とあるAクラスの男子生徒の勘違い
〈2015/11/27〜〉拍手お礼ページ掲載。
本編『30』読了推奨。
『30』から『31』の間のお話。その3
登場人物(クラスメイト)の名前は本編には関係ありません(今のところは)
誰が何を喋ってるか分かるように適当につけました。
Aクラスには鷲塚という名字の生徒が5人いる。
全員、食品会社大手の鷲塚一家の子息令嬢である。
そのうちの一人、鷲塚蒼太が偶然、四方館の近くを通りかかった。
四方館は体育館棟の裏に建てられている。
周囲には人が一人分歩ける通路があって、一階の倉庫に用事がある生徒がここを通ることがたまにある。
空調をつけるほど暑くはなく、ほどよい風が入ってくる日だったため、祀莉たちはその日は窓を開けて過ごしていた。
そんな日に、倉庫での用事を済ませた蒼太が四方館横のルートを通った。
──そして、そこで聞いてしまった会話に驚き、急いで自分のクラスへと戻っていった。
「お、おお、おいっ、聞いてくれよ!」
「はぁ? 何を?」
顔を赤くして教室に入ってきた蒼太に、放課後残っていた数人のクラスメイトが不審な目を向ける。
残っていたのは、蒼太のイトコたち。
なんとなく目の形が似ている彼らは放課後、人の少なくなった教室の娯楽スペースで寛いでいた。
蒼太の「聞いてくれ」に「何を?」と聞き返したのは中世的な顔立ちをした鷲塚理紅。
肩に付くくらいに髪が伸びているが、れっきとした男子生徒だ。
「もっと落ち着いてから話してはいかが? あ、紅茶飲みます?」
そういって、ティーポットを持ち上げたのは、5人の中で唯一女子生徒である鷲塚藍。
「だ、だだ、大丈夫だ! それより聞いてくれ! ささ、さっき四方館の近くを通ったらさ! こ……声が聞こえてきたんだ……!!」
「声? え、何それ気になる!」
鷲塚緋呂が読んでいた雑誌から顔を上げて蒼太を見た。
四方館という単語を聞いてまず思い浮かべるのは、彼らのクラスメイト西園寺祀莉と北条要だ。
今年その施設を利用できるのはこの2人だけ。
その声は間違いなく祀莉たちのものだろう。
興味が湧いたイトコたちは、ずいっと蒼太につめよった。
いったい何があったのかと。
蒼太は驚いた勢いで「聞いてくれ!」と騒いでしまったが、本当に言っても良いのかと不安になった。
しかし、ここまで言ってしまってはもう後には引けない。
興味を抱いてしまったイトコたちに今更無理だと言っても、無駄だろう。
腹をくくって話すことにした。
「そ、そしたらさ……西園寺さんと北条の声が聞こえてきたんだ」
「ふぅん。で、それがどうかした?」
「そ、その内容が……──」
その内容が、これである。
「ちょっと、何するんですか!」
「……こんなもん必要ないだろ」
「あぁっ! 脱がさないで下さい!」
「ダメです! やめてくださいっ」
「なんだよ、恥ずかしがることないだろ?」
「きゃーーっ! 見ないでください! 返してくださいっ!」
その後に、ドタバタと床が鳴る音。
実際は本の奪い合いで祀莉が暴れていたのだが、会話だけ聞いた彼はとんでもない勘違いをしてた。
それらしい言葉と祀莉の嫌がる声に、何を想像したのか“要が祀莉にいたずらしている”とイトコたちに報告した。
「…………」
教室は一瞬にして静寂に包まれた。
「そ、そんな……北条様が……。あ、でも良いかも……」
「なに言ってんの!?」
うっとりと危ない想像に耽る藍に若干引き気味の男性陣。
しかし、彼らも似たようなことを頭に思い浮かべていた。
「あぁ……西園寺さんがとうとう北条の毒牙に〜」
「いくら2人っきりだからって、あんな場所で……」
「せめて窓は閉めろよ……」
蒼太は悔しそうに、緋呂は心配な顔で、理紅は呆れた表情で呟いた。
その後、堰を切ったように次から次へと思い思いの言葉を口にする。
教室内は要と祀莉の話で盛り上がっていた。
「──お前ら」
今まで一言も発することがなかった男子生徒──鷲塚橙真が低い声を出した。
口々に噂するイトコたちがすぅっと静かになって彼を見やる。
静寂に包まれた教室の中、真剣な眼差しで橙真は彼ら語りかけた。
「それ、絶対に誰にも言うなよ。このクラスに……いや、学園にいられなくなるぞ」
「…………」
彼らは無言で目を見合わせ、一斉にうなずいた。
翌日。
鷲塚家の生徒たちは、昨日知ってしまった衝撃の事実に混乱していた。
今日も一緒に登校してきた祀莉と要に、どうしてか、まっすぐ目を向けられない。
そんな彼らの心中をもちろん知らない祀莉は、むすっとした様子で諒華へと話しかける。
「聞いてください、諒華。昨日のことなんですけど、要ったら酷いんですよ!」
「何が?」
(ええぇぇ……!?)
(ちょ……教室でそれを言うの!?)
(西園寺さんっ、もっと恥じらいを持って……!)
教室での大胆発言に、内心動揺しまくりの彼ら。
いくらなんでも、こんなところで友達に話す内容ではないだろうに。
対して要は一切の動揺がない。
祀莉の会話は聞こえてるはずなのに、いつも通りである。
(どうなってんだ、この2人!)
祀莉の口を塞ぎにいった方が良いのではと思った時には、次の言葉が発せられていた。
「わたくしから本を取り上げた上に、汚さないようにと大事につけてるブックカバーを外すんですよ! もう、本当いじわるなんですよ!」
「はいはい。仲良しねー」
「諒華っ!」
(…………)
瞬時に何かがおかしいと感じた。
祀莉はその後も放課後、四方館でのできごとを諒華に愚痴っていた。
聞こえてきた会話と、昨日の話を掛け合わせる。
(…………もしかして、昨日の会話って……)
鷲塚家の生徒が蒼太に一斉に視線を向けた。
彼はこれ以上ないくらい顔を赤くして机の下に潜り込み、しばらく出てこなかったとか。