第3.5話 あの人にもう一度
昨日、二本立てにしようとして間に合わなかった分です。わかりづらいかもしれないので先に言っておきますが、英雄がびっくりさせようとして桃覇を刀で刺したところから始まります。
刺された。私の恋焦がれた人が私を刺した。その事実がとても悲しくて辛い。けれど、痛みも何もない。
「驚いたか? 冗談だよ。冗談」
そうか。彼は私を殺そうとしたわけじゃないんだ。そう思って安堵した。安心して腰が抜けたのか体が動かない。
「もしかして、怒ってるのか?」
そんなことないよ。ビックリしたけど、それだけだから。と、そう答えたいのに、体も口も動かない。
「なんとか言ってくれよ」
「なんでしょうか?」
今、声が出た? でも、そんなことを言おうとなんてしていない。
「なんだよ、平気なのか」
「平気とはどういった意味ででしょうか?」
まただ。別にそんなことを言おうと思ってない。自由に体が動かせない。
「状況を理解していないようなので説明しますが、私はあなたの奴隷となりました」
な、なななな! 何言っているの!? 私は! 英雄に身も心も捧げるぐらいの覚悟はあるけど……
「じょ、冗談だよな。俺があんなことした仕返しにやっているんだよな?」
「冗談ではありません。私はあなたのどんな命令にも従う奴隷です」
勝手に言っちゃってるけど、英雄ならそんな酷いことしない……よね?
「三回まわって、ワンって言ってみ」
か、体勝手に回っちゃう。ゆっくり三回転した後「ワン」と声が出た。
「マジなの?」
「マジです」
う~、恥ずかしい……
「けど、どうして奴隷なんだ?」
「わかりません。あなたに私の全てをかけて服従しなければいけない。いや、そうしたい。そう思ったんです」
英雄が刀を見て何かを考えている。やっぱり、こうなったのはあの刀のせいなのかな?
「どうしましたか?」
「普段通り……というか、前みたいにしゃべれないのか?」
「英雄がそう言うならそうするよ」
しゃべり方自体は、普段通りの私っぽくなったが、相変わらず私の意思で行動することができない。
一体、英雄は何を考えているのだろう? 彼のすることにきっと間違いはないと思っている私だけど、高校に上がる前ぐらい、いやそれ以前から少し様子がおかしい。
彼が私を呼び掛ける。普段ならとても嬉しいこともこの現状では素直に喜べない。物理的にも喜べない。
彼は私に頼みではなく命令をした。幼馴染にする頼みではなく、奴隷に下す命令。それが、少し嬉しいようで悲しい複雑な気分なのだ。彼が私を頼ってくれた。けど、それを私の意思ですることができない。それが少し悲しい。
彼の命令は、私に好意を持っていそうな男子生徒をここに連れてくることだった。何のためにそんなことをするのだろうと思いつつ、体が勝手に動いた。
グラウンドの方へ向かうと、休憩中の男子生徒を見つけた。陸上部で、名前は確か里山茂君だったかな。
「こんにちは、古道さん。今日も走りに来たの?」
「えっと、違うの。その、お願いがあるんだけどちょっとついて来てくれない?」
何故か、私の顔は紅潮し、体をもじもじさせつつそう言っていた。
「いや、でも、ほら、練習中だから、後じゃダメか?」
「すぐに来てほしいの」
目が潤んでいるのがわかる。決して私の意思じゃないと伝えたいけど、全く動けない。
こんなの勘違いされちゃう。まるで、里山君に好意があるみたいだ。私が好きなのは英雄だけなのに。
「そのお願いっていうのはすぐに終わるんだよな?」
「手間は取らせないよ」
「そ、それなら、仕方ないな」
何も仕方なくないよー!
私はそのまま体育館裏まで里山君を連れて行った。
「桃覇! そいつを押さえろ!」
その言葉に反応して、私は里山君を羽交い絞めする。
「な、何を!?」
茂みに隠れていた英雄が私を刺した刀で里山君を斬った。
里山君は糸の切れた人形のようにだらんとしていた。
「おい、お前は俺の奴隷だよな」
「……はい」
どうやら、里山君も私と同じような状態になったようだ。
英雄は一体何を考えているの?
英雄の顔は私が今まで見たこともないような笑顔になっていた。
「いける。 いけるぞ! これで、世界崩壊がただの俺の妄想じゃなくなる!」
私にとって彼はその名の通りヒーローなのに、それとは真逆のことを言っている。涙が出そうだった。それでも、私の体はピクリとも動くことなかった。
その後の彼は同じことの繰り返しだった。私に好意を持っていそうな男子を連れてこさせ、あの刀で斬って奴隷を増やす。イケメンの男子が増えると今度はその男子を使って、女子を連れてこさせ、あの刀で斬って奴隷を増やす。クラスメイト全員が奴隷になったところで、教科ごとの担当の先生や担任の先生も奴隷に変えていた。
英雄は自分の奴隷を増やす行為はするものの、特に行動を起こすことはなかった。体が自分の意思では動かせないが、行動自体は普段の生活と何ら変わりない。平和な時が過ぎる、英雄は一体何をしたいのだろうか?
私があの刀に刺されてから、三週間ほど経った頃ある変化に気づいた。完璧ではないが、ある程度自分の体が自由に動かせるようになっていた。
もしかしたら、他の人も動かせるのかもしれない。そう思って確認することにした。
英雄は放課後になるとさっさと家に帰ってしまう。それ以外の人たちはほとんど部活に参加する。普段と違うのは会話がほとんどないことだろうか。全員に話しかけて確かめることにした。
「誰か自由に動ける人は居ない!?」
動きを僅か止める人が居た、口を動かそうとパクパクしている人も居た。けれど、帰ってきたのは「何言っているの?」というような言葉だけだった。それでも、効果が切れかけているのは何となくだけど確信ができた。
次は、グラウンドに向かい陸上部の里山君を見つけた。
「里山君」
「やぁ、古道さん」
何事もないように返答が帰ってきた。今までになかった。いや、久しぶりの感覚というべきだろうか。
「あなたも自由に動けるのね!」
「やっぱり、古道さんもそうだったのか。あの時の古道さんも何か様子がおかしかったし」
「これなら、しばらくすればみんな元に戻れそうね」
「あぁ、そうだね。みんな戻ったら、あいつを倒そう」
あいつ? あいつとは一体誰の事だろう?
「あいつって、誰の事?」
「決まってるだろ、小郷の野郎だよ。あいつに刀みたいので斬られてからおかしくなったんだ。原因はあいつしかいないだろ。俺らのこと奴隷だとも言ったんだぞ」
「た、確かにそうだけど……」
「あいつは皆の敵だ。でも、まだ動くには早い。みんなが戻ったところで仕返しすれば、反抗できないだろ」
「……うん」
もう私は里山君の話を聞いていなかった。私はその可能性を考えていなかった。被害がほとんどないとは言え、自由を奪い、奴隷と呼びつけたあの人に敵意を向けるのは当然のことだ。でも、そんなことになったら英雄は壊れてしまうかもしれない。それは、止めなくてはいけない。例えそれが悪いことなのだとしても、英雄に傷ついて欲しくない。そのためには早く行動しなければいけない。
翌日、早速仕掛けた。英雄は昼食にいつも母親の弁当を食べている。私は、英雄のお母様の弁当を作るのを英雄に内緒で手伝わせてもらった。その際に、睡眠薬を混ぜた。少しばかり強力なものでしばらくは何をしても起きられない様なものだ。その結果、狙い通り昼休みが終わる時間には、英雄は眠っていた。
「ごめんね……」
一言断ってから、英雄の体を起こす。あの刀をいつも口の中に入れていたから口の中に手を突っ込む。人の体にはないであろう物体の感触を見つけ、それを引き出す。それで刀を取り出すことができた。英雄は気づかずにぐっすり眠っている。そのタイミングで先生が入ってきた。
「先生! 小郷君が具合悪そうなので保健室に連れて行きます」
ほとんど反応がないが、みんないつも通りの動きを取るので念のために許可を取り、英雄を保健室に連れて行く。そして、私は刀を持って走った。全速力で走って、教室を一つずつ回り一人一人この刀で斬って回った。元の状態に戻っている人も容赦なく斬った。900人近くいるこの学校で、英雄が起きるまでにできるかは不安だったが、30分で完了した。
これでしばらくは元のままのはずだ。問題の先延ばしでしかないけれど、いつかきっと英雄は私の知る英雄に戻ってくれるはず。それを信じて、私は何度でも繰り返す。英雄の隣に刀を置いて、教室に戻った。
英雄が起きた後、訝しげに思われてしまったが何とか誤魔化すことに成功した。どうやら刀の効力を信じきっているようだ。どうにか英雄を傷つけずに目を覚まさせてあげたいのだけれど……
一週間後、転機が訪れた。突如、教室に女の子が現れたのだ。格好は魔法使いのコスプレだった。背丈は小学生低学年ぐらいだろうか。英雄のことを知っているようだし、この女の子は何か特別なのだと直感した。
「俺を守れ!」
その言葉通り、みんな英雄を守るために動く。英雄は私たちに捕まえるように指示する。暴力を振るってもいいという指示には従いたくなかったが、上手くいけばあの女の子と二人で話せるかもしれない。クラスメイトは、その命令通り暴力を振るう。しかし、女の子の周りにはバリアのようなものが張られており、全く怪我をしていなかった。
「止めなさい! そんなにやったら、あなたたちの手が!」
その一言で、この女の子は良い子なのだと確信した。話し合いがしたい。そのためにはどうしたら良いか。すぐ浮かんだ手は荒っぽいが、短い時間なら確実に稼げる方法を思いついた。あの勢いで殴られても大丈夫なら、私のタックルにも耐えてくれるはず。
勢いを付けて、女の子にタックルをする。バリアを張っていたが、そのバリアごと運び教室を飛び出て、廊下側の窓ガラスを突き破って外に出る。
「何、この子!? 人間とは思えない程のパワー!」
それは何となく自覚しているがどうでもいいことだ。すぐに地面に落下する。
「私の言うとおりにして」
「っ! あなた、一体……?」
「あの人を助けてあげたいの! あなたは特別なんでしょう!?」
「随分あの少年に入れ込んでいるのね。何か特別な感情でもあるの?」
「好き! あの人がっ。でも、今のあの人は……」
「わかったわ。なら、あなたも協力しなさい」
「ありがとう」
「お礼はいらない。どうせこの事態を何とかする方法はあるのでしょう? その後、どうすればいいかわからないだけで」
「うん。でも……」
「あいつらが来たわ。早くしなさい」
「は、はい」
女の子を羽交い絞めにして、英雄が来るのを待つ。
「よくやった、桃覇」
「ありがとうございます」
これから、英雄の夢を壊す。けれど、これは本当の英雄の夢じゃないはず。今悩んでも仕方ない。今はこの女の子を信じるしかない。
「どうする気よ」
「決まっているだろう? お前も奴隷にするんだ」
「変態。ロリコン」
「お前の幼児体型になんて全く興味ないから安心しろ」
「それじゃあ、何がしたいのよ?」
「自分を魔王と言うだけあって、この世界を破壊できるような面白い方法を知っているだろう? それを実行してもらうだけだ」
「何? そんなに死にたいなら、自殺すればいいじゃない」
「生憎、一人寂しく死ぬ気はない」
「本当に度し難い屑ね。この子はどうしてこんな奴好きなのかしら」
「お前、何を言って……」
「英雄を捕まえて!」
思惑通り、操られていた皆は私の言うとおり、英雄を捕まえた。そして私は女の子を放した。女の子は、英雄から刀を取り上げた。
「あなた、少しは魔力があるようだけど、そんなちょっぴりの魔力じゃ刀の効果が続かなかったのよ」
「なんだと! それじゃあ、あいつらはなんで俺の命令にずっと従っていたんだ!?」
「この子が、効果の切れた子にその刀を使っていたのよ」
「ごめん、英雄。きっと英雄は良いことしているんだって信じてたけど、これ以上悪いことをしている英雄は見ていられなかったの」
「くそぉ! 誰か! 俺の指示に従う奴はいないのか!」
「無駄よ」
女の子は刀を掲げた。何をするのか心配だったけど、この子は悪いことはしない。何故か、そんな確信があった。心の底ではきっと英雄も悪ではないのと同じように。
女の子はこれで洗脳を解くという。記憶も弄ると少し怖いことを言っていたが、おそらくこの刀に関する記憶を消すということだろう。それならば、英雄は何も責められることはない。この女の子をここまで信頼していいものだろうかと理性が警鐘を鳴らすが、心が信頼し切っていた。
「あなたたちに一応フォローしておくけど、少年がこんな馬鹿みたいなことをしたのは、この刀にも一因があるわ」
「そりゃ、そんな能力があれば使うだろ」
「そういう意味じゃない。この刀は自分に使うと決断力が増すのよ。普通なら良心とかが止めるところを後押しする効果があるのよ。理性を弱めるとでも言うのかしらね」
「それじゃあ、英雄は悪くないの?」
「いや、そういう計画を持っていたのは間違いないし、行動したのは事実だから」
英雄を悪人だと思いたくないし、今も思っていないがその言葉は冷たく心に刺さった。
「でも、直接的に人を傷つけてはいなかったみたいだし、根は悪くないのかもね。ただ単にヘタレなだけかもしれないけど」
「おい、俺はヘタレじゃ……」
「ヘタレじゃないよ! 英雄は、私の英雄だから!」
感情的になって言ってしまったが、心の底から信じているんだ。英雄はきっと私の勇者様に戻ってくれるのだと。その名前の通りヒーローになるのだと。
女の子は笑った。見た目相応には見えない、豪快な感じの笑い方だ。行動の一つ一つが大人びて見える。
「あはははは。少年、こんな良い彼女に想われてどうしてこんなことをしたんだ?」
「お前には関係ない。それに、俺と桃覇は付き合ってない」
「そ、そうだよ。私、英雄とは付き合ってないよ」
つい否定してしまったが、認めておいたほうが良かったかもしれない。既成事実じゃないけど、一緒に居る理由はできる。
「恥ずかしがる必要なんてないのに」
「恥ずかしがってねぇよ! 恋愛脳がっ!」
「わ、私は英雄が望むなら彼女になりたいなーなんて……」
「桃覇は流されるなよ」
「ご、ごめんっ!」
女の子は再び笑う。
「まぁ、冗談はこの辺にして。君たちさ、私のお手伝いしてくれない? もちろん、相応の報酬は出すわ」
「その報酬ってのはなんだ?」
「あなたたちのどんな願いでも一つだけ叶えてあげる」
「その言葉に嘘はないだろうな……!」
「あなたが本心から望む願いならね」
私は、あの人にもう一度ヒーローになって欲しい。それを叶えるために手を挙げた。
「ねぇ、私もお手伝いしてもいいの?」
「もちろん、いいわよ」
「やった」
思わず飛び跳ねてしまう。
その後、女の子の名前を聞き、今後はラミちゃんと呼ぶことにした。自分を魔王と呼んでいることに関しては、にわかには信じがたい話だがこれだけ非現実的なことを見ていれば納得せざるを得ない。
ラミちゃんは、英雄に近づくと転がっていたバットを拾って殴った。
「ラ、ラミちゃん!?」
「この子がどうしてこんなことをしたのかは知らないけれど、この道具を使ったことは忘れた方が良いわ」
「どうして?」
「悪行をした記憶は、良い方向に結びつかないことの方が多いわ。考えられる可能性は三つ。一つは、自分の行動を反省し悔い改めること。これが一番いいんだけど、表面上はともかくほとんどの人には当てはまらないわね」
「そ、そんなことないよ」
「そうだと良いんだけど……もう一つは、罪悪感に苛まれること。最悪、自殺に追い込まれる。そんなことになるなら悪事を働くなって話だけど、事故って場合もあるからね」
「こ、今回はそれだよね?」
「違うわね。最後の一つは、同じことを繰り返す。それが信念や執念に基づいて行われたなら殊更にね。彼はこれに当てはまりそう」
言い返せない。理由はわからないが、英雄は何かを憎んでいる節があった。けれど、そういう感情は当たり前のことできにするほどのことではないと思っていた。
「一回悪いことをするとこれぐらいは大丈夫っていう考え方が出てくることがあるからね。この子はどうも思い込み激しそうだし」
「そうかも……でも、殴る必要はなかったんじゃ……?」
「それは桃覇を悲しませた罰よ。当然の報いだわ」
気持ちは嬉しいが、そこまでしてくれなくても。好きな人が殴られて怒りを覚えたが、自分のためにしてくれたと思うとなかなか言えなかった。
ラミちゃんは、先ほど言った通り今回の件に関する記憶を消した。きっと願いは変わらず、世界を壊したいと言うかもしれないが、ラミちゃんのお願いを聞いている間になんとか矯正できないかを考えることにした。
だいたいしかあってない次回予告
英雄「痛てて、なんか頭にコブができてるんだけど。桃覇、何か知らないか?」
桃覇「し、知らないよ」
ラミ「私もしーらない」
英雄「なんか白々しいな。それで手伝いの内容ってなんだ?」
ラミ「ドラゴン○ールを七つ集めるんだよ!」
桃覇「ドラゴン○ールって何?」
英雄「どうしてお前がそれを知ってるんだよ! というより、桃覇は知らないのか……」
ラミ「さっき、読んだ」
英雄「お前なぁ……」
桃覇「ドラゴン○ールってなーにー!?」
???「漫画のタイトルだ」
ラ&桃「誰?」
英雄「叔父さん!」
ラ&桃「え?」
天城「だいたいこんな感じかもしれない次回「刀剣マニアは憂鬱」是非見てください」