プロローグ
「黒い大地に煌々と輝くマグマの川。草木は存在せず、毒ガスが満ち、命を否定する世界。東方ではこのような場所を地獄と呼ぶらしいよ」
失った左腕に包帯を巻きながら、一切の痛みを見せる事無くこの場に居る者達に語りかけるのは、右目を白い眼帯で隠した銀髪の少年。
頭に狐の耳と思われる耳が生えている事を除けば、何処にでも居そうな――何処にでも居ると言うには少し容姿が整いすぎているが――子供にしか見えないが、この地獄と呼ばれても可笑しく無い場所で、その〝主〟と思わしき巨大な龍の顔の前で胡座をかいて座る姿は、周囲に居る者達に見た目通りの子供と侮らせる事を許さない。
尤も、それも当然の話だが。
何故ならこの銀髪の少年――アオバ=S=キサラギは、レオーネ帝国が誇る十三騎士団の内の一つ、銀狐騎士団の団長なのだから。
「よし、処置終わり。ところで撤収作業と討伐報告はどうなってる?」
「ハッ!討伐報告はすでに本国の方へ入れています。撤収作業の方はもう少し時間が掛かるかと」
「まぁ、このデカブツを解体して運搬するにゃ小一時間じゃ終わらないよね」
敬礼と共に報告を上げた部下にそう言いつつ、座った状態のまま首だけを回し、後ろに居る死体に目を向ける。
間近に居るアオバには壁にしか見えないが、目を閉じなくとも争っていた時の記憶がその強大さを教えてくれる。
人間一人どころか家屋ごと丸飲みできそうな程に大きな口。
ふざけるなと叫びたくなる程に強固だった鱗に、部下を数十人纏めて切り裂いた鋭い爪。
死者が出てしまった以上、勝利を誇るつもりは毛頭無いし、敵を誉める事は決してしないが、ただ一言語る事を許されるならば、強かった、と送りたい。
そんな事を考えつつ、視線を部下に戻す。
「解体は後回しにしても良いから先に英雄達の亡骸を本国へ。遺体が無い者達については使用していた武具を遺骨代わりに持ち帰るように指示しといて」
「了解しました。……たくさんやられましたね」
「自分がそうなる事は覚悟してるけど、残される側になると辛いよね」
「そうですな」
遺体を清潔な布で包み、運び出す部下達に浮かれた様子は無く、感情を表に出さない様に淡々と作業を行っている。
そうしなければ、いずれ自分がこうなるという恐怖に、親しかった者との思い出に涙を流し、崩れ落ちてしまうからだ。
「……ここで眺めていても仕方ないし、僕は先に戻るよ。こんな状態じゃ役に立たないしね」
「護衛はお付けしますか?」
問い掛けた部下に対して首を横に振る。
「そんな余裕があるなら他に回してあげて。僕はこれから特別報酬の交渉やって義手の発注をするぐらいだしさ」
「治療を先に行わないので?」
「僕の為に治癒術師を割くならこっちに回すよ。人間は片腕を噛み千切られた程度じゃ死なないしね」
「そうですか……では、自分はここで失礼します」
「うん。後はお願いね」
何か言いたげな顔をしながら去っていった部下を眺めつつ、これからの予定を頭の中で組み立てる。
失った人員の補充や装備の発注。
遺族達への謝罪に補填申請。
怪我による一時離脱する者達を把握して、無事な者達を再編して。
どう考えても今日は眠れない事を理解したアオバは、大きく溜め息を吐き出しながらこの場を立ち去った。