1-4 受付
真っ暗な世界から、だんだんと光が現れていき、教室ほどの空間の壁際で、おそらく椅子か何かに座っているような視界が映し出されてきた。
うるさくは無いが無音でもない音がスピーカーから聞こえ出す。
ようやく焦点が合ったように、視界の映像がクリアになったのだが、どうやら椅子に座って手元の何かを見ているようだった。
ただ視界に入っている自分の両手であろうはずの部位は、まだ手として認識出来ないのか、認識阻害の魔法でもかかっているかのように薄黒くモヤモヤした状態になっていて、でも自分の手だと、なんとなく認識は出来ていた。
そして何故かその手に、見た目にものすごく違和感のある、黄色く四角い紙を握りしめていた。
375番
・・・なんだこれ? ログイン画面は? ユーザー登録は?
まだ両手は動かせないようなので、回りを見渡そうと脳波入力へとイメージを伝えると、アバターは首を持ち上げて、手元から視界が正面へと映った瞬間、
「173番の方、2番の窓口へお進みください」
「はぁ!?」
なんか、すっとんきょうな声を上げてしまった気がする。間違いなくリアルでも声に出てるはずである。あまりに予想外の光景に声が出てしまった。
目の前に広がっているのは、市役所などで目にする光景だった。いや、どうみても市役所にしか見えない。窓口は3つ。ちなみに3番は無人で、1番と2番の窓口には、女性の職員?さんが座って、いかにも事務仕事を行っている。
そして少し離れた席から、誰かが立ち上がって歩きだした気配というか足音というか、そんな感じがしたのでそちらを見たら、自分の手のような薄黒いモヤッとした人影のような生き物?魔法生物? が、2番の窓口へと歩き出していた。
もしかして、ここでユーザー登録でもするのだろうか?あとキャラクターメイキングもするのかな?
ファンタジーと言えば前衛か後衛で見た目も変えた方がいいよな。魔法使い系は好きだからオンラインゲームでは比較的後衛職を選ぶことが多いのだけれど、たまには前衛もやってみたい気がする。
「いやそれよりも、ファンタジーじゃないよな、これ・・・」
間違いなく現代モノである。どちらかというと少しレトロ感がある気がする。時代設定は平成初期?たしかファンタジーだったはずなのだが・・・
奇妙な場所に連れてこられた割にもう馴染んだのか、そんなどうでもいい事を思考していると、突然2番窓口の方から大きな声が聞こえてきた。
「そんなんいいから、さっさとフィールドに送ってよ!チュートリアルとか興味ないし。どうせ操作方法なんて他と同じようなもんだろ!キャラメイクもデフォルトでイイし。」
あーいるよねぇ説明書読まずに突っ走る人ってどこにでも。それにリアルな市役所にもああいう人、たまに見かける気がするので、他人事だし暇つぶしに良いかと、聞き耳を立てることにした。
「はい、かしこまりました。では、このまま転送させて頂きます。」
そう聞こえた気がした。
受付の女性はいたって事務的で、声を荒げるでもなく淡々と職務を遂行しているようだった。ただ一瞬だけ、席に座っていた男であろう黒いモヤモヤが消えていく瞬間、ものすごい憐みの視線を送ったように見えた。ほんの一瞬だけど。
「NPCにしては、応答はともかく表情がすごいな」
近頃のAIや音声認識は技術的にかなり進んでいるようで、会話だけなら相手がAIだと気付くかどうかのギリギリのクオリティをだせるし、オンラインゲームのNPCもそういったシステムのおかげで、けっこう人間に近い応答が出来るようになってきているのだが、それに伴った表情を完璧に表現するのはやはり難しいらしく、テンプレート的な単語や文章に反応する表情の種類を、いくつか持ってるものの中から自動で選んで実行するシステムなのだ。
だから先ほどのような受付の表情は、飛ばされた男であろう彼も、おそらくタイミング的に見ることは出来なかっただろうし、ではいったい誰の為にわざわざ表示させているのか不明である。しかもあのレベルの、あまりにも微妙というか絶妙というか、注視していなければ判らないような表情変化なんて、ゲームに必要無いんじゃないかと思ってしまう。
・・・NPCじゃない!?
「そういえば、不適合者はログインを拒否されるとか何とか書いてあったんだった」
間違いない。この窓口の人はNPCじゃなく、GMに違いない。
やべぇ、ちょっと緊張してきた。
オンラインゲーム内でGMに出会うなんて、通常悪い事して、隔離された説教部屋で怒られるときに出会う位しか知らない。出会ったことは無いけど。
「174番の方、1番の窓口へお進みください」
「はいっ」
不意に次の番号が機械的な声で呼び出され、そして耳触りのよい返事が、自分が座っている席の数メートル右から聞こえてきた。
女性のゲーマーさんだぁ・・・こんなマニアックなゲームにも居るんだなぁ・・・見た目は黒いモヤモヤだけど。
「175番の方、3番の窓口へお進みください」
「3番!?」
見るといつの間にか男性職員が座ってた。見た目は同じ年くらいの。
内心ちょっと残念だったけど、変な気を使わずに済むと自分を納得させて、移動する意思を脳波入力に伝えるために思考を始めた。
まだスムーズには動かせないが、ようやく椅子辿り着き、座って男性職員の顔を見上げると、ニコッと営業スマイルとともに、次のセリフが返ってきた。
「ようこそ、one’s onlineの世界へ」