誰がどう見ても猟奇的な現場
『ただいま皇宮から緊急速報が入りました。手元に来た情報によると、帝国歴1028年、水龍の月の八日にキサラギ団長率いる銀狐騎士団が【ワールドイーター】の攻略に成功。これにより帝国に残る負の遺産の数は残すところ──』
台座に鎮座する四角い機械から映し出された仮想モニターを手元のリモコンで消し、ソファーにゴロリと身体を預ける。
国にあげる報告書の作成と遺族への謝罪。
それが終わり次第、一息つく間もなく、これ以上の戦闘行為が間違いなく致命傷となる者達へ除隊勧告を行い、抜けた穴を塞ぐ為に隊を組み直し、どうしても埋まらない場合は自ら埋める日々。
(労働基準法を制定した筈なんだけどなぁ……)
ふとカレンダーを見れば水龍の月は終わりを迎え、代わりにやって来たと言わんばかりに月を掴む緑色の龍が左上に描かれている。
早い話が【ワールドイーター】を討伐してから二十日以上経っていた。
「高い給料を貰ってるとはいえ流石にこれは辛い」
「何が辛いのですか?」
ガチャリと扉を開ける音と共に聞こえてきたのは、鈴の音の様な、と喩えられても可笑しくない美声。
顔だけあげて声の主に視線を向けると、そこには狐耳を生やした黒髪の美女が両手で抱える荷物の上に大きな山を二つ乗せて立っていた。
「いやさ、ここ最近のボクの忙しさを思い返したらね?」
「ああ、なるほど。確かに凄かったですね、ここ最近の兄様は」
運んできた荷物を硝子張りのテーブルの上に置くと、狐耳の美女はそのままキッチンへ。
珈琲の香りがするカップ二つをお盆に乗せて戻ってくると、アオバの対面に腰を下ろす。
アオバの事を兄と呼んだ通り、この二人は血の繋がった実の兄妹だ。
だが少年と呼ばれる程度の身長しか無いアオバとは違い、妹であるモミジの身長は女性にしては高く、さらに髪や尾の毛の色の違いから、事情を知らぬ者が見れば、年の離れた姉弟どころか少年と近所のお姉さんにしか見えないだろう。
とはいえ獣の血が流れる〝獣人〟と呼ばれる種族は隔世遺伝が起きやすく、子の種族が親と違う事も多い為、見た目の違いを気にする者は少なかったりするが。
「ありがとね」
「いえいえ」
お礼と共に配られた珈琲に口を付け、喉を潤す。
お互いに一息つけば、話題はテーブルの上に置かれた長方形の黒いケースへ。
「帝立研究所からの贈り物という事は……」
「うん。漸く片腕生活とオサラバ出来るよ」
軽い声色と共に親指の爪で人差し指の皮を薄く切り裂き、血を滲ませる。
そしてそのまま鍵の部分に人差し指を押し当てると、カチャリという音と共にケースが開いた。
「これは……」
「どうみても遺棄された死体の一部だよね」
高級そうな布の上に鎮座していたのは、幼い子供の左腕。
腕に当たる部分に金属製のパーツが付いていなければ誰もが猟奇的な殺人を想起するであろうそれを苦笑いを浮かべながら手に取り、自身の左肩から伸びる突起に差し込むと、調子を確かめる様に数回拳を握っては開く。
「……うん。日常生活だけなら問題なさそうかな」
「やはりその腕では厳しそうですか」
「右腕だけで対処出来るレベルなら問題無いけど、前線に出るのは止めた方が良いかも──」
現在レオーネ帝国──否、この世界を襲う脅威は、全てが全て【ワールドイーター】クラスの驚異という訳では無い。
しかし【ワールドイーター】クラスの脅威が全く無いという事も無く、アオバは団長という立場に居る者として安易な判断を下す訳にも行かず、事情を知らぬ者が聞けば臆したと思われても仕方の無い結論を出すしか無かった。
とはいえ団長という職は戦場に出る以外の仕事も多く、特に輸送や技術開発を主とする銀狐騎士団は他の騎士団よりも三割程仕事が多かったりする。
つまり、団長の仕事もその分増える訳で……
「上げられてきた報告書を捌きながら遂行中のプロジェクトの進歩を確認して、緊急時の対応を頭の片隅に留めながら領地の視察をやって、他の騎士団と交渉して足りない所へ兵員を回して貰いながら潰された輸送ルートの再整備や破棄を指示しつつ戦闘用の義手を作って……前線行った方が楽ってどういう事なんだろうね?」
「兄様を見てると団長だけにはなりたくないと思います」
妹の余りにもあんまりな言葉に何も言い返せず、アオバはソファーにぐでっと沈む。
そんな兄を少しでも癒やす為、モミジは新たな珈琲を入れに席を立った。