014話 夕食
第三修練場に着いた頃には、時刻はすでに18時をまわっていた。
グゥ〜
腹から盛大に、栄養が足りないとの苦情を受けたので、先に夕食を済ませてから、もう一度戻ってくることにした。
学園内では、特に門限や外出許可証なんてものは無く、学園の外への出入りも自由だった。
暗くなった夜の道を綺麗な街灯が照らす中、校門へ向かって歩いていると、後方から車のクラクションの音が聞こえてきた。
通常、車が二台並走しても余裕なくらいの道幅がある上に、俺自身、特に道の真ん中を歩いていたということもないのだが、あの音を聞くと咄嗟に道の端っこに寄ってしまう。
道の端で車が通り過ぎるのを待とうと車の方に目をやると、街灯に照らされた黒塗りの高級車が俺の眼の前で止まった。
ゆっくりと後部座席の窓が開いていき、中から見覚えのある女生徒が現れた。
黒の高級車がよく似合う、品のある黒髪の美女、我が学園の生徒会長の藤堂麗奈さんだった。
キョトンと眺めていると
「アヤセさん、これから外食ですか?」
「はっ、はい」
「そうですか、ちょうど私もこれから夕食なんですけど…よろしければご一緒しませんか?」
窓から入った風が、彼女の黒髪をなびかせ、彼女の美しさをより一層引き立てていた。
「俺なんかが一緒に行っていいんですか?」
「ええ、ぜひご馳走させてください」
優しく、上品な笑顔で答えた。
美女からの夕食の誘いを断る理由も度胸も俺は持ち合わせていなかった。
後部座席のドアが自動で開き、藤堂会長が奥に詰めたので、オドオドしながら会長の隣に腰掛けた。
普段徒歩で頑張っている、校門までのとても長い距離を車でサッと通り過ぎたはずなのに、広い車内に二人きりという状況から、緊張でものすごく長い時間のように感じた。
実際は目的地に着くまで20分程だったのだが、2.3時間は乗っていた気分だ…
「あれ?こっちの方にもお店があるんですか?」
以前、カガリさんたちに案内してもらったフードコートのある中心街からどんどん離れていき、明かりの少ない道を通って、高層ビルの林立するエリアに入った。
「いいえ、今は私の家に向かっていますわ」
「家…ですか…?」
着替えでもするのかと思って、それ以上は何も聞かなかった。
林立するビル街の中心に、他の追随を許さないほどの超高層ビルが聳え立っていた。
「もしかして、家ってあれですか…?」
超高層ビルを指差して聞くと
「ええ、以前もお話ししたように、ランクや序列によって待遇は変わってきますから、私にはほとんど料金は発生していないんですよ」
ニコッと笑った。
なんて恐ろしい世界だ…
ビルの真下まで来ると、入り口のところで車は止まり、言われるがままに車から降りた。
運転手さんは、これから地下の駐車場に車を止めに行くらしい。
「行きましょうか」
「あ、はいっ」
入り口の自動ドアをくぐると、フロアや壁の様子はさながら高級ホテルのようだった。
そしてすぐに、別のロックのかかった自動ドアがあり、それもくぐると今度はエレベーターにもパスワード的なものを入力するような機械があって、1番上の10階分の区間は、各階それぞれ特有のパスワードを入力しないと入れなくなっているらしい。
さっきはまだ、運転手さんが近くに見えたから良かったものの、今度は完全にエレベーターという密室に二人きり、しかも超高層ビルだけに、この時間がまた驚くほど長かった。
いったいどこまで行くのやらと、終始数字の増える階表示の文字を見ていたのだが、結局1番最後まで降りることはなかった…
考えてみれば、藤堂会長は序列一位なのだから当たり前か…
エレベーターを降りると、これまた高級ホテルのような明るく綺麗な廊下が広がっていた。
しかも、この最上階はすべて藤堂会長のスペースとなっているらしい…
部屋というか、そのフロアに入ると、玄関だけで俺の寮の部屋くらいある気がした。
「その辺で適当に寛いでいて下さいね、すぐに用意しますから」
「何か手伝いましょうか…?」
居た堪れず尋ねると
「本当にすぐですから、ゆっくりしていて下さい」
あの笑顔で言われたら何も言えない。
台所から見えるスペースに、オシャレな木製のテーブルとイスがあり、そこに腰掛けた。
しばらくして、普段はカッコイイ部類に入るであろう会長が、制服にエプロンという格好で食事を運んできた姿は、反則級に可愛かった。
テーブルに、普通の生活をしていたら、まず見ることはないような豪華な和食が並べられた。
「どうぞ、冷めないうちに召し上がって下さい」
「いただきますっ」
緊張で忘れかけていた空腹が、料理の匂いに刺激されて一気に戻ってきた。
「ごちそうさまでした。」
「本当に美味しかったですっ!」
お世辞云々じゃなく、物凄く美味かった。
「それはそれは、作った甲斐がありましたわ」
「それで、俺を誘ったのは何か話があるからですよね?ただ通りかかったってだけなら他にいくらでもいたでしょうし…」
車に乗った時からずっときになってた事を聞いてみた。
「親友にあなたのことを聞いて興味が湧いたの、一年生に私達を超えられるかもしれない子がいるってね」
誰だろうか?
まだこの学園に来て上級生にはほとんど会ってない気がするのだが…
「ちなみにその友人って誰ですか?」
「ティファっていう緑色の髪の美人なお姉さんよ?何度か会ってるって言ってたけど…?」
あぁ、なるほど…
「えぇ…まぁ、あの人ですか、そんな大嘘吹いてるのは…」
「大嘘って、貴方にそれだけ期待してるってことじゃない?」
「俺にそんな力はないですよ…」
「ふふっ、それについては一考の余地があるの思いますよ?」
『それについては』という言葉が引っかかったが今はスルーして、それこそ今度の試合のために、ウィラードともう一人のSランカーについて聞くことにした。
「その、今度の試合についてなんですけど、今年の新入生に二人しかいないっていうSランカーのこと何かわかりませんか?」
「それを私の口からお教えするのはフェアじゃないと思いますから詳しい事は言えませんけど…」
「けど?」
「二人のうちの一人はSランクでありながら、すでに、私と同じかそれ以上の実力者です。」
「マジですか…」
まさに絶望的だな…
「ですが、その者に勝つ者が現れれば、それは間違いなく『私達を超える逸材』ということになりますよね」
これまた嬉しそうにこっちを見ながら付け加えた。
だから俺には無理ですって…
「それに今回はチーム戦ですから、一人が強いだけでは勝ち進めないでしょう?」
「それはそうですけど…」
「んー、先ほどから随分弱気ですね」
「そりゃあ、俺はEランクですから…」
超能力という非日常が日常になってまだ一週間程度だというのに、いったいどうしたら自信を持てるというのだろうか…
「では一つ、自信をつけて行かれますか?」
「へっ…?」
いったい何をするというのだろうか…
嫌な予感しかしない…