携帯電話を手に入れた日
〈2015/11/27〜〉拍手お礼ページ掲載。
本編『30』読了推奨。
『30』から『31』の間のお話。
祀莉がようやく携帯をゲットしました。
祀莉が携帯電話を手に入れた日の夜。
自室で機嫌良く就寝の準備をしていたら、聞き覚えのあるメロディーが聞こえてきた。
(え!? これは……!)
最近見ているアニメのオープニングソングだった。
この部屋のどこかでその音が鳴っている。
空耳かと思ったが、確かに小さく聞こえている。
(ど、どこ!? どこからですか!?)
誰かが部屋に入ってくる前に、音の出所を突き止めて消さなくては。
こっそりアニメを見ているのがバレてしまう……!(もうすでに何人かには知られている)
焦る気持ちを落ち着かせながら、耳を澄ませて音楽が鳴っている場所を探した。
そして、突き止めた。
(え……、ここですか?)
音が鳴っているのはベッドの上に置きっぱなしの通学の鞄。
こんなところから聞こえてくるはずがない。
鞄の下だろうかと持ち上げてみてもそこには何もなく、やっぱり音楽は鞄の中から聞こえてくる。
中を確認すると、ピカピカと光っているものがあった。
(もしかして、携帯電話の着信音!?)
手にとった携帯から鳴っているので間違いない。
ディスプレイには要の名前が表示されている。
(要から電話……)
なんだろう……と不安に思いながらも通話ボタンを押して電話に出た。
「……もしも──」
『──出るのが遅い』
「すす、すみませんっ!」
電話越しに聞こえてくるのは、ちょっと不機嫌な要の声だった。
携帯電話で通話するのはこれが初めてなのだから、少しは大目に見てほしい。
“出るのが遅い”から始まって、“携帯は常に持ち歩くように、それからあまり他人にアドレスを教えるな”と言われた。
今のところ諒華以外には教えるつもりはないので素直に頷いておく。
他にも色々と話をしているうちに時間が経ち、祀莉があくびをしたあたりで会話は終わりを告げた。
『明日、いつもの時間に迎えに行くから…………おやすみ』
「あ、はい。おやすみなさい……」
数秒の沈黙の後、通話が切れた。
(つ、疲れました〜〜)
ぼふっとベッドに沈むようにうつぶせで倒れ込む。
要の声がまだ耳に残っている。
近くで「おやすみ」と言われたみたいで、一瞬ドキッとした。
(ああいうのは、鈴原さんにしてください〜〜)
なんだかじっとしていられなくて、枕に顔を埋めて足をバタバタと動かした。
落ち着いたところで枕から顔を上げると、目覚まし時計が目に入った。
そろそろ寝る時間だ。
どうして、こんな時間に電話を……?
そりゃあ、早く慣れるように協力してくれるとは言ってくれたが……
(明日でも良いと思うのですが……?)
両手で持っている携帯をじーっと見つめる。
何か忘れているような……。
祀莉にとってはとても重要な何か──
(あ! そうですっ!)
思い出した。
この携帯電話を使用するにあたっての問題。
電話の着信音がアニメのオープニングに設定されている。
どう考えても要の仕業だ。
これじゃあ、いつ着信でこの音楽が流れるか気が気じゃない。
祀莉がアニメ好きなんて知られたら大変だ。
クラスメイトたちに笑われてしまう。
(なんて嫌がらせ……!)
全国的に有名な歌手グループが歌っているものだから、アニメに詳しくなくても“良い曲だから”と言えば特に問題ない。
それでも祀莉は公共の場でこの着信が流れるは嫌だった。
(なんていうか、恥ずかしいですし……)
できるだけ人前で着信音がならないように、電源をオフにして鞄の奥底に沈めておこう。
もともと授業中は電源を切るかマナーモードにすることになっている。
携帯を持っているという意識が低い祀莉は、そのまま携帯の存在を忘れて過ごす日々が続いた。