒なんかにかかってたんだ?」
「これだね、鍋の中に毒キノコが入ってる」
俺は鍋を見る。猛毒のやつじゃないかコレ
「間違えやすい典型だよ、このキノコ。見た目がよく似た無害なやつがあるんだ」
カイの話では、おそらくそれで間違えたのだろうと言う事だ
「な、た、助かったのか?」
男が目覚める
「あ、ああ、メイミが助けを呼んでくれたのか」
もう1人も気づいた様だな
あとは姫・・
は、なんか寝てるな
「ありがとうございます。本当に助かりました!」
メイミはカイの両手を握りながら礼を言っている
ペッ!
やっぱ顔か?顔のせいか?
「あ、うん、でもシュウが」
メイミはこっちを向くと
あ、なにその冷たい視線。俺達抱き合った仲じゃないか
「ええ、ありがとうございます」
こんなに感情の篭ってないお礼は初めてだ!
「それにしても、こんなキノコ入れたっけな?」
男2人がそんな事を話している
「一体誰が・・・」
ふむ。
ちらりと姫を見ると
すかー
寝ている
なるほどー
俺は姫の横に座ると、小さな声で
「あんたが入れたな?」
そう言うと
肩がぷるぷる震えて
「な、なにが望みなの?お金?地位?」
「い、いや違うけど」
「はっ!まさか私の体!?」
「あー魅力的な提案だがまだちっと育ってからな。あと望みも何も起きろよ。そんで皆に謝れよ」
俺がそう言うと姫はむくりと起き上がり
目が合う
うわっマジ美人!てか美少女だ!ロリなら発狂するところだわ!あ、でも俺ちゅーしたわ!ひゃっほう
「そうね、あなたの言う通り素直にーって誰?」
「俺はシュウ、んであっちのメイミにまとわりつかれてんのがカイ」
「そう、私はラインフォードが娘、ディアナよ。助けてくれてありがとう」
「なんだ、ちゃんと言えるじゃないか」
俺はディアナの頭を撫でる
それを見たメイミが飛んできて、ディアナを奪うように引き離し
「姫様!ご無事でしたか!!この変態に何かされませんでしたか!?」
「変態?大丈夫よ、それよりもごめんなさい。私が入れたキノコで・・・」
申し訳なさそうに俯くディアナ
メイミも気づいたようで、あちゃーっって感じになっている
それよりもだ
「つーか、なんで姫様がこんなところにいるんだ?」
ここはラインフォードから近いがそれでも、まだかなり離れている
お姫様がお忍びで来るとは考えつらいのだが
それに連れにウィザードはいいにしても、男2人は冒険者の様相だ
なんとなく違和感がある
「それは・・姫様が王位を継ぐための試練のためです」
話によれば、前王が逝去された為に、王位継承権1位のディアナ姫が継ぐことになったのだとか
それで試練の洞窟というとこに行き、宝玉を収めて戻るという
それで、合計7日の旅に出たところだったとか
「なるほどなぁ・・・」
ん?なんか引っかかるな・・・これはあれだ、俺の鋭いカンが何かに気付いたんだな!?
「そういえば姫さん、あの毒キノコどこから持ってきたんだ?」
「ディアナで結構ですよ、シュウ様。あのキノコは王宮の厨房にあったので、こっそり持ってきたのです」
なるほど。姫さんは無毒な方のキノコが好きだったとかで、旅先でも食べたかったそうだ
にしても、あぶねぇなぁ王宮・・紛れ込んだんだろうけどなーまぬけだなぁ
俺は納得しかけたところでカイが言った
「ねぇシュウ、変じゃない?そんな食材が王宮の厨房まで入り込むなんて考えにくいんだけど」
「え?そうなのか?」
俺はメイミをチラリと見るとうなずきながら
「はい、そうです・・食材は通常、2度3度調べられてから搬入されるはずなんですが・・」
「そうだよね、メイミさん、王様が亡くなったって言ってたけど・・・それっていつの話なの?どういう状況で?」
メイミも冒険者の男も・・何かに気づいたように顔が青くなる
「さ・・宰相殿か!!!」
「こうしてはおれん、俺達は先に戻る!メイミ、姫様を頼むぞ!」
「は・・はい!」
男2人は慌てて荷物をまとめてラインフォードに向けて走り出した
メイミも荷物をまとめている
姫さんはなんかガタガタと震えだしていてー
「おい、大丈夫だ。なんとかなる」
根拠はないけど俺はそう言った
「し、城にはまだ・・母上と妹が・・」
そうか・・もし・・母と妹が「毒キノコの毒」なんかで毒殺されたとしたら・・さっき言ってた宰相ってのが黒幕で城を乗っ取ろうとしていたら?
この姫さん・・ディアナは・・・
ひとりぼっちになっちまうな…
「なぁカイ・・頼みがあるんだが」
「わかってるよ、シュウ。行こうか」
俺とカイは目を合わせると、お互いの意思を確認した
その時だった
俺達のいるすぐ横に突然青く地面が輝いた
魔法陣がふわりと浮き上がる
そこから何かが這い出てくるー
「あ・・ああ・・・あああ!!ガーゴイル!!」
メイミが悲鳴のような叫びをあげる
ぞろぞろと地面から浮き出たのは合計10体のガーゴイル
「ふん・・こんなところに居たか。なかなか順調な旅路だったようだな」
魔法陣の奥に、煌びやかなローブをまとい、ゴージャスなロッドを持った一人の男がいた
「あ、あなたはダグラス!城を守る役目のウィザードのあなたがどうしてこんなところに!何をしようと言うのですか!」
メイミがダグラスにロッドを向けて叫んだ
「なぁに、試練の洞窟に行くんだろ?遠いだろうと思ってなぁ・・行く手間を省いてやろうとわざわざ探してやったんだよ。俺も早く帰りたいからなぁ」
ニヤニヤと嗤うダグラス
あーこれあれだ、おきまりのパターン
城は宰相が掌握して、姫は出先でモンスターに襲われ事故で死ぬか・・
「カイルとラッシュが先にあの世で待ってるんだ、あまり待たせてやるなよ・・ああ・・王様も向こうで待ってたなぁ!!!」
さっきの二人の事か?そして王様もやはり・・
ダグラスの声に呼応する様にガーゴイルが襲ってくる!!
バサバサと黒い翼を羽ばたかせ姫に襲い掛かろうとー
ザシュ!
姫の前に立ちふさがった俺は剣を抜き放ち斬りかかる!
結構硬いな!
もう一回!ザシュ!!ガーゴイルはそのまま真っ二つになってドサリと落ちる
カイは弓に手をかけ・・
「精霊よ・・我が意に・・・」
矢が白く輝き、そしてそのままガーゴイルに飛んでいく
1・・・2・・・3・・!!!
わずか一矢で三体を落とす
さすがだな!
メイミも魔法を唱え、ガーゴイルに放つが
「バカ野郎!なにやってんだ!!」
俺はメイミの前に立ち
「カイ!障壁頼む!!」
カイが即座に魔法障壁を展開させる
反射
ガーゴイルに放った炎の魔法はそのままメイミ目がけて反射する!
だがカイの張った障壁によって炎は霧散する
「バカ!なにやってんだ!ガーゴイルは魔法を反射する!教えてもらってないのか!」
ハッとしたメイミはペタンとへたり込む
怖かったらしいな・・
涙が流れるメイミを見た俺は
「あーもうちょっと怒ったわ」
俺の目がまるで竜の瞳の様に、澄んだ青色に染まるー
「カイ!ガーゴイルは頼む」
「了解っと!!」
矢を放ちながら返事をするカイ
俺はそのままダグラスのそばまで・一瞬・で移動する
「な・・!?なんだ貴様!」
「ああ!?てめーに名乗る名前はねぇよ!てか女の子泣かせんなよ!」
剣をそのまま突き出して、ドスッ・・・
心臓を一突きに打ち込む
それだけだ、それだけでダグラスは吹き飛んで死んだ
「あーもう、腹が立つ。やり過ぎちまった」
「シュウ、ガーゴイル終わったよ」
ガーゴイルを片付けたカイが俺のそばまでやってくる
そしてそこからほんの少し先に・・先ほどの男達・・カイルとラッシュの死体が転がっていた
「ああああ・・・・ああああ!!」
メイミがカイルの亡骸に抱き着くようにして泣きわめいていた
「あの二人・・メイミとカイルは良い仲だったの・・」
ディアナがそう言った
「私、王位なんて要らない・・・・・・だって・・」
俺がディアナの頭をくしゃりと撫でると、俺に抱き着いて、声を押し殺すようにして泣いていた