017話 名前
その日の午後、二人のチームメイトにウィラードの能力を伝えて、何か対策を立てられるように話を持っていった。
そして俺も、授業が終わってだいぶ経ち、誰もいなくなった、朝とは違う雰囲気の静かな教室で、一人。
ウィラードの対策を考えながら迷走していた。
「んー、どうしたらいんだろ…」
上空に氷の壁を展開しても、恐らく壁の内側の重力を変えてくるだろうし…
先手を取れればもしかしたら行けるかもしれないけど、重力を操る能力者相手に先手を取るのはなかなか厳しい気が…
氷の弾丸なんて打とうもんなら、構えた瞬間地面とキスする羽目になるだろう。
一つだけ…怖くて今まで試してなかったけど、相手を直接凍らせたらどうなるんだろうか?
凍った時点で死んでしまうのだろうか…
だとしたらそんな技使えっこないし、試すわけにもいかないよな。
考えれば考えるほどに、ウィラードに勝てる気がしなくなってくる…
そして散々考えた結論の一つとして、一番確実に勝てそうな方法。
『ウィラード以外の3つを獲る』という答えに達した。
だって、多くても一人2回までしか出れなくて、5本勝負なわけだから、ウィラードに2勝されても他の三点を確実に奪りに行けばチームとしては勝てるじゃん?
試合に勝って勝負に負ける感じになるから、あの二人は納得しないだろうけど…
現実は割と厳しい。
合格最高点で受かろうが合格最低店で受かろうが、入ってしまえば一緒だが、どんなに良い点をとろうが、合格できなければなんの意味もないのだ。
普通の高校受験を経験したばかりの俺は、それまでクラスでトップの成績をキープしていた生徒が、本番で、最高得点を出そうと、捨てるべき難問に時間をかけ過ぎて失敗し、あっさり志望校を不合格になっているのを見て、どんなに不恰好だろうが、マグレだろうが合格すればいいじゃん!と思ったのだ。
「この非日常にしたって、『実力主義』『結果が全て』という評価方法は変わらないようだから、チームとして勝って先に進めればいいと思うんだよなぁ」
「ん…?」
気がつくと誰もいなかったはずの夕方の教室の入り口で、一人の少女が無表情のままこちらをじーっと見ている。
「うぉっ!?君はこの前のっ」
全然気づかなかった…
机をいくつも挟んだ先、教室の入り口にいる少女、そういえば、まだ名前も知らないんだったか……をみて、
「いったい、いつからそこに…?」
「いないの?」
「はい…?」
なんだろうか、なかなか会話のキャッチボールが成り立たないな
俺が察せずに、首を横に捻って、頭にハテナマークを浮かべていると
「今日は猫いないの?」
「あー!いないいないっ、そもそもここ教室だし…」
なるほど、猫の話か…
「そう…さよなら」
猫がいないとわかるやいなや、猫のいないお前に興味はないと言わんばかりに、すたすたと、夕暮れに染まる廊下を、昇降口に向かって歩き始めた彼女を追って、慌てて教室を飛び出し、声をかけた。
「ちょっとまったぁ!」
すると彼女は、無言無表情のまま、首を少しひねって、こちらに視線を向けた。
あれ?なんで俺は声をかけたんだっけ?
咄嗟に追いかけてきてしまったが特に話すことはないような…
他に誰もいない放課後の廊下で、二人が沈黙し、少しの間、静寂が訪れた。
「えーっと…あっ、そうだっ、名前!名前聞いてなかったんだよっ!」
と今思いついた事をぶっこんでみた。
「どうして私が猫を連れてないキミに名前を教えなきゃいけないの」
「えっ?」
まさかの返しに、言葉に詰まる。
ここは普通に自己紹介して、「また明日」って流れかと思ったのだが…
自己紹介するのに理由を求められたのは初めてだ…
というか『猫を連れてない』って大事?
「あーっと、なんでだろ…」
「猫を連れてないキミと話すほど私は暇じゃあないの」
あっ、大事っぽいな、二回も言ったよ、この人…
「と、とにかく、もう二回目なのに名前も知らないなんて変な感じするしさっ、今度猫を連れてるときに声かけるのに名前知らないと困るじゃん?」
再び二人の沈黙とともに静寂が訪れ、少しして
「………それもそうね」
と適当に言ったのに、納得してくれた…
「私は乃亜、葉月乃亜。…またね」
そういうと再び、すたすたと、夕陽に赤く染まる廊下を、小さな歩幅で歩いて去っていった。
というか日本人だったのか…日本にはいない綺麗な銀髪をしてたから、完全に外国の子だと思ってた…
そんなことを考えながら教室に戻り、自分の机の上に拡げてあったテキストをカバンにしまおうと手に取り、名前の欄に書かれた【綾瀬凛】という文字列を見て気がついた。
「あっ……俺、名乗ってないじゃん……」