ジャージと要
〈2015/11/4〜〉拍手お礼ページ掲載。
本編『25』読了推奨。
さて、祀莉にジャージを渡した後、要はいったい何を思っていたのか……。
ある月曜日の朝。
いつも通り、祀莉を迎えに西園寺邸へ車で向かった。
玄関から出てくる祀莉の様子は2パターン。
起きているか、寝ぼけているかである。
最近は寝ぼけている方が多い。
さて、今日はどうだろうか。
「いってきます」
はっきりとした祀莉の声が聞こえた。
今日はちゃんと目が覚めているらしい。
なら、車から出なくても自分で乗ってくるだろう。
半分寝ている状態の時は大抵、要が手を引いて車に乗せている。
予想通り、ちゃんと起きている祀莉は自分で車に入ってきた。
鞄と2人分の弁当、そして今日は紙袋を持っていた。
「要、これお返しします。ありがとうございました」
そう言って渡されたのは鞄と一緒に持っていた紙袋。
中を覗き見ると金曜日に貸したジャージが入っていた。
先週の金曜日に何の気まぐれか四方館に桜を連れ込み、ドジをやらかして制服を汚してしまったのだ。
2人で話がしたいと言っていたから、終わるまで教室で待っていようと思ったが、やはり心配で見に行ったら案の定である。
小さな悲鳴と大きな音がして駆けつけたら、ジュースを被った祀莉が床に座り込んでいた。
数歩離れたところに桜がおろおろしながら立っていた。
(ジュースを運ぼうとした祀莉が危なっかしくて、手伝おうとしたところで祀莉が転んだか……)
この状況で大体の流れは理解した。
とりあえず、ガラスのコップが割れていなくて良かったと安堵した。
(あれほどストローを使えと言っていたのに……。念のため、紙コップか割れない入れ物を用意した方が良いかもしれないな……)
なんて考えている時、タオルを持ってきた桜が叫んだ。
「西園寺さん! 前! 前! 制服が透けちゃってますからーーっ!」
(え……)
コップと床のジュースのことばかり考えていてまったく気付いていなかった。
(前……? 制服……? 透ける……?)
そして、桜の越え声に反応して見てしまった。
白い制服からうっすらと見えるピンクの生地と、水分を吸ったことによってできた谷間。
桜に言われて気付いた祀莉はすぐに背を向けたが、要の脳内にはばっちり焼き付けられた。
内心動揺しつつも表面上は平常心を保ち、ジャージを持っているかどうか尋ねた。
「……今日は体育がなかったので持ってきていません」
(……だろうな)
昨日、持って帰っていたのを覚えている。
桜も同様で教室にはないらしい。
だからと言ってこのままでいさせる訳にはいかない。
どうしようかと考える。
(確か祀莉の分を持って帰って、自分のジャージを忘れていたような……)
たまたま持ち帰り忘れていた自分のジャージの存在を思い出した。
(まぁ、無いよりかはマシだろう)
自分が使った後のジャージを他人に着せても良いのだろうかと考えつつも、他にどうしようもないので、とりあえずこれを着ていろ、と祀莉に自分のジャージを手渡した。
自分のジャージを着た祀莉はなんというか……────可愛かった。
数回折っても隠れてしまう手と足の袖。
辛うじて指だけ出ている。
自分がしたことの後始末を他人させてしまっていることを心苦しく感じたのか、掃除を手伝うと言い出した。
要はそれを慌てて止める。
手伝うどころか、さらにドジを重ねて大変なことになるのは目に見えている。
残念な顔をしてソファーに座っている姿も可愛らしい。
サイズが合っていないジャージに身を包んでいる祀莉を盗み見ながら、煩悩を振り払うかのように黙々と掃除を進めた。
***
桜と3人で校門へ歩いている時もまた、動揺していた。
よく考えたら制服は脱いだので、今は素肌にジャージである。
そのジャージの下は下着のみだと気付いてしまった。
そして少し下げられたファスナーから覗く、小さな鎖骨とたまに見える胸の谷間。
(…………)
さっきまで気付かなかったが、要の角度からは見えるのである。
要も健全な高校生男子。
自然とそこへ目がいってしまう。
「持って帰るのを忘れて助かった。昨日、使ってそのままだから汗臭いかもしれないけど、我慢しろよな」
邪念を振り払うために口にした言葉。
動揺を隠すかのようにぶっきらぼうに言った。
すると、何を思ったのか祀莉はジャージの袖を口元に寄せたのである。
少し考える素振りをみせて──
「要のにおい……?」
小さく首を傾げて呟く。
「な……っ!?」
この破壊力抜群な仕草と言葉によって、要の思考は一時停止する。
赤くなっているであろう頬と、思わず緩んでしまう表情を隠すために片手で顔を押さえる。
うわ、可愛い……と、心の中で悶えていた。
もう一度、祀莉を盗み見た要はその先にいる桜の存在に気付いた。
桜も同じように口に手を当てて顔をそらしていたのだ。
指の隙間から見えるニヤニヤとした口元。
これは……祀莉の可愛らしい仕草に悶えているのだろうか。
(なんでこいつまで……?)
要の視線に気付いた桜は目があった瞬間、にこっと笑った。
口から手を離し、声を出さずに唇だけを動かした。
──かわいいですよね
(…………)
まさか、この特待生にまでからかわれる日が来るとは……。
そして、また祀莉は桜を気にかけて、家まで送っていこうなどと提案する。
きっと無意識に眉間にしわが寄っていたんだろう。
要の顔を見て空気を読んだ桜は、家が近いから必要ないと言って去っていった。
「要、すみません……」
桜に断られてしょぼんとする祀莉。
最近よく桜を見ているのは仲良くなりたくて、機会をうかがっていたんだろう。
色々あったが、今日は四方館に招待することに成功した。
それなのにドジをして制服を汚してしまった。
その上、ジャージまで借りてしまったことを心苦しく感じているんだろう。
祀莉のドジはいつものことだから特になんとも思っていない。
桜も気にした様子はないから、大丈夫だろう。
「だから、別に良いって。ほら帰るぞ」
差し出した手にジャージごと祀莉の手が重なる。
地面に引きずりそうなジャージのズボンを気にしながら、ゆっくりと歩いた。
***
──なんてことを思い出していた。
紙袋に入ったジャージをそっと手に取って思わず眺める。
(これ……祀莉が着ていたんだよな?)
「要、そんなにジャージをジッと見つめて、何を考えてるんですか?」
「えっ!? い、いや……」
じろり……とジト目で見上げてくる祀莉に、ドキッと心臓が跳ね上がる。
やばい、考えていることがバレたか。
素肌にこのジャージを着ている祀莉を想像していただなんて、悟られるわけにはいかない。
(違う! これは違うんだ……)
頭を振る回転させながら必死に言い訳を考える。
そんな要の心中を知らず、むっとした表情で祀莉は言う。
「ちゃんときれいに洗ってもらいましたからね! 要って潔癖性でしたっけ?」
「……いや、別に」
どうやら、綺麗になっているかどうか、厳密に確かめているように見えたらしい。
変な想像をしていたことには気付かれていない。
ほっとした表情で、握りしめていたジャージを紙袋にしまった。
(今日、これを着て体育の授業をするのか……──)